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不死鳥、劣情、時々熱情 ①

 僕が紫東(しとう)学園に転入してから一週間ほどが経とうとしている。


 僕の病ヰ(やまい)のことは、学級通信等でそれとなく全校生徒に知らされているらしい。

 そんなことをすれば混乱を招かないだろうかと思ったのだが、紫東学園では危険な病ヰ持ちが編入する際には大体知らされるようだ。それもそうか。危険人物の顔は知っておいたほうがいいもんな。

 どうやら、僕程度の病ヰ持ちの転入は特段珍しい事例でもないようだ。


 僕は、自分のクラスと、特別指定寮を往復する毎日を送っている。

 特別指定寮は分厚い壁に覆われた、本当に牢獄みたいな場所だ。部屋の中には生きるために最低限の物しか置いていなかったが、特に趣味のない僕には十分すぎる設備であった。


 僕は今、この紫東学園に囚われている。外に出て病ヰが暴走しては目も当てられないから、仕方ない。

 教室から移動をする際には篠江(しのえ)先生か、クラスメイトの誰かに付き添ってもらわなくてはならない。勿論、外出は不可能だ。


 もう少し僕の病ヰのコントロールが上手くいくようになれば外出も可能のようだが、いつになることやら。


 たまに、学校内で僕を見かけた久玲奈(くれな)が狼耳をぴこぴこさせながらこちらに手を振ってくれるのが嬉しかった。そう、彼女はもともとこの学園の生徒だ。彼女を殺さないためにも、強くならないと。


 授業後は、クラスメイトの誰かに寮までついてきてもらうことが日課となっている。

 久玲奈以外の女性に免疫のない僕は、女の子と一対一となるこの瞬間にはまだ緊張してしまう。


 今日僕の横に立っているのは、水色ハーフツインの地雷風の少女、鍵市束沙(かぎいちたばさ)さんであった。黒マスクが今日も似合っている。


 僕は第一印象で、鍵市さんをちょっと怖い子かと思っていたのだけれど、一週間ほど一緒に過ごすとその印象は間違っていたのだと断定せざるを得なくなった。


「ロイチ、ロイチ。ロイチは絞殺か刺殺ならどっちで殺されたい?」


 うん、怖いのはやっぱり怖いや。でも怖いというより、鍵市さんは少し変な子なのであった。


 特別指定寮への道を歩きながら彼女は、好きな食べ物はなに? と同じテンションで怖いことを訊いてくる。会話ネタの引き出しに、なに入れてんの?


「いや、どっちも嫌だけど。えっと、鍵市さん、僕のこと殺すの? 人に恨まれるような覚えは……。うん。めっちゃあるわ。人、傷つけてるし」

 病ヰのせいとはいえ、自分で言っていて悲しくなってくる。


「殺さない。タバサがロイチを殺したら、ロイチがタバサを殺せなくなるから」

 さっきからずっとなに言ってんだ?

 そこまで言って鍵市さんは、上目遣いで僕のことをじっと見つめてくる。気恥ずかしさに、思わず顔を逸らすと。


「ロイチ。今、タバサは会話のテクニックを使った。自分がされたい質問を相手にぶつけるやつ。あんだーすたん?」

 えっと、投げた質問はその人がされたい質問だから、同じ質問を返すと話が広がる、みたいなやつだっけ。

 つまり鍵市さんは、さっきの質問を自分にもぶつけてほしいってことだよな?


「鍵市さんは、殺されるなら刺殺か絞殺どっちがいいんだ?」

 改めて、なんだよこの質問。


「ロ、ロイチ……。なんてバイオレンスな嗜好を……」

 鍵市さんは大仰に驚いてみせる。とても演技臭い。

 君がそそのかしたんだろ。


「今の音声、録音した」

「いつの間に!?」

 鍵市さんは、ボイスレコーダーのアプリが映ったスマホの画面を僕に見せる。


「寝る前にいっぱい聞く。タバサの睡眠導入剤」

「そんなもので眠れるのはきみだけだよ」

「まあ、これは冗談。盗聴、よくない」

 鍵市さんは、録音をやめてそのデータを消去した。なんで、変なところで良識は持ち合わせてるんだよ。


「さっきの質問の答え。タバサはどっちもされたい。ロイチの暗鬱たるリビドーは、いつでもタバサにぶつけていい」

 ないよ。そんな暗くて怖いリビドー。


 鍵市さんは、編入初日からずっとこんな調子で僕に変な絡み方をしてくるのであった。

 しかも、やたらと距離が近い。今も、僕の制服の袖をさりげなく掴んでいる。


 言動はどこかおかしいが、僕はそんな彼女にドギマギとしてしまう。

 よくわからないのだが、初めてあのクラスで鍵市さんを殺しかけてから、僕は彼女に気に入られてしまったようなのだ。


 本当に、なんで?


