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テレパシーはいらない ①

 ある日の放課後。その日はたまたま僕と灰谷(はいたに)さんだけが教室に残っていた。


 王崎(おうさき)さんは調停ヰ者(ホルダー)としての仕事で、鍵市(かぎいち)さんはその手伝いとして王崎さんに呼ばれたらしい。

 鍵市さんは調停ヰ者ではないが、此度の任務にはどうやら彼女さんのスピードが必要なようなのだ。「バイト代出るからいく」、と、鍵市さんはそう言って任務にいった。

 そして山乙(やまおと)さんは、バードウォッチングにいくと言い、双眼鏡片手に教室を飛び出した。自由だ。


 灰谷さんは、浮かぶ敷布団の上で胡坐をかいて座っている。彼女の目はアイマスクで隠れているが、寝ているわけではないようだ。

 しばらくすると、彼女はアイマスクを額まで上げて小さな欠伸を溢した。


「いつもの瞑想?」

「ああ。やばい予知(プレコグニション)はなさそうだな」

 彼女は、日に一度こうして集中力を高めているのであった。


 灰谷さんは、教室に僕しかいないことを確認し、嘆息。

「……そうか。今日の入村(いりむら)御守(おも)りはボクだったか」

「ごめん。僕のせいで皆の自由な時間を奪っちゃって」


 王崎さんと灰谷さんは調停ヰ者としての仕事で忙しい。放課後は大体、鍵市さんか山乙さんが僕の横にいてくれるのだ。生徒四人全員に予定がある場合は、篠江(しのえ)先生が寮までついてきてくれる。


「いや、別に? こんな世の中なんだから生きづらくて当然だし、助け合って当然だろ。まあ、めんどいのはめんどいけど」

 と、灰谷さんは伸びをした。寝ぐせの付いた彼女のブロンドの髪が揺れる。


 このクラスの中では、彼女はかなり常識的な考えを持っており、そして意外と優しい。

「優しいな、灰谷さん」

 素直に飛び出た僕の言葉に、灰谷さんは目を眇めてじっとこちらを見つめてくる。


「お前はホントに念話(テレパシー)いらずだな。ボクはあえて人の頭の中覗かないようにしてんのに」

「それはなんで? いけないことだと思ってるから?」

 真顔でそう訊ねる僕。灰谷さんは呆れたように言う。

「お前はどうしてそうズケズケと人の中に……。あー、だから普通のやつには距離置かれて、変なやつには好かれんのか。距離感バグってっから。青春から遠ざかってたのも、それが理由か?」

「えっと……?」


 灰谷さんはたまに達観したようなことを言う。学力はほぼ同じはずなんだけど、たぶん頭の回転が速いのだろう。それか、僕が馬鹿なだけ?


