5話
くるみさんの演奏に耳を傾けていると、チャイムが鳴った。
「あ、もうこんな時間だ」
彼女がそう言うと、僕もはっと顔を上げる。
音楽室の時計は17時を少し過ぎていた。
「あ、あの……もう外も暗くなりますし、危ないから、その……途中まで送りますね」
久世は声を少し震わせながら、照れくさそうに言った。
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えて」
くるみさんはにこりと笑った。
僕たちは音楽室を出て、静かな校舎を歩き始める。
足音が重なり合い、夕暮れの空気がほんのり心地よかった。
靴を履き替えて外に出る。
校舎の影が長く伸びていて、その中をくるみさんの足音がコツ、コツと小さく響く。
「ねえ、久世くん」
少し歩いたところで、くるみさんがふと立ち止まり、僕のほうを見た。
「本当に、私のこと知らなかったの?」
その言葉は、からかいでも責めるでもなく──ただ、素朴な疑問として投げかけられた。
僕は少しだけ間を置いてから、苦笑いを浮かべる。
「……はい。あの、すみません。うちテレビないので……そういう話に、ちょっと疎くて」
「え、テレビないの?」
くるみさんは驚いたように目を丸くする。
「なんかちょっとレアかも。今どき珍しくない? っていうかどうやって生きてるの?」
「……まあ、本とか読みますし。それに昔からテレビを見る習慣自体なかったので」
「へぇ〜……なんか、久世くんぽいね」
「そう、ですか?」
「うん。なんていうか、プライベートまで大人しいんだね。」
「……うっ…否定できません…」
そう言うと、くるみさんはくすっと笑った。
それは昼間よりもずっと自然な、柔らかい笑顔だった。
「じゃあさ、ネットとかも見ない系?」
「見るには見ますけど……芸能関係はほとんど興味がなくて。話題にもついていけないことが多くて……」
「ふーん。そっか……」
くるみさんは、それ以上何も言わず、空を見上げた。
夕焼けにはまだ少し早い。
どこか遠くでカラスの声が聞こえた。
「そういえば久世くんはきょうだいとかいないの?」
「……兄がひとり、います」
言った瞬間、声が少しだけ硬くなった。
「いいなぁ〜私もお兄ちゃん欲しかったから羨ましい〜!」
「そうですかね……? 兄なんて、いてもいなくても変わらないっていうか……」
言葉を濁すことしかできなかった。
──
ゆるやかな坂道を下っていくと、やがて分かれ道が見えてきた。
「じゃあ私はこっちだから。また明日ね〜」
「……はい。気をつけて」
そう言って、くるみさんは片手を軽く振って歩き出す。
制服のスカートが風に揺れ、彼女の背中が少しずつ遠ざかっていく。
にしても今日は散々な1日だったなぁ…
まるでラノベのモブになった気分だ…。
でもまぁ…いくら席が隣でも、明日からは別の誰か…一軍の女子や男子が話しかけるんだろう。
僕の役目はここまでだ。
明日からはいつもの日常に戻る。
今日のことはきっと小さな思い出の一つになる。
それでも――
なんだかんだで、楽しかったな。