テレパシーはいらない ②
「僕がきみのお兄ちゃんになろうか?」
「なに言ってんだッ!?」
顔を真っ赤にしながら叫び、灰谷さんは敷布団をバンと強く叩いた。
「お、お前っ! 常識人の皮を被った変なやつだとは思ってたが、とうとう正体現したな!?」
そんな風に思ってたの?
灰谷さんは、目をぐるぐるとさせながら僕をびしりと指さしている。
「いや、兄がほしいのなら僕がその代わりになれないかなって思っただけだけど」
「普通はそんなこと思わねぇんだよ!」
叫びすぎて、灰谷さんの息はあがっている。それでも、ゲームの進行は止めないから大したものだ。
「でも、兄はほしいだろ? 僕でよければ兄になるけど。さっきも、僕のことを兄みたいだって言ってくれたし」
「あ、あれは失言で……」
羞恥により顔に赤を散らせながら目を逸らす灰谷さん。かわいい。
「かわいい。本当に妹みたいだ」
「う、うるさい! 適当言うなっ! 馬鹿っ!」
再び飛んできた枕を、ひょいと顔を傾け避ける。何度も同じ手は食わん! と思っていたら、後方からカーブでやってきた枕がぶつかった。
「まあ、そうだよな。急に僕なんかが兄のふりをしたところで気味が悪いだけ──」
「は? いや、別にやってほしくないとは言ってないが?」
ツンとした表情を作り、灰谷さんはそう言ってのけた。
あれ? なんか流れが……。
もしかしなくても彼女、兄関係になると様子がおかしくなるようだ。いや、彼女に兄はいないんだけれど。
「で? 入村、兄になるって具体的にはどうやってなるつもりなんだよ」
なんで急にめちゃくちゃ乗り気になってるんだよ。
「そうだなぁ。とりあえず、全力で兄っぽいことをしてみせるよ」
自分で言ってなんだが、兄っぽいことってなんだ?
「ほう。例えば?」
眼光を鋭くする灰谷さん。やばい、なんかのスイッチ入れちゃったか。
「え、えっと」
実際、僕には炉々≪ろろ≫という妹がいるが、あいつはなぜか僕には死ぬほど冷たいし、コミュニケーションを取れていないからあんまり参考になりそうにない。だから、もうちょっと僕に優しい架空の妹を想像して……。
……そう、例えば、年の離れた妹が僕に抱き着いてこう言うんだ。「お兄ちゃん。あそぼー」。彼女の顔は、なぜか少し若返った灰谷さんで想像されていた。そうして僕は、妹の頭をぽんぽんして。
「全く、嵐々は甘えんぼだなぁ」
実際に、イマジナリー妹の頭を撫でながらそう言ってみせた。
その後、怖いくらいの沈黙が教室に降り落ちた。
一度僕は咳払いをし、彼女の顔色を窺いながら訊ねる。
「えっと、どうかな? 灰谷さん」
恐る恐る、灰谷さんの反応を待っていると……。
「ベタだが、ま、まあ悪くないんじゃねぇか?」
彼女は、目を泳がせながらそう言ってみせた。あれ、意外とお気に召してくれたのだろうか?
「じゃあ、さっそくやってみる?」
コントローラーを左手で持ちながら、僕は彼女の頭を撫でようと右手を上に掲げる。
「い、いや、無条件でやってもらうのは申し訳ないというか恥ずかしいというか、なんか癪だからいい」
癪なの?