「鍵市さんは、僕のことが好きなのか?」

 あ。またストレートに自分の思いを伝えてしまった。

 しかし鍵市さんは。


「ううん。別に」

 違うんだ。恥ずかし。

 うぬぼれすぎだろ僕。消えたい。


 鍵市さんは、ぼぅっとした瞳で僕の顔を見上げている。

「ロイチと同じクラスになった日。ロイチに殺されかけて、タバサは衝撃だった。あんなに乱暴に殺されたのは初めてで、凄くドキドキした。それで、当の本人はすっごく申し訳なさそうな顔をしていたから、そのギャップに興奮した。とても。……あれ、これ、好きってこと?」

 顔を火照らせ、身をよじる鍵市さん。


 僕、今、どんな顔をすれば正解なんだ?


 僕は、今の言葉の中で気になったことを彼女に訊ねる。……いや、気になる点しかなかったというと、それはそうなんだけど。

「鍵市さんは、今までに誰かに殺された経験があるのか?」

 ――あんなに乱暴に殺されたのは初めて。という言葉が気になったのだ。


「タバサは、酷い目に遭うのが好き。昔、遊具で遊んでいたときに鼻を強打した。それで、鼻血が全然とまらなくなった。自分の体の中の大切な物を失っていく感覚に、凄くゾクゾクして、気持ちよかった」

 彼女は、遠い目をしてそう言った。いや、そんな郷愁を思い起こさせるような表情で言うことじゃないだろ。


「だからタバサは、自分から危険に体を突っ込むことがある。自分の欲求を満たすため、危険な病ヰ持ちに会いにいったり、暴走する病ヰ持ちを見にいったり――色んな死に方を経験した」


 そこまで聞いて、僕は彼女のことが心配になった。

 これはちょっと深刻な問題かもしれない。


 彼女は不死身だ。そしてその不死身であるというある種の安全性を凌駕するほどに、彼女の性格や嗜好は危険性を多分に孕んでいる。

 不死身だからといって、ここまで奔放だと絶対に危険な目に遭わないとは限らない。


 例えば、怖いやつに目をつけられでもしたら?

 例えば、恐ろしい繋がりができて鍵市さんが変な影響を受けたら?

 その先には、死ぬことや死なないこと以上に嫌な未来が待っているかもしれない。

 そんな嫌な予感に、身震いする。


「鍵市さん」

 鍵市さんの両肩に手を置いて、彼女を無理やり僕の方に向かせる。


「なに? ロイチ、大胆」

 茶化されるが、僕は真面目な顔で鍵市さんに詰め寄る。


「僕らはまだ会って数日だけど、僕はきみに危険な目に遭ってほしくない。色んなことに首を突っ込んで、もしも鍵市さんがとりかえしのつかない目にでも遭ったら……」

 ……なんて。彼女を殺す可能性がある僕が言っても説得力なんてないか。


「心配してくれるのは嬉しい。でも、タバサはタバサが気持ちいいと思うことが好きなだけ。ロイチに、それを否定できる? タバサは、誰にも迷惑をかけていない。勝手に一人で気持ちよくなってるだけ」

 彼女の言っていることは、たぶん正しい。


 僕にはこれといって好きなことや趣味がない。でも、例えば、王崎さんのことを諦めろと言われても……すぐに諦めるのは難しいだろう。


 これは、お節介なのだろうか。

 でも、なにかがあってからではもう遅いのだ。

 僕は、勇気と覚悟を胸に滾らせる。


「鍵市さんは、定期的に酷い目に遭いたいんだよな?」

「ん。うん」

「ならさ」

 僕は、大真面目な顔でこう言った。


「――定期的に、僕に殺されるってのはどうかな?」


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