幼馴染は半狼 ③
後日。
僕と王崎さんと付き添いの篠江先生を合わせた三人は、保健室にいる倉骨先生の元を訪れていた。
僕の診断を終えた倉骨先生は、興味深そうに僕のことを観察しながらこう告げた。
「ふぅん? 三週間経っても派手な暴走はなしか。というか、随分と安定しているように見えるね? 初心だと思っていたけれど、かわいい女の子に囲まれて一皮剥けたかな?」
ニヤニヤと楽しそうに口角を歪めて僕を観察する倉骨先生。
僕自身は、自分が変わったという自覚はあまりないのだが。そうなのだろうか?
「で、彼の外出許可がほしいという話だったね?」
首を傾け、王崎さんを視線で射る倉骨先生。木製の椅子の軋む音が、やけに緊張感を煽る。
「はい! 炉一の病ヰを更に強化するためには、わたしのことが好きな彼と、わたしが更に仲を深める必要があると考えました」
あけすけな彼女の言い方に、倉骨先生は下卑た笑みを浮かべ、篠江先生は、はわわと口を開けている。
僕はというと、その言葉に真顔で頷くばかりであった。
「彼がわたしとの近距離接触に耐えられるようになったら、彼の病ヰは更なる成長を遂げるでしょう」
これが、彼女が僕をデートに誘ってくれた理由。
王崎さんは僕を鍛えるため、倉骨先生に僕の外出許可を打診してくれたのであろう。
その思惑を知って、僕がショックを受けたということはなかった。
純粋に僕を思ってくれているであろう彼女の気持ちが、僕は嬉しかったのだから。
しかし、王崎さんはどうしてここまで僕によくしてくれるのだろうか?
危険な僕の病ヰを一刻も早く治すため?
僕の病ヰを鍛え、この世から病ヰを消すという倉骨先生の目的を達成するため?
それだけが理由で、好きでもない僕とデートをしようなどと言ってくれるだろうか。
いや、なにも僕は、王崎さんが僕のことを好きだからデートに誘ってくれたと思うほどに驕ってはいないのだが。
「そうだねぇ」
倉骨先生は思案の上、こう結論を出した。
「いいよ。入村くんの拘束を少しだけ緩めようか。ガチガチにして、ストレスが溜まってしまえば本末転倒だしね。ただ、学園を出る際は必ず王崎さんか、るいちゃんが付くこと。いいね?」
「はい。元よりそのつもりです」
「私は担任だし、それくらいは受け持ちますよ!」
なんとか三人の了承を得て、晴れて僕は三週間ぶりの外出が許されたのであった。
正直僕は、まだ外に出るのは怖いのだが、王崎さんか篠江先生がいてくれるのであれば安心であろう。
「僕の病ヰについて、なにか他にわかったことはありますか?」
僕は、この学園での病ヰ発症時の記録を逐一倉骨先生に送っている。
「ああ、きみの病ヰは非常に面白いよ。更なる詳細が分かり次第、報告しよう。今わかっている段階だと……なにやら病ヰの解析の性能もあるみたいだね」
「解析……?」
どういうことだろうか。
「ま、追って連絡するよ」
底知れない笑みを口元に湛える彼女を見ていると、なんだか寒気がしてくる。僕、倉骨先生に人体実験とかされないよな?
倉骨先生に礼を言い、僕たちは保健室を後にする。
その際、僕は隣を歩く王崎さんに礼を伝える。
「ありがとう、王崎さん。きみのおかげだよ」
「別にいいよ」
そうして王崎さんは、ぞくりとするような鋭い視線を床に送りながらこう言った。
「炉一には、強くなってもらわないといけないから」
それは、心の底から僕の強さを渇望しているかのような真剣な表情であった。
僕が強くなりたいのは山々だが、どうして王崎さんはそこまで僕の強さを求めるのだろうか?
「どうして?」
思わず口をついて、疑問が飛び出る。
王崎さんは、顔から少しだけ緊張感を脱ぎ捨てた。
「もう少し仲良くなったら話そうかな? なーんて」
そう言って持ち上げられた彼女の口端は少し硬く、全体的にどこか歪な笑みを作り出している。
王崎さんはきっと、僕が知らないなにかを抱え込んでいる。
僕はそれを知りたいと強く思った。勿論、彼女が知られたくないことならば深く詮索はしないのだが。
「ということで。デートは明日とか、どう? わたし、日課のトレーニングもしたいから、解散は夕方くらいが嬉しいんだけど」
その王崎さんの提案に、僕はひとまず笑顔で応えた。
「うん。わかった」
〇
倉骨先生の許しが出たおかげで、僕は他の生徒との軽い会話程度の接触を許可された。勿論、特別指定クラスの生徒か篠江先生が付き添いでいることが条件だ。
それでも、他の生徒を危険な目に遭わせたくはないため、自分から積極的に接触するつもりはなかった。いやそもそも、そんな勇気はあまりない。
だが、幼馴染の久玲奈にだけは報告しておこうとメッセージを送ると。
『そうなの!? なら、会おう会おう今すぐ会おう!』
と、凄い勢いで返信が飛んできたのだった。
僕も会いたかったが、久玲奈を傷つけてしまうのが不安だった。
そのことを王崎さんに相談すると。
「わたしが隣にいても、不安?」
その言葉に、僕は静かに頭を振った。
最強の吸血鬼が隣にいてくれるのなら、不安なことなんてなに一つありはしない。




