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キョンシー・爆死ー・エマージェンシー ②

「……あの、見すぎです」


「うおっ!?」

 急に山乙(やまおと)さんに話しかけられた驚きで、僕の体は強く跳ね上がる。


 あわや椅子ごと背中から倒れそうになりかけたのだが、山乙さんが長い腕を伸ばして僕の手を取ってくれた。

 僕が座っていた椅子が倒れる音だけが虚しく響く。


「大丈夫ですか?」

 彼女の額に貼られた霊符越し。山乙さんの綺麗な瞳が僕を捉えていた。


 色々な要因で早まる心臓を押さえながら、僕は倒れた椅子を戻して座り直す。彼女が触れた手の部分、僕の絆創膏に血が滲んでいる。僕がこけないように強く握ってくれたのだろう。


「ふ、普通に喋れたのか?」

「すみません。あたし、人見知りなんですよ」

「普段からキョンシーの恰好をしている人の中に、人見知りの人って存在するんだ」

「普段からキョンシーの恰好をしている人をあたし以外に見かけたことがないので、わかりかねます」

 確かに。


 そういえば彼女はいつもこの恰好だが、この服装は山乙さんの病ヰ(やまい)が関係しているのかもしれない。

 そんなことを思いながら彼女のチャイナ服を眺めていると。


「ああ、これはただのコスプレですよ」

「そうなんだ!? なにか、病ヰが関係してるのかと思ってた。それしか着られないとか」

「この服はキャラ作りです。自分の病ヰがキョンシーみたいになる病ヰだったので。せっかくならキョンシーぽくならないと損じゃないですか」

 そうか?


「ちなみにこのお札はキャラ作りではないので、剥がれません」

 彼女は、自分の額から垂れ下がる霊符に、ふっと優しく息を吹きかける。

 山乙さんの綺麗な顔が露わになる。きょとんとした瞳が小動物っぽくてかわいらしい。


「どうして、今までは普通に喋ってくれなかったんだ?」

 これまでの彼女はなんだったのかと疑問に思うほどに、山乙さんは今流暢に話している。


「だから言いましたよね? 人見知りだからです。特に、男性は苦手なのです」

「そうなのか。なら、初対面のとき顔を俯けて『あう』って言ってたのは、僕に対して緊張してたから?」

「……あう。蒸し返さないでください」

 山乙さんは、恥ずかしそうに深草の髪を指で弄る。かわいい。


「かわいい」

 あ、声に出てた。

「知ってます」

「知ってるんだ」

 真顔で言われてびっくりしてしまった。まあ、これほどの美少女なら自覚はあるか。


「毎日鏡を見ているので。……あ、鏡って知ってますか?」

「知ってるよ」

 ツッコミながら口角が緩んでしまった。

 なんだか、思っていたよりも随分とノリの良さそうな子だ。


「てっきり、山乙さんは病ヰで本物のキョンシーになっちゃった人なのかと思ってたよ」

「そんなわけないじゃないですか。あたしは、キョンシーっぽい服を着ているキョンシーっぽいただの美少女です」

 山乙さんは、胸を張ってふんすと鼻を鳴らす。


「でも、なんで急に僕と話してくれる気になったんだ?」

「あたしの人見知り期間が終了したからです。ほら、いるでしょう? 最初は全然喋ってくれないけど、心を許したらめちゃくちゃ喋ってくれるようになる、人見知りの人。あたし、あれなんです」

 いや、確かにいるけどさ。そういう人。


「山乙さんはいつ僕に心を許してくれたんだ? 全く心当たりがないんだけど」

「少しずつですね。完全にあたしの警戒心が解けたのは今日です。入村さん、あたしを気遣って教室に残ってくれたんでしょう? 心配そうにあたしを見る目、気付いてましたよ」