 疑問符を浮かべる僕に、灰谷さんはこう言った。

「いや、今までお前に友達がいなかった理由がなんとなくわかったってだけだ」

「本当!? 教えて教えて! どうやったら友達ってできるんだ?」

「はい。そういうとこだぞ」

 彼女の方に向かおうと足を踏み出した僕の体は、見えない壁に阻まれたかのように一歩も動かない。たぶん、灰谷さんの念動力(テレキネシス)だ。


「まあ、それがお前のいいところでもあるんだろ。だから、無理に変える必要もないんじゃないか? 実際、王崎とか鍵市とか山乙とか、変なやつとは仲良くなれてんじゃん」

「でも、僕はきみとももっと仲良くなりたい」

 間髪を入れずにそう言うと、彼女は大儀そうに頬を掻く。


「あー……。お前ならそう言うわな。しくった」

 髪先を指で弄りながら、なにかを思案している風の灰谷さん。

 数秒後、彼女は布団の中を漁ってなにかを取り出す。それは、携帯ゲーム機だった。


「入村。どうせ暇だろ? ゲームでボクに勝ったら、ボクのこと色々教えてやる。なんで念話(テレパシー)を使わないようにしてるのか、とか」

「本当? それは嬉しいけど」


 ゲームの経験がほとんどない僕が、ゲーマーの彼女に勝てる未来が全く見えない。


「安心しろ。運要素の強いやつにしてやるから」

 そう言うと、彼女の敷布団はゆっくりと降下を始める。僕の席の近くまで移動を終え、灰谷さんはゲーム機を机に置く。


 お互いにコントローラーを一つずつ持ち、小さなゲーム機の画面を眺める。液晶上を走るカラフルな光が僕の瞳を滑っていく。


 灰谷さんが選んだゲームは、すごろくのようなゲームであった。なるほど、これなら僕にも勝機があるかもしれない。

 灰谷さんは、そのゲームの主人公である兄キャラを選び、僕はその弟のキャラを選んだ。


 そして、ゲームが始まった。


 しばらく、灰谷(はいたに)さんとのゲームは滞りなく進んでいった。

 緩やかで心地の良い時間が過ぎ去っていく。


 放課後。友達と二人でゲームをする。


 それだけ、本当にそれだけ。

 それだけのことなのに。


「う、うぅ……」


 なぜだか僕は、涙が出てきてしまったのだ。


 ぎょっとしたような表情で僕を見つめる灰谷さん。


「お前、やりづれぇな」

 いやもうほんと、おっしゃるとおりで。


 僕は手の甲で涙を拭う。本格的にしゃくりあげてしまわないように、必死に涙を目の奥に押しとどめようとする。


「ご、ごめん。友達と二人でゲームするなんて、初めての経験で……」

 久玲奈(くれな)とは、外で遊んでばっかりだったしな。


「あっそ。というか、ボクはもう友達認定なんだな?」

「あ、ごめん、勝手に。灰谷さんは僕なんかと友達だと嫌だよな」


 数秒黙った後、灰谷さんはポツリとこう溢す。

「いや、別に。王崎(おうさき)鍵市(かぎいち)山乙(やまおと)も皆あんまりゲームに興味ないからな。相手がいるのはありがたい」


 緩やかに笑む灰谷さん。そのとき、彼女が僕に向かって張っている見えない心の壁のようなものが少し和らいだ気がした。


「それに、なんというか一緒にゲームしてくれるお兄ちゃんができたみたいで──」

 そこでハッとし、灰谷さんは掛け布団で自分の顔を隠した。急にどうしたんだろう。


 しばらくした後、彼女は恐る恐るといった風に顔を出してこちらを窺ってくる。彼女の頬は、心配になるほど赤らんでいた。


「おい。今の失言、聞いてないよな?」

「お兄ちゃんがなんだって?」

「馬鹿ッ! 聞いてても聞いてないふりしろッ! この鈍感クソ真面目!」

 彼女の念動力(テレキネシス)で飛んできた枕が僕の顔面に激突した。


「? 灰谷さんが、兄がほしかったって話だろ? 違うの?」

「ッ! 違っ……。わ、ないけど……」


 灰谷さんは茹でられたエビみたいにみるみる赤くなっていく。こんなに恥ずかしがっている灰谷さん、初めて見た。


 そういえば、灰谷さんは兄のキャラを選んでいたな。たまたまだろうか?

 にしても、兄がほしいという気持ちのどこが恥ずかしいのだろう。


 赤面したまま黙り込んでしまった灰谷さんを見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。

 えっと、よくわからないが、この話題には触れられたくないということだろうか。


 僕がどう話題を変えようかと頭を悩ませていると、彼女が静かに口を開いた。

「ボクは一人っ子だから、一緒に遊べる兄がほしかったってだけだ。本当にそれだけだ。変な意味とかないから。もう忘れろ」

「兄がほしいという文脈で、なにか変な意味が発生する場合があるのか?」

「黙れよマジでお前」

 今度は掛け布団が飛んできた。ちょ、ゲーム画面見えないって。

 もがもがとあがきながら、僕は掛け布団から顔を出した。


「だから、あるだろ。兄弟いないやつが兄弟、姉妹に憧れる文化。有名なのだと、妹萌えとか。――って、なに言ってんだボク……」

 片手で顔を覆う灰谷さん。その頬には桜色が差している。


「ふぅん? 灰谷さんは兄萌えなの?」

「クソが……っ」

 掛け布団が動いて僕の顔を覆う。え、これ。窒息死しない? 僕。


「お前と喋ってると本当、ペース乱されるな。人畜無害そうだから口が滑っちまったか……? はぁ……」

 ゆっくりと布団が下に下がっていく。助かった。


「兄がいいんだ? 姉じゃなく、弟でもなく、妹でもなく」

「全身羞恥に染めてる今のボクを見て、お前なんでそんなぐいぐいこれるんだよ」


 僕を覆う掛け布団が浮かび、再び灰谷さんの元に移動する。そして、敷布団の上に座る彼女を、おにぎりみたいに包んでしまう。


「くそ、もうお前の質問責めが面倒だから正直に言う」

 灰谷さんは観念したかのように語り始めた。


「……ああ。そうだよ。ボクは、兄って存在に萌える兄萌えだ。兄キャラが好きで、本当の兄が欲しかったって思ってる。ずっと一人でゲームばっかしてて、寂しかったからな……。ボクがこんな能力に目覚めたのも、初めて好きになったのが超能力を使う兄キャラだったからなんだろうな」

 耳を真っ赤にさせながら、灰谷さんはそう告白してくれた。


「ああ、くそッ! こんなこと誰にも言ったことないのに、一生の恥だ! お前、絶対に誰にも言うなよな!」

 光の宿らない双眸で射られ、僕の背を言いようのない恐怖が駆け上がっていく。彼女なら、僕をいつでも殺せるのだ。


「言わないよ」

 彼女にそんな思いがあったとは知らなかった。それは、今まで必死に隠してきた気持ちなのだろう。

 でも、その気持ちはよくわかる。

 僕も友達がほしいと……青春がしたいと思っていたから。


 友達は、どうにかこうにか頑張れば作ることができるだろう。

 しかし、兄はそう簡単にはいかない。義理の兄なら可能性はあるのだろうが、それは自分でどうにかできることではない。


 だから僕は。

 彼女に寄り添いたいと思う僕は。


「灰谷さん」

 こんなことを口走っていた。


「──僕がきみのお兄ちゃんになろうか?」


「なに言ってんだッ!?」

 顔を真っ赤にしながら叫び、灰谷さんは敷布団をバンと強く叩いた。

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