彼女は、数十ほどの複雑な感情が入り混じったかのような表情で苦悶していた。
「だから、せっかくだからこれもゲームの一部にすっか。今やってるゲームに負けた方が、罰ゲームを受ける。これでどうだ」
「オーケー」
罰ゲームという体にすることで、僕が兄になることに対して無理やり理由付けをしているように見えなくもないが、まあいいだろう。
「じゃあ、お前が負けたら、「嵐々は甘えんぼだなぁ」と言ってボクの頭を撫でる。で、ボクが負けた場合の罰ゲームは……。そうだな」
そこで言葉を切り、灰谷さんは恥ずかしそうに睫毛を俯かせる。
「お、お前を一度だけお兄ちゃんと呼ぶ。どうだ?」
「それ、どっちが勝っても灰谷さんにとっては罰ゲームにならなくないか?」
「う、うるさいな! どっちでもボクは恥ずかしいんだから罰ゲームになるだろ!?」
「まあ、いっか。勝っても負けても灰谷さんみたいな子が妹になってくれるのなら、どっちみち僕も嬉しいし」
「お前、ナチュラルにキモいときあるよな……。全然ボクが言えたことじゃないけど」
と、冷めた視線をぶつけられるのだった。
そして、ゲームは再開される。
ゲームは、僕と灰谷さん、それからNPC二人の計四人で行っている。
現在、灰谷さんがゴールに一番近く、僕は二位。ルールは、ゴールに最初に辿り着いた者の勝ち、だ。
灰谷さんは運要素の多いゲームだと言っていたが、時折挟まれるミニゲームでは普通にゲームの腕を要求された。
そのミニゲームに勝つと、ゲームを有利に進められるアイテムを手に入れられるのだ。
灰谷さんはミニゲームで無双し、ほとんどのアイテムを独占していた。
「これ、普通にゲームの腕が必要じゃないか」
「ゲームの腕が必要じゃないゲームなんてねぇよ」
まあ、正論だ。他のゲームなら彼女はもっと強かったはず。
灰谷さんは、ゲーム初心者の僕とも対等に遊べるゲームを選んでくれたのだ。やはり、彼女は優しい。
「……ボクの最大の秘密がバレちまったから、もう念話のことも言っちまうか。なんかもう、どうでもよくなってきた」
なんだかやけくそ気味の灰谷さん。
灰谷さんがゲーム内のサイコロを振るう。出目は、四。
念話のこと、というのは、彼女があえて念話を使おうとしていない理由のことだろう。
「ボクがこの病ヰ、『超微能力』にかかったのは、中一のとき。コミュ力ゼロだったボクは最初、この力をありがたがった。特に、念話はな。相手がどんなことを思ってるのかわかるんだもんな。つまり、相手が求めてる言葉もわかるわけだ」
聞きながらも僕はゲームを進める。今度は僕の番。なけなしのアイテムを使ってサイコロを倍にする。出目は、五と六。灰谷さんの背が見えてきた。
「最初は聞き上手だって褒められて、友達も増えてった。でも次第に、ボクを気味悪がるやつが増えてった。そりゃそうだよな。頭ん中見られるのなんて、誰だって嫌だから。ま、超能力者あるあるだわな」
そんな狭いあるある聞いたことないけど。
僕は、黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「それからボクは、一人でできるゲームにのめり込んでいった。それと同時に、自分の病ヰを鍛えていった。念話が勝手に発動しないようにな。今では、完全に制御できるようになった」
「やっぱり、灰谷さんは優しいな」
「そうか? ボクは、人のためというよりは自分のために病ヰを鍛えただけなんだが」
そうして、彼女は流し目で僕の表情を窺った。
「お前の方が偉いんじゃないか? 人を殺さないために頑張って病ヰを鍛えようとしてるし」
「いや、僕の状況になったら誰でもそうするんじゃないか?」
「そうでもないだろ」
灰谷さんは、強く言い切った。
「もしもボクが病ヰ持ちを無差別に殺す病ヰを持ったら、確実に精神を病む。生きてけないだろ、普通。病ヰ持ちが溢れるこの世の中で」
「でも、僕は生きてる。いや、生かされている。それは僕のおかげじゃなくて、僕を支えてくれる皆のおかげだけど」
「お前はいつも他人本位だな。たまにはわがままの一つでも言ったらどうだ?」
わがまま、か。考えた事もなかったな。
でも、すぐに一つだけ思いついた。
「じゃあ、灰谷さんにお兄ちゃんと呼ばれてみたいから、このゲーム負けてくれないか?」
「真顔でキショイこと言うのやめてくれるか? それにボクは、ゲームでは手は抜かない主義だ」
突っ込んだ後、灰谷さんは小さく微笑んだ。




