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僕たちのありふれない日常 ③

 二時間ほどのトレーニングを終え、僕と鍵市(かぎいち)さんと山乙(やまおと)さんはくたくたな状態で教室に戻った。


 そろそろ寮に向かおうかと帰り支度をする。疲れているところ申し訳ないけど、今日は二人に寮までついてきてもらおうかな、そんなことを考えていると。


「つっかれたぁ」

 教室内に突如、浮かぶ敷布団が現れた。灰谷(はいたに)さんだ。


「お疲れ、灰谷さん。仕事はどうだった?」

「別に? 命の危険はなかった。今回もボクは、病ヰ(やまい)持ちじゃなく一般人の犯罪者の捜査関連ばっかりだったからな」


 灰谷さんは自身の超能力を活かし、警察と連携して難解な事件の捜査に協力することが多い。

 警察のお偉いさんと、布団に入ったままの灰谷さんが会話をするシーンを想像して、毎回シュールだなと思う。


「ボクよりも、大変なのは王崎だ。つえー病ヰ持ちの相手は大体あいつにまかせっきりだからな。ボクの病ヰは万能だが、出力はあいつに遠く及ばねぇから。……あいつ並みの力を持つ調停ヰ者(ホルダー)がもっと現れてくればいいんだがな」

 ぽつりと呟かれたその言葉は、灰谷さんの本音なのであろう。


「王崎さんくらいの強さの調停ヰ者(ホルダー)は、どれくらいいるんだ?」

「有名なのは、京都の花月(かげつ)アゲハか。名前くらいはお前でも知ってんだろ?」

「知ってるし、なんならどんな見た目かも知ってる」

 確か、和装に身を包んだ京美人であったはず。


「あいつは間違いなく関西最強だ。関東は王崎がいるから大丈夫、関西は花月がいるから大丈夫って言われてるくらいだからな」


 力を使いすぎて疲れたのか、灰谷さんは大きなあくびを一つした。

「ほかにも強い調停ヰ者(ホルダー)はいるんだろうが、まあ、王崎には及ばないだろうな」


 彼女は、首にかけられたアイマスクに手を伸ばしてこう言う。

「強い病ヰ持ちが出てくるのを待つんじゃなく、ボクがもっと強ければあんなに王崎一人に負担させることもないんだがな」

「灰谷さん……」


 目を伏せる彼女。灰谷さんほどの人でもそんなことを思っていたのか。


 王崎さん以外の、特別臨時クラスの僕たちの思いは皆同じだったのだ。

 そう思ってしまうのは、一番近くで最強の存在に触れているからなのであろう。

 そして、王崎さんが嫌味なくいい子だから、彼女の役に立ちたいと思うのだ。


 不意に。

 ……コンコン。

 

 窓が叩かれる。

 四人の視線が、自然と音のした方に向かう。


 窓の外、そこに。


 夕陽を背負った血塗れの吸血鬼が浮かんでいた。

 

 彼女は──王崎さんは、いつもの自信に満ちた笑顔をたたえている。


 慌てて僕が窓を開ける。背から紅の翼を生やした王崎さんは、窓枠を掴んで教室内に侵入した。傘を畳むみたいに彼女の翼は背中の傷痕に収納され、すぐに修復された。


「王崎。もう終わったのか? あの後、追加で何個か近場の任務を頼んだはずだが」

「全部終わったよー? その後空を飛びながらパトロールしてて、今日病ヰを発症した子を落ち着かせてきた。任務外でね」

 最強の吸血鬼は、血がこびり付いた指でピースサインを作る。


「今日の仕事はもう終わり。でも、まだ体を動かしたりないからちょっとトレーニングルームにいってくる」

「は? お前、まだ鍛えるのか?」

 そう言う灰谷さんの頬には、一筋の汗の跡が浮かんでいる。


「うん。じゃあね、皆。……そうだ、雨梨(あまり)、血は必要?」

 山乙さんは、ふるふると小さく顔を動かし否定する。


「そう? それじゃあね」

 ひらりと手を振って王崎さんが教室を去ろうとする。そんな彼女の背に、僕は思わず声をかけた。


「王崎さん。よければ僕が相手になろうか?」

 僕を観察し、彼女は厳かに首を横に振った。一目で僕の疲労に気が付いたのだろう。確かに今の僕では全く王崎さんを喜ばせられないし、むしろトレーニングの邪魔になるだろう。自分の不甲斐なさに、僕は目を伏せる。


炉一(ろいち)。体を休めることも特訓だよ」

 聞こえたその声にハッとして、弾かれたように顔を上げる。


「それを、きみが言うのか……?」

「? わたしは全く疲労してないから」

 真顔で吐かれたその言葉に、僕は総毛だった。


 僕は、たった二時間程度訓練をしただけで疲労困憊であった。

 しかし王崎さんは、訓練ではなく実戦を行っている。肉体以外に、精神もすり減るはずだ。それを彼女は、一日の間に何度も。何度も何度も何度も。それを、毎日毎日毎日繰り返している。


 それなのに、全く疲れていないというのか? いや、毎日鍛えているからこそ、疲労しないのか?

 どちらにせよ僕は、自分と王崎さんが立つステージの差に愕然とした。


 なぜ僕がショックを受けているのか彼女は理解できていないのだろう。困り眉で、王崎さんはこう言った。


「炉一。特訓ならまた明日付き合うから」

「……うん」


 斜陽差す教室を去る吸血鬼の背を、僕は無言で眺めることしかできなかったのだ。


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