幼馴染は半狼 ④
とりあえず、久玲奈と僕と王崎さんの三人で昼食を一緒に食べようということになった。
紫東学園には無数の食堂が存在する。
設備が充実している第一食堂。
安さが売りの第二食堂。
外観と料理のオシャレさが売りの第三食堂。
量が売りの第四食堂。
学園内の端に位置するため、人が少ない隠れ家的な第五食堂。
エトセトラ、エトセトラ。
人が少ない場所がいいだろうということで、場所は第五食堂に決定した。
第五食堂は南校舎の地下にひっそりと存在しているため、あまり人が寄り付かないのだ。
僕と王崎さんは、南校舎の前で久玲奈と合流した。
「あっ。久しぶり、ろいちゃん!」
僕らの姿に気が付いた久玲奈が爽やかな笑顔を浮かべ、ぴょこりと狼の耳を動かした。
「そっか。桜歌ちゃんもいるんだったわね」
久玲奈は、王崎さんを見て耳をしなしなと垂れさせる。もしかして、二人はあんまり仲がよくないのだろうか。
「あ、そっか。久玲奈って確か」
そう言いながら王崎さんは口元に手を当て、僕と久玲奈の顔に交互に目線を送る。
「まあ、安心してね。わたしは二人の邪魔にならないようにちょっとはなれて監視しておくから」
王崎さんは、ぽんぽんと久玲奈の肩を叩いていた。
「二人は知り合いなんだっけ?」
「うん。桜歌ちゃんとは同じクラスだったことがあるの」
「何度か久玲奈を調停ヰ者にならないか誘ったんだけど、断られちゃったんだよね。獣系の病ヰ持ちは力が強いし体も丈夫だし、久玲奈は運動神経もいいから活躍してくれると思ったんだけど……」
「そのことだけどね、桜歌ちゃん。実は私、今はちょっと調停ヰ者に興味でできちゃったりして」
「本当!? 久玲奈なら絶対になれるし絶対に活躍できると思う!」
王崎さんは、眼の上にふんだんに星をちりばめながら久玲奈の手を掴み、ぶんぶんと上下に振っている。
その様子を見ていると、なんだか僕の存在が邪魔に思えてくる。なんだ、やっぱり二人は仲良しなんじゃないか。
そうこうしながらも、僕たち三人は南校舎の中に入り第五食堂へと赴いた。
地下に設営されたその食堂は訪れる人の少なさに反してかなり広く、いつも閑散とした空気を放っている。
メニューも無難な物が多く、あまり特徴はない。だから、一人になりたい学生に人気のあるイメージだ。
僕と久玲奈は天ぷらうどんを頼み、王崎さんは特盛のから揚げマヨ丼を頼んでいた。
トレーにうどんを乗せて運び、僕と久玲奈は二人席に向かい合って座った。
「わたしはちょっとはなれて座るね。二人のことは気にしておくけど、こっちのことは気にしなくていいから」
そう言った王崎さんは、僕たちから二席隣の席に腰を下ろした。僕たちに気を遣ってくれているのだろう。
「怖くないか? 僕のこと」
「病ヰのこと? 今は落ち着いてるし大丈夫でしょ」
王崎さんがはなれて心配だったが、僕は久玲奈を前にしても比較的落ち着いていた。幼馴染である久玲奈といると、なんだか安心するのだ。
「ちょ、ちょっと、なに? そんなにじろじろ見て……。恥ずかしいわ」
僕の視線に気が付いた久玲奈が両手で自分の顔を隠した。狼の耳がぴこぴこと揺れている。
「いや、久玲奈といると落ち着くなと思って。これなら、久玲奈を殺すことはなさそうだ」
「なんか、凄い物騒なこと言ってるわね……。ま、ありがと」
顔から手をはなす久玲奈。彼女の頬には鮮やかな桜色が浮かんでいた。
それから、僕たちは黙って天ぷらうどんをすすった。
別に、美味くも不味くもない。ただ、海老天は学生のためなのかかなり大きくてそこは嬉しい。衣でかさ増ししているだけともいえるが。
久玲奈は時折なにかを言いかけては口を閉じるということを繰り返していた。
「どうしたんだ?」
そう訊ねると、久玲奈はふにゃりとした笑みを浮かべた。
「いいえ? ろいちゃんと一緒の学校に通うの中学以来だから、嬉しくって。それを伝えるかどうか迷ってただけ」
そうして久玲奈は少し俯く。彼女の背中で狼の尻尾がぶんぶんと振られている。
「かわいいな」
「はぁ!?」
ぽつりと零れた僕の言葉に、久玲奈は大仰に仰け反った。
「ろ、ろいちゃん!? そんなこと今まで言ったことなかったのに! 女の子に囲まれておかしくなっちゃったの!?」
「あれ、言ったことなかったっけ。ずっと思ってたことだけど」
「そうなの!?」
久玲奈の耳と尾は、忙しそうに揺れまくっている。
「やっぱり、久玲奈の耳と尻尾、とってもキュートだな。モフりたい」
「モフっ!?」
僕の言葉に、久玲奈は耳の先まで真っ赤に染まってしまう。
「そんなの、恋人同士にしか許されない行為でしょ!?」
「そ、そっか。ごめん」
僕が謝ると、久玲奈はハッとした表情で両眉をあげ、やがて目を泳がせ始めた。
「ま、まあ……。どうしてもろいちゃんが触りたいってのなら、触らせてあげないこともないけれど?」
「本当か?」
ノータイムで腕を伸ばして久玲奈の耳に触れようとすると、彼女は俊敏な動きで僕の手を避けてしまう。
「本当に触る馬鹿がいる!?」
そう言う久玲奈の耳は、嬉しそうにぴょこぴょこと動いている。
触ってほしいのか触ってほしくないのか、どっちなんだ?




