青春殺しと吸血鬼 ②
「――好きだ」
久玲奈以外との異性との適切な距離感を上手く掴むことができていない僕は、いきなり自分の気持ちを正直に伝えてしまったのであった。
「あっ! 好きっていうのは変なあれじゃなく! いや、好きって気持ちに偽りはないんだけど!」
紅の少女は、僕の闇に殺されながらも目をぱちくりとさせる。
「嬉しい、ありがとう! なら、わたしと肩を並べられるくらい強くなってね? それならきっと、わたしもあなたのことを好きになれると思うから!」
いきなり変なことをのたまった僕のことを馬鹿にするでもなく、彼女は微笑みを湛えて僕を見返したのだった。
器がでかい! 好きだ。
「……っと。そろそろこの闇を抑えなくっちゃ。ちょっと、ちくっとしますよー?」
口を大きく広げながら、お医者さんのようにそう言って。
紅の少女は、唐突に僕の首筋に歯を立てたのだった。
ちくりでは済まないそれなりの痛みとともに、ぞわぞわとした感覚が僕の全身を襲う。
ドクドクと流れた僕の血が、彼女の口腔を満たしていく。
「っぷはぁ! やっぱり、人間の生血は最高だね」
なんてバイオレンスなことを口走りながら、紅の彼女は血だらけの口元を手の甲で拭ってみせた。
え? まさか、飲んだ? 僕の血を?
エキゾチックに舌で唇の血を舐めとる少女に、僕は引くどころか惹かれていた。
そんな僕の目線に気が付いた彼女は。
「もう。いくらわたしが魅力的だからって見すぎだよ。普通、いきなり血を飲まれてそんな恍惚そうな顔ができる?」
え、僕、今そんなキモい顔してる?
「きみ、相当変わってるね!」
きみには言われたくないんだけれど。その言葉はなんとか飲み込んでみせた。
ところで、いつの間にか僕の体から溢れる闇はその姿を消していた。
変な高鳴り方をしていた体の拍動も、以前よりは落ち着いている。
「病ヰは、心や体が不安定になると暴走しやすくなるの。病ヰを初発症した日は、特にね。だからわたしがあなたの血を吸って、文字通り血の気を引かせて落ち着かせたんだ」
なるほど。だから彼女はいきなり僕の血を飲んだのか。
そう思っていると、なんだか荒い息遣いのようなものが聞こえてきた。
「……ね、ねぇ。もしよければ、お、おかわりいい? 久々の血、美味しくって……」
彼女は血走った目で僕の首をガン見している。
どうしよう。僕が好きになったのは、血を愛してやまないやばい吸血鬼少女なのかも。
「まあいいけど」
吸血鬼に血を吸われることなんて、そうないと思うし。
吸いやすいように手で制服をずらし、彼女の噛み痕を露出させる。
「どうぞ」
「う、うん」
そうして、かわいらしい吸血鬼は再び僕の首に歯を立てたのだった。
こんな往来の中で女の子に血を吸われるだなんて、今まで青春のせの字も経験していなかった僕には刺激が強すぎる。なんだか、恥ずかしくなってきた。
僕らに刺さるたくさんの目線。
その中には、僕が助けた狼少女……久玲奈の視線もあった。
僕と目が合うと、彼女はなんだか寂しそうに顔を伏せる。
「あれ? きみの足、治りかけてる」
僕の首から顔をはなし、紅の少女がそう呟く。
言われて下を見ると、確かに焼け爛れていた僕の足はいつの間にか綺麗さっぱり元の状態に再生してしまっていた。
「え。まさか、きみの眷属になっちゃったとか?」
僕の病ヰに食われても瞬時に再生してしまった彼女のことを思い出す。
しかし、彼女は静かに首を横に振る。
「その再生はきっと、なにか別の要因があるはず。わたしは、最強になるために吸血鬼の弱点はほとんど克服しているから。眷属は生まれないの」
自分の胸に手を当て、ドヤ顔を作る紅の少女。
「それは凄いけど。眷属を作るのって吸血鬼にとっての弱点になるのか?」
「最強は、守る者が増えると弱くなるでしょ?」
彼女にとって眷属は、力を合わせる仲間ではなく守るべき対象なのか。それほど、この少女は自分の強さに相当の自信を持っているのだろう。
僕は、勢いで告白してしまった際に彼女が言った言葉を思い出す。
――なら、わたしと肩を並べられるくらい強くなってね? それならきっと、わたしもあなたのことを好きになれると思うから!
彼女に振り向いてもらうためには、彼女よりも強くならないといけないのだろうか?
それってなんだか、茨の道みたいで燃えてしまう。
「さ! 血を失って落ち着いているうちに、あなたの病ヰを倉骨先生に診てもらおっか。この場は嵐々に任せておけばいいから」
そう言って、紅の少女は町中に響き渡るような大声を発する。
「嵐々! らんらーん! いるー!? いたら返事してーーー!?」
バカでかい大声に僕が思わず両手で耳を塞いでいると。
「……うるさ。いるって」
いきなり、僕の真横からそんな気だるげな声が聞こえてきた。
瞳をそちらに向け、ぎょっとする。
いつの間にかそこには、一枚の敷布団が浮いていたのだ。
まるで魔法の絨毯かのようなその布団の上に胡坐をかいて座っているのは、寝ぐせのついた長い金髪を携えた少女。
彼女は水たま模様のパジャマに身を包み、その額にはアイマスクがかけてある。そしてなぜだか、彼女はその小さな手で携帯型のレトロゲームをプレイしていた。
「ふぅん。やっぱこいつがボクの予知に出てきたやつか。手強そうだったのに意外とすんなり制圧できたな。……王崎の覚醒は今回じゃなかったか」
などと、気だるげな目の彼女は、乱暴な口調でなにやらよくわからないことを口走っている。
「嵐々。わたしは彼を連れて紫東学園まで飛ぶから、後始末は任せてもいい?」
「めんど。……でも、いいや。新作ゲーム買うのにお金いるから。ほどよく頑張るか。さっさとそいつ連れてけ。ボク、お前みたいに不死身じゃないんから、死ぬの怖いんだよ」
しっしっと、金髪の美少女に手でいなされる僕。
「それもそうだね! まあ、嵐々が死ぬ光景なんて想像できないけど」
そこでパンと手を叩き、紅の少女は空を仰ぐ。
「さあ、きみの病ヰが落ち着いているうちにいこっか。これ持ってて!」
そうして、少女は僕に日傘を手渡した。
彼女の代わりにその日傘をさしていると、少女は紅の翼を強くはためかせる。
いきなり、重力に逆らうような感覚を覚えた。
目を丸くして下を見る。彼女に横抱きにされた僕はどうやら、少女とともに宙に飛び上がってしまったらしい。
「……ひっ!?」
猛スピードで、足と地面との距離がはなれていく。
恐怖により、急速に心臓が冷え切っていくような感覚。
空では、飛行可能な病ヰを持った生徒たちが優雅に遊泳していた。
恐ろしさを無理やり忘れようと、ああ、ついに僕も彼らと同じ病ヰ持ちになったんだなぁと無理やりに感嘆する。
僕は彼らと違って空は飛べないし、人を殺してしまうような危険で最低な病ヰなのだけれど。