キョンシー・爆死ー・エマージェンシー ①
青春初心者の僕とはいえ、二週間も経てばこのクラスにも慣れてきた。
それはクラスメイトが僕を含め五人しかいないからというのもあるが、皆とてもいい子ばかりだというのもある。
まあ、僕以外が全員女の子であるという点には全く慣れないのだが。
今は、授業後の昼休み時間だ。僕たちは、自分たちの机を合わせて皆でご飯を食べている。
昼食時は、いつの間にか自然と五人で食べるようになったのだった。
「ハーレムだな、入村」
と、菓子パンを開けながら僕を弄るのは灰谷さん。彼女は昼食時も、浮かぶ敷布団の上に座っている。お行儀は悪いが、彼女の病ヰに関わるのだから仕方ないのだろう。
「ハーレムかはよくわからないけれど。かわいい女の子たちに囲まれてご飯を食べるのは、僕の病ヰの制御の練習になってありがたいよ」
真面目にそう答えると。
「堅物くんだな。弄りがいのない」
灰谷さんは、ジャムパンをもそもそと口に含む。
「あと、別にボクはかわいくないだろ」
「? かわいいよ」
灰谷さんを見つめながら真顔でそう言うと、彼女は一瞬目を丸くした後すぐに顔を俯ける。
「お前が言うかわいいは、軽くて価値がないな」
ひ、酷い……。
「ふふ。ランラン、落ちた。ロイチ、今のはツンデレってやつ」
「そうなんだ?」
「なわけないだろ。勝手なこと抜かすな、鍵市」
灰谷さんは菓子パン。鍵市さんは手作りっぽい小さな弁当を食べている。
「炉一! 早く食べて病ヰのトレーニングにいくよ」
そう言う王崎さんは、照り焼きチキンや唐揚げがどかどかと乗った、カロリーの高そうな購買の弁当を幸せそうな顔でがっついていた。成長期の男子高校生みたいな豪快なチョイスだ。かっこいい。
「うん」
僕は、購買で買った小さめの安いのり弁当を食べている。
割りばしを掴む僕の手には、たくさんの絆創膏が張ってある。王崎さんに鍛えてもらってできた傷だ。僕は、皆と違って傷がすぐに治らないのが難儀である。
まあ、同じ条件の灰谷さんが怪我をしたところを見たことがないから、僕も簡単に怪我をしないくらいに強くなればいいというだけの話だ。
そして、キョンシー少女の山乙さんは、ぼけっとした顔で小袋に入ったジャーキーをむしゃむしゃと食べている。
謎すぎるチョイスだが、彼女はいつもなにかしらの肉を食べているのだ。カルパスやサラミやソーセージの日もある。
キョンシーだから肉が好きなのだろうか? でも、あまり量は食べられないようだ。
「……?」
気のせいだろうか? 山乙さんは時折僕の方に視線を送っているような気がするのだが。
それも、顔ではなく僕の指を見ている? ような? 自意識過剰だろうか。
「オウカ。お茶飲まずにがっつくと、胃によくない」
なんて珍しくまともなことを言いながら、鍵市さんが王崎さんにお茶を手渡す。
「んっ。ありがとう、束沙! ごきゅ! ごきゅ!」
王崎さん、ごきゅごきゅ言いながらお茶飲んでる。かわいい。
「ランラン。たまには食べたら? 米も」
「急に母性を発揮するなよ、鍵市。ボク、米はあんまり好きじゃないんだよ」
「お米はいいよ、嵐々。なぜなら、美味しいから! ごきゅん!」
「いや、だから好きじゃないって言ってんじゃん」
そんな、和やかな会話を交わす昼下がり。
ただ、僕は未だにこの輪に馴染めずにいる山乙さんのことが気になっていた。
キョンシーだから仕方ない、といえばそれまでなんだろうけれど、せっかくなら、彼女にも青春をしてもらいたいと思うのはお節介なのだろうか。
……きっと、お節介なのだろうな。
誰もが皆、青春をしたいわけではないのだろうから。
知らない内に、僕はじっと山乙さんのことを見つめてしまっていたらしい。
僕の視線に気が付いた山乙さんが、目を伏せる。その瞳には、ほんの少しだけの寂寥感が宿っているように見えた。
やはり彼女も、混ざりたいのだろうか?
僕が弁当を食べ終わる頃を見計らって、王崎さんが声をかけてくれる。
「炉一。もういける?」
頷き、「山乙さんも一緒にいく?」と彼女に声をかけようとしたのだが、山乙さんは僕の方を見て静かに首を横に振った。
僕の表情から、感情の機微を読み取ったのだろうか?
人と関わるのが苦手なのか? それとも、一人が好き?
でも、それならきみはどうしてそんなに寂しそうな目をしているのだろう。
僕は、彼女のことをもっと知りたくなった。
多人数で話すのが難しいのなら、まずは一対一で話す方が山乙さんは緊張しないだろうか?
……って、二人きりは二人きりで僕が緊張してしまいそうだけれど。ここは勇気を出すところだろう。
「えっと。ごめん、王崎さん。今日はちょっと教室で過ごそうかな? なんて」
「そう? なら嵐々――って、もう寝てる!」
アイマスクを下げ、浮いた敷布団の上で寝ころぶ灰谷さんは寝息を立てていた。
「なら、束沙! きみが私の相手をしてくれる?」
「え。ロイチがここにいるなら、タバサも……」
そこまで言って、鍵市さんはちらりと僕と山乙さんを盗み見た。
「……まあ、いい。たまには、オウカに殺されるのも悪くない。味変みたいで」
どうやら、鍵市さんは僕がなにかを企んでいることを察してくれたらしい。さすがだ。味変というのは、よくわからないけれど。
「ありがとう。なら、決まりだね!」
そうして、王崎さんと鍵市さんは二人して教室を出ていった。
残されたのは、僕と山乙さん。そして、ふよふよと浮かぶ敷布団の上で爆睡している灰谷さん。
灰谷さんはあの状態になるとやばい予知でも見ない限り起きないため、実質山乙さんと二人きりになった。
僕は、なんとはなしに山乙さんのことを観察する。
彼女の食べるスピードはかなり遅く、袋の中のジャーキーはまだ三分の一ほどが残っている。
ジャーキーを食べているだけだが、山乙さんだとなぜか絵になりずっと見ていられるな。
山乙さんに見惚れ、彼女と仲良くなるという目的を僕が忘れかけたとき。
彼女は、少しだけ首を傾けて口を開いた。
「……あの、見すぎです」




