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3つの願い

作者: 暁理


「アナタの願いを三つ、叶えましょう」


 登場こそ、ランプからではなかったが、一瞬前には居なかったものが突然現れたような、そんな唐突さで男は現れ、そして私にそう告げた。


 夕日に照らされた赤い路地で。今どき何の冗談だ、なんて。心の中では疑ってかかるものの、しかし、心の底から湧き上がる好奇心に、その疑念が勝ることはなく。

「何でも?」

「何でもです」

 挑戦的であろう視線で尋ねた私に、長身痩躯に黒のスーツを着た優男は表情を変えず、ただ淡々と頷いた。

「とか言って。よくある、反則的なお願いはダメなんでしょう?」

「願いに反則も正道もありはしません。願いは何にも勝る、ただ一直線な気持ちですから」

意地悪く尋ねた私に返ってきたのは、自分の予想に反した回答だった。

「じゃぁ、『無限に願いを叶えて』ってお願いでも? 『私にアナタと同じ力を授けて』ってお願いでも?」

「それが、アナタの願いならば」

 尚も食い下がった私に、男の態度はまったく変化を見せない。


「じゃぁ、願いを叶えた後でその代価だとかなんとか、魂でも持ってっちゃうんだ」

「まさか。私たちの喜びは人の願いを叶えること、それにあるのです。私はあくまで己のために、アナタの願いを聞いているのです。ですから……そう。もし私がアナタに魂をもって償っていただくことがあるとするなら、それはアナタの裏切りのみ」

 男の言葉に背筋が冷えたような気がした。口調も、表情も、何も変わっていない。私は再び口を開く前に、小さく息を吸い込んで、ドクリと鳴った心臓を静めようとした。

「私の……裏切り?」

「私たちの喜びはアナタの真の願いを叶えること。もしも、アナタが私を謀り、嘘の願いを叶えさせたなら、それは、私に対する裏切りです。その代価はアナタの想像しているものとなりましょう」

「望まない、望み……? わざわざそれを三つの内に願うバカがいるっていうの?」

 男の言葉に、胃のあたりに溜まっていたモヤモヤとしたものが、どこかへ霧散するのを感じた。バカバカしい。望まない望みを3つしか叶えられない望みにカウントするなんて。

 もしも本当に目の前の男を謀ろうとしてするのなら、この不気味な男が怒るのもしょうがないのではないか、と思えてくる。その対価があまりに大きいとしても、今の自分となっては所詮、他人事として捉える以外できなかった。


「アナタは違う、と?」

 私の嘲笑に何を感じたのか、男が幾分か興味深げに私の瞳を覗き込んできた。心の奥まで見透かされそうな真っ黒に、気づくと一歩、後ろに下がっていた。

「では、改めて。アナタの願いは何ですか?」

「願える回数を無限に」

 その願いを口にした瞬間、私の中で何かが弾けた。

「っ!!!」

 悲鳴も上げる暇もなく、身体を裂くような痛みが走って。それで私は、私は……?






「お目覚めですか?」


 そこは、真っ黒な男の姿をそのまま横に引き伸ばしたような、真っ黒な世界だった。

 気を失う前に感じた痛みは、今はもう綺麗さっぱりなくなっていて。否、それどころか他のどんな感覚も感じることのできなくなっているような、そんな感覚。

「それはそうでしょう。ここは魂の世界ですから」

 私の考えを読み取ったように、男の声が頭の中に響いた。

「魂の世界……? ちょっと、私の願いはどうなったの! 願いが叶ったから、こんな場所にいたんじゃないの!?」

「困りましたねぇ」

 声を荒げる私にしかし、男はまったく感情を感じさせない声でつぶやいた。

「私はちゃんと説明したじゃないですか。私を裏切れば、その対価を頂きます、と」


「裏切る……って、裏切ってなんかない! 私は自分の望みをそのまま望んだ!」

 男の言葉に頭の中を台風でも通過するような混乱が襲っていた。目の前の光が消える前、男の言った言葉が頭の中を巡り巡る。

「いいですか? この世に本当に望まれる望みなんて、望める望みなんて、たった一つだけなんですよ」

「一体、どういうこと?」

 どこにいるかも分からない男の姿を睨むように、黒の中を睨みつける私。

「人は例え、どんな境遇に居たとしても、自らの現状に満足することのできない動物です」

「もし気に入らないなら、また何か変えればいいじゃない! 無限に願いが叶うのなら、私にはそれができるでしょう!」

「それは違いますよ。もし、望んだ願いに僅か1つでも不満が浮かんだその瞬間、アナタの願いは破綻するんです。だって、不満がある願いなんて願いではないでしょう?」

「そんな、じゃぁ、私にどうしろっていうのよ! そんなの結局何をどう望んだって、私はアナタに魂をとられるんじゃない!」

「えぇ、そうですよ」

そうして、男は言い切った。



「だって、私は死神ですから」



「たった一つ、人間の望み得る望みは、死、のみです。死ねば、不満を抱くその心すら失われ、死の望みは死を持って完結されるのですから」


 男の声は闇の中へ溶け込み、そして私の意識も、だんだんと、溶け、て、――。


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