「ごめん。余計なお節介だったかな。別に、憐れんでるとかそういった意味は全然なくって」

「それは知ってます。だから謝る必要はありません。あなたの気遣いを知り、あたしが勝手にあなたへの警戒心を解いたのです」

 そこで、山乙さんは柔らかな笑みを口元に刻んでみせた。


「ちなみにあたし、入村さんがいない場所では、篠江(しのえ)先生や他のクラスメイトとは普通に喋っています」

「そうだったの!?」

「なんなら、先週の放課後は女子面子(メンツ)だけでお出かけしました」

「なにそれ。めっちゃいいじゃん!」


 なら、むしろ輪に入れていなかったのは僕じゃないか。いや、そんな尊い空間に僕が入る隙間なんてあるか? 断じて、ない。


「男性は苦手ですが、女性はそうではありませんので。むしろ女性は好きです。肉が柔らかそうなので。じゅるり」

「キョンシーのきみが言うとなんだか凄く怖いな!?」

 確かキョンシーって、人間の血を求めるんじゃなかったっけ? 作品によって違うのかもしれないけど。


「キョンシージョークなので安心してください。まあ、女性が好きというのはあながち間違いでもないですが。重ねて言いますが、あたし、男性が苦手なので」

 かといって恋愛対象が女性というわけでもないのですが、と彼女は付け加えた。

 どっちかといえば女性の方が好き、というくらいのニュアンスなのだろうか。


「そっか。それなのに、よく僕なんかに心を許してくれたな?」

「そうですね。他の男性となにが違うのかと問われると答えるのは難しいですが。言うなれば、入村(いりむら)さんは、羽虫」

「は、羽虫?」

「いてもいなくても別にあんまり気にならないって感じです」

「結構辛辣だな!?」

「あっはっは。キョンシージョーク」

 山乙さんは急に立ち上がり、片足立ちで両手を挙げるカンフーっぽいポーズを取る。


「いや、今のジョークはキョンシー要素ゼロだったぞ?」

 彼女はその姿勢のままに、横目で僕の顔色をちらりと窺った。

「す、すみません。お気を悪くしたのなら謝ります。入村さんと話すの楽しくて、つい口が回ってしまいました」

 と、山乙さんは申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、全然気にしてないよ。むしろ、僕なんかとたくさん話してくれて嬉しいよ」

 その言葉に、山乙さんはゆっくり顔を上げる。わかりやすいくらいに安堵している。本当に僕を怒らせていないか心配だったのだろう。


「別に僕は、そんなにすぐ怒ったりしないから。よっぽどのことがない限り」

「そうですか? あたしはてっきり、入村さんはずっと機嫌が悪いのだと思っていました」

「え、なんで?」


 僕、そんなに怖い顔してたかな。

 確かに、編入当初は緊張で顔がガチガチになっていたのかもしれないけれど。今は随分マシになったはずなのだが。


「だって、ほら」

 言ってから、山乙さんは真面目な表情を崩さずにこう続ける。

「さっきからずっと、あたしの言葉に対して強い口調で早口にまくしたてるように喋ってるじゃないですか」

「突っ込みという概念を知らない方?」


 山乙さんの目は少しだけ上を向いており、彼女の頭の上にはまるで疑問符でも浮かんでいるかのように見える。なんでそんな顔ができるんだよ。


「ツッ……コミ? それは何語ですか? あたし、ヘブライ語はわかりませんよ」

「日本語だよ」

「日本……語?」

「きみが今喋ってる言語ね」

「? ところで、入村さん」

「今のはキョンシージョークじゃないのかよ。キョンシー要素の薄いきみのキョンシージョークが恋しいよ」

 そこまで僕が言うと、山乙さんは堪えきれないといった風に吹き出した。


「……ふ、くく。さすが入村さん。あたしのボケ祭りを全て捌いてくれますね。面白いです」

 ああ。よかった。彼女のトンチキな発言はやっぱり全てボケだったんだ。

 女性の肉を食らおうとし、突っ込みや日本語という概念を知らない山乙さんなんてどこにもいなかったんだ。


「まあ、あたしの発言の半分ほどはボケではありませんがね。全てに突っ込んでくるからさすがにビビりましたよ。この人、漫才みたいなテンションでしか喋れないのかなって」

「急に辛辣だな!?」

 恥ずかしいよ、僕。

 というか、半分はボケじゃないのかよ。


「まあ、どれがボケかどれが本音かはお教えできません。あたしは、ミステリアスキャラでいくって決めているので」

「もう化けの皮が剥がれまくってるよ」

「肉ばっかり食べているのも、キャラ作りです」

「あれ、キャラ作りなんだ!?」

 確かにミステリアスだったけど。


「まあ、お腹があんまり減らないのは本当ですがね」

 そうして、小さく微笑を浮かべる山乙さんであった。

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