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青春殺しと吸血鬼 ③

久玲奈(くれな)を救ってくれてありがとう」

 そう言ったのは、僕を掴んだまま空を飛ぶ紅の少女だ。


「久玲奈と知り合いなのか?」

「うん。彼女の病ヰ(やまい)は強力だから、何度か『調停ヰ者(ホルダー)』に誘ってるんだ。……。そっか、きみが、久玲奈がよく言ってる……」

 彼女は、僕の顔を見てぶつぶつとなにかを言っていた。


 久玲奈の話題が出て、足を滑らせた少年と火を吹いた高校生のことが頭に浮かんだ。

「彼ら、傷ついていないといいな……」

「地上の皆の心配? 心の? それとも体の?」

「どっちもだけど、主に心。不注意で僕を傷つけたこと、気に病まないでほしいな」

「ふぅん?」

 彼女は、なにか含みのある視線を僕に送ってくる。


「怪我をしたのも人を助けたのもきみなのに? 優しいんだね」

「いや、僕は優しくなんか」

「そう? 傍から見ればきみはヒーローだよ? なのに、どうしてそんなに浮かない顔を?」

 紅の彼女の双眸は、純粋な疑問の色を(たた)えている。


「いや。ちょっと色んなことが一気に起きすぎて、理解が追いついていないというか」

「あはは。まあ、そうだよね。……不安? これからが」

 僕は返答に少しだけ窮する。


「うん。僕の未来がというよりは、皆の未来が」

「それは、どういう意味?」

 僕の返答が気になったのか、少女が目だけを動かして僕を見た。


「僕の病ヰはきっと、病ヰを殺す病ヰだ。青春を殺す病ヰだ。今まで青春からほど遠い場所にいた僕がそんな病ヰを発症するだなんて、なんだか青春する皆へのひがみの現れみたいじゃないか? ……どうして僕はこんな病ヰを……。人を不幸にするだけの病ヰを……」


 嫌なことを考えると、胸の奥の辺りがぞわぞわと蠢き始める。

 あ、まずい。この感覚。


 また僕の病ヰが――。


「えい」

「ひょわぁッ!?」

 首筋の吸い跡に不意に唇を当てられ、僕は本当に情けない声を出してしまった。

 ひょわぁて。


「落ち着いた? って、あれ?」

 真っ赤になる僕を見て、少女はぱちくりと瞼を開閉させる。


「あ、そっか。きみはわたしのことが好きなんだった。これじゃ逆効果だね。ごめん、ごめん。普通の人なら、まごまごするかドン引きして落ち着いてくれるんだけど」

 こんなことを日常的にやってんの!?


 早鐘を打つ心臓を服の上から押さえつける。鼓動は速いが、嫌な鼓動じゃない。先刻彼女に血を吸われていたおかげか、今回は暴走しなかった。


 そんな僕から視線を逸らし、少女が前を向く。

「で、なんだっけ。人を不幸にする病ヰが嫌って話? 別に、いいんじゃない?」

 あっけらかんと言う彼女に、僕は開口したままの間抜けな顔になってしまう。


「この世には色んな人間がいるからね。わたしは、きみみたいに危険な病ヰを持った病ヰ持ちを何人も知ってるよ? それに、病ヰを持たない大人たちの中にも、やばい人間なんてたくさんいるでしょう? 要は、どうやって自分に――自分の病ヰに向き合っていくかという話なんだから」

 少女の言葉が、僕の心の波を落ち着かせる。


「きみ、その年で病ヰを発症していなかったってことは、青春とはほど遠い生活を送っていたの?」

 ストレートなその物言いに、僕は強いダメージを受ける。


 そう、病ヰは、普通に青春を送っていれば誰でも発症し、大人になるにつれて自然と治っていくのだ。


「うん。友達なんて一人もいないし、趣味もない。運動もできないし、勉強もできない。僕なんて、本当になんの取り柄もないんだよ」


「だからこそ、皆の青春を守りたかったの?」

「え――」

「青春を送ることができない辛さを知っているから、彼らの青春を守りたかった。そうじゃないの?」


 言われて気が付く。

 僕は、自分の青春を知らないからこそ。

 周りの青春を知っているからこそ。

 その尊さを知っていた。


 だから、病ヰによって不幸な人間が現れないように、無意識に久玲奈を守るような行動をとったのだろうか。久玲奈が傷つけば、久玲奈だけでなく、久玲奈を傷つけた彼らも傷つく。

 ……いや、僕はたぶんそこまで考えていないと思う。ただ、久玲奈を助けたかっただけだ。


「きみは、久玲奈だけじゃなく、彼らの青春も救ったんだよ」

「いや、僕は、そんな……」

「事実はどうあれ、ね。……だから今度は、きみの番」


 紅の少女は、稜線(りょうせん)の向こうから差す眩い陽光に顔をしかめる。


「病ヰは、青春をすれば発症し、青春をして大人になっていけば自然と治っていく奇病。あなたの危険な病ヰを治すために、これからたくさん青春しなくっちゃね」

「もう、今の時点で大分お腹いっぱいなんだけどな」

 眩い笑顔を向けられ、僕は正直にそう漏らした。


「ねえ。ところで、あなたの名前は?」

「僕は、入村炉一(いりむらろいち)

「炉一ね。よろしく」

 いきなり下の名で呼ばれ、僕はドキリとする。


「わたしは、王崎桜歌(おうさきおうか)。関東最強の『|調停ヰ者《ホルダー』』だよ」

『調停ヰ者』とは、国に雇われ仕事として治安維持を行う、優秀な病ヰ持ちのことだ。


「よろしく。王崎さん」

「? きみも下の名前で呼べばいいのに」

「はぇっ!?」

 突然のその提案に、僕は仰け反りながら変な声を出す。


「い、いやっ。それはまだハードルが高いというかなんというか。お付き合いもしていないのに下の名前で呼ぶのは公序良俗に反するというか……。勿論王崎さんは僕を好きに呼んでくれたらいいんだけど」

「真面目だね!?」

 わたわたとする僕を見て、くすりと笑う王崎さん。


「まあ、きみが呼びたいと思ったときに呼んでくれたらいいからね」


 そうして、僕と王崎さんの二人はしばしの空中遊泳を楽しんだのだった。


 しかし僕はきっと、浮かない顔をしていたことだろう。


 僕なんかが幸せになっていいのかと、そう思っていたからだ。


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