幼馴染は半狼 ①
「ろいちゃん。おそいよー」
これは、幼馴染の久玲奈の声だ。にしては、やけに声が幼いが。
よく見ると僕の目の前には、まだ狼耳も尻尾も生えていない幼い久玲奈がいた。
小さい久玲奈が、巨木の幹に手足をかけて登っている。小学生の頃の久玲奈だ。
「まってー」
小さな僕が、そんな彼女のことを慌てて追いかけるかのように木の幹を掴んだ。
これは過去の僕の記憶だ。今僕は、夢を見ているのだろう。
久玲奈は、友達のいない僕とよく遊んでくれたものだ。彼女は、僕の大切な親友だ。
確かここは……僕と久玲奈の家の近くのとある公園。
その公園には、有名な大木が生えているのだ。公園は、黄と赤の落ち葉で埋め尽くされている。
久玲奈の運動神経は同い年の男の子に勝るほどだ。そして、平均以下の運動能力を持つ僕は、久玲奈のスピードについていくので精一杯だ。
順調に木を登っていく久玲奈であったが、不意に頭上から彼女の甲高い声が聞こえてきた。
「きゃあッ!」
僕は、その一部始終を見ていた。久玲奈が掴んだ枝が折れ、バランスを崩して落下してしまったのだ。
小さい僕は、深く考える前に行動していた。僕は木から飛び跳ね、落ちてくる久玲奈を無理な体勢でキャッチしたのである。
着地時に二人分の体重を足と尻と背に受け、僕はうめき声とともに肺の中からほとんどの空気を吐き出した。
下には紅葉やらイチョウやらなにやらの葉が山積していたため、大怪我とはならなかった。それでも怪我はしたし、あとからじわじわと背中を打った痛みが体を襲った。
しかし、そのときの僕は久玲奈を怖がらせないようにと、泣くのを我慢したのだ。
僕を見る久玲奈の顔は、落下の恐怖と僕に怪我をさせた申し訳なさに、涙で滲んでいたのだから。
「ごめ、ごめんね、ろいちゃん……」
大粒の涙を流す久玲奈を見て、僕は精一杯強がって笑顔を浮かべてみせた。
「このくらい、だいじょうぶ。くれなが、ぶじでよかった」
「ろいちゃん……。ありがとね。ごめんねぇ」
久玲奈は、僕をぎゅっと強く抱きしめて、僕の胸で涙を流し続けた。
幼心に、僕は知っていた。久玲奈は突っ走りがちで、どこか危なっかしいところがある。
そんな久玲奈は、いつも独りぼっちの僕に優しくしてくれる。
そんな彼女のことを守りたいと。
強くなりたいと。
ヒーローになりたいと。
小さな僕は、そう思ったのであった。
〇
小さな頃の僕は……いや、今もなのだが、自分の気持ちの伝え方や人との接し方がよくわかっていなかった。
幼稚園にいたころは、男女関係なく他人にべたべたと抱き着いたりしたものだが、先生にやめるようにやんわりと注意されたものだ。
そんな僕は、周りが成長するにつれ、周囲から浮くようになってしまった。
盛り上がっている場所に僕がいると、なんだか変な疎外感のようなものを子どもながらに感じていた。ここには、僕がいない方が皆楽しいのではないだろうかと、そう思ったのだ。
友達は、ほしかった。
でも、気が付けば僕は自分から青春を遠ざけるようになっていた。
だからこそ、ここまで病ヰの発症が遅れてしまったのであろう。
僕の傍に久玲奈がいてくれなければ、絶対に今の僕はいない。
僕は、優しい久玲奈のことが好きだ。
でも、彼女とお付き合いをしたいのかと問われると、それはわからない。嫌だとかじゃなくて、今の関係が好きというか、なんというか。
それは久玲奈だけじゃなくて、王崎さんにも、鍵市さんにも、山乙さんにも、灰谷さんにも、それぞれ少し違うがどこか似たような気持ちを抱いている。
……。
僕の「好き」って、一体なんなのだろう……?




