幼馴染は半狼 ⑤
楽しそうに話す僕と久玲奈の様子を、二つはなれた席にいる王崎さんが丼をかきこみながらニヤニヤとした表情で眺めていた。
「ねぇねぇ。二人の馴れ初め教えてよ!」
「うーんと。私たち、物心つく前から一緒にいたわよね。外で遊んだの、懐かしいな」
僕と久玲奈の家は徒歩一分以内の場所に位置し、小さな頃はよく二人で遊んだものだ。二人とも外で遊ぶことが好きで、外を駆け回り珍しい虫を捕まえるのが好きだった。
「でも、中一のときに久玲奈が病ヰを発症してからあんまり遊ばなくなったんだよな」
獣系の病ヰ持ちは、常人と比べて著しく膂力が上昇する。
特に、病ヰを発症したてのころは力の調節が上手くできずに周りの物や人を傷つけてしまうことが多いのだ。
僕らは、親同士も仲がいい。久玲奈が僕に怪我をさせてしまってはいけないだろうという双方の親の合意の元で、僕と久玲奈は当分の間二人で遊ぶことを禁じられたのであった。
結局、久玲奈はすぐに力の調節を覚えた。だが、獣系の病ヰ持ちである久玲奈と一般人である僕との体力の差は天と地ほどにもはなれてしまっていた。
全力で走り回る久玲奈に、僕はついていくだけで必死だったんだ。
それから、二人ともなんとなく相手を気遣うようになり、一緒に遊ぶ時間は少しずつ減っていった。
そして今に至るのだが、久玲奈は未だに僕に定期的に連絡をくれるし、休日はたまに二人で遊ぶ仲である。
……で、久玲奈以外の友達がいない僕は、青春から更に遠ざかっていってしまったというオチだ。
「まあ色々あったけど、仲良しってわけだ。な? 久玲奈」
「な、仲良し!? ろいちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ……」
久玲奈は頬に両手を当て、身をよじっている。どこか嬉しそうだ。
しばらくして、少し落ち着いた久玲奈が僕に耳打ちをしてきた。
「ところでろいちゃん。明日はなんの日か勿論知ってるわよね?」
「明日? なにかあったっけ?」
明日は僕と王崎さんのデートの日だ。だが、久玲奈がそれを知っているとは思わないし、ほかのなにかがある日なのであろうか。
僕の言葉に、久玲奈は信じられないといった風に大口を開けてみせる。彼女の鋭い犬歯がこちらを見つめていた。
「まあ、ろいちゃんらしいっちゃらしいけど……。で、ちなみに、明日はなにか予定あるの?」
「明日は、王崎さんとデートの約束があるんだ」
「デ、デート!?」
その言葉を、咀嚼するかのように何度も呟く久玲奈。
「ふ、二人は付き合ってるの?」
「いや、付き合ってないよ」
「付き合ってないのにデート!? ま、まあ、男女の友達で遊ぶことくらいあるわよね……。私とろいちゃんも二人で遊ぶし……。じゃ、じゃあ、あれもデートってこと……。ふへへ……」
久玲奈は口を手で覆い、だらしなく顔を緩めている。
そんな僕たちのことを、王崎さんは微笑ましそうに眺めている。
「二人は仲良しだねぇ。お互いのどういうところが好きなの?」
「好ッ!?」
「どういうところ、かぁ」
王崎さんの言葉に久玲奈は赤面し、僕は真剣な表情でこう答える。
「優しいところかな。友達がいない僕のことを、昔からずっと気に掛けてくれるんだ。保育園で一人ぼっちだった僕を砂浜遊びに誘ってくれたこと、僕は今でも覚えてるよ」
「いや、あれは別に、私も遊び相手がほしかっただけだし……」
「あんな昔のこと、覚えててくれてるんだ?」
「うっ……。あ、当たり前でしょ!? というか、それはお互い様だから!」
「嬉しいなぁ。そういうところが好きだ」
「す、好きって……。あ、ありがと……?」
残像が見えるほどの速さで、久玲奈の狼耳が左右に揺れている。
「それと、私はろいちゃんが思うほど優しくなんてないわ。ろいちゃんを気にかけてるから、傍にいたわけじゃない。……私が、ろいちゃんの傍にいたかっただけ」
そこで久玲奈は、両の拳をぎゅっと握り込んだ。
「ろいちゃんは、一人で突っ走りがちな私を気にかけてくれる。そういう優しいところが、私も、す──。な、なんでもないっ」
そう強く言い残して、久玲奈はトレイを持って立ち上がった。
立ち去ろうとする久玲奈に向かって、僕は必死で声をかける。
「久玲奈。結局、明日はなにがあるっていうんだ?」
久玲奈はなにかを言いかけたが、すぐに口をつぐんで僕の顔を窺うように見てきた。
「……明日は、桜歌ちゃんとのデートなんでしょ?」
「うん」
そう呟きつつ、僕が横目で王崎さんを見ると。
「わたしが日課のトレーニングをしたいから、デートは夕方までって約束してたの。炉一になにか用事があるのなら、その後なら炉一を好きにしていいよ、久玲奈」
と、王崎さんから久玲奈に僕を好きにしていい権利が勝手に与えられた。まあ、別にいいんだけど。
「なら……。ろいちゃん、明日の桜歌ちゃんとのデートの後、少しだけ私に時間をくれる? なんだか、二人のデートを邪魔するようで申し訳ないけど……」
久玲奈は、もじもじとしながらそう言った。
「ああ、大丈夫」
明日がなんの日だったか、僕には少しも心当たりがなかった。
「なら、約束ね! 明日のデートの場所と開始時間と終わり時間と解散場所がわかったら連絡してよね! すぐ向かうから! ……じゃねっ!」
と、久玲奈は最後に早口でそうまくしたて、トレイを返却場所に返してどこかへと去っていってしまった。
取り残された僕は、同じく取り残された王崎さんに疑問をぶつける。
「明日って、なんの日だっけ?」
「さあね? 皆目見当もつかない!」
腕を組み、自身満々にそう言う王崎さん。彼女がなにかを隠しているようには見えない。
ということで。明日の僕のスケジュールは、王崎さんとデートをし、その後に久玲奈に会うという、とても過密なものになったのである。




