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【完結済】2Kの君  作者: りわ あすか
第三章:彼女の日常、彼の憂鬱 

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3-8

 祭壇の前で、威風堂々たる面持ちの男が膝を落とした。

 その横で、白を重ねた司祭服を身に纏っていた青年が聖句を唱えはじめる。

 高い位置に並ぶ聖火の揺らめき。


 ちらりと背後を振り返ると、興奮を隠せない沢山の瞳がこちらを見ている。

 自分を見ているわけではない、祭壇の王と大司祭の一挙手一投足を皆が、見守っているのだ。


 小脇をつつかれ、ミアリエルはあわてて正面を見すえる。


 一段高い場所に位置している祭壇前では、父王が大司祭である兄と並んで頭を垂れている。


 朗々と続く祈りの文言は長く、眠気を誘う。

 本来ならば寝所に入っている刻限であるが、華宵本祭の宵宮は始まったばかりだ。


 もぞりと体を動かすと、自分をつついた手が、背中に回される。長時間立ちっぱなしという事もあり、足が痛い。ミアリエルは背中をささえるシェイルの手に、有り難く体重を預けることにした。


 これ以上は我慢が出来ない。こっそり靴を脱いでしまおうかと逡巡し始めた頃、祈りの言葉が余韻を残し締め括られた。


 民を代表しリアス神に頭を垂れていた王が静かに立ち上がる。

 隣に控えていた大司祭が続き、王へ五色で彩られた器を差し出す。

 王の手によって供物台へと設えられた器に、左右から歩み出てきた聖官たちによって、穀物や果実の種が、ひとつずつ落とされていく。


 春を告げる祝いは、豊穣の祈りでもある。

 芽吹き始めた新しい生命が、無事に根付きますよう。

 

 厳かなる鐘が鳴る。大聖堂の鐘の音を合図に、小神殿の澄んだ鐘の音が響く。

 王宮の鐘楼が風を揺らす。街中にある教会の鐘が続く。そして、国中の至る所に設置されている、穀物で結い上げられた松明が、聖火から分けられた火種で点火され、炎が夜空を焦がす。


 興奮に沸き立つ歓声。

 今年も、春が告げられたのだ。


◇◇◇


 ミアリエルは欠伸を噛み殺した。

 もう少し起きていたい。お祭騒ぎとなっているであろう夜の街を今年こそは見てみたい。昨年までは王宮へ戻る頃には、輿の中で眠ってしまっていた。だから、今年こそは。


 明日、華宵本祭の最終日、王宮で行われる大舞踏会に、ミアリエルは主催者側の一人として正式に出ることになっていた。賓客ではなく、客を持て成す社交の場へ。それはつまり、成人に向けた一歩を進むということだ。


 兄達に言わせれば「まだ早い」の一言だろうが、自分のサロンで行われる茶会とは規模が違う公的な場で、ゲストを出迎えるのだ。


 気合を入れ直すよう、清涼感のある少し苦い茶を飲み干す。

 大聖堂のさらに奥にある広間に、やんごとなき身分の者とそれに仕える人間が集っていた。にも関わらず、場はかなり砕けた雰囲気だ。


 それもその筈、この場にいるのは王族と彼らに仕える者のみ。

 奥宮の一室であるかのような気安い空気である。

 ミアリエルがお付の女官にお茶のおかわりを注文すると「そのくらいにしておきなさいませ」と窘められた。

「御不浄が近くなってしまいますよ」


 はっきりとした言に、ミアリエルはお腹に手を当てる。言われてみるとちょっと……

「行っておきたいかも……?」


 大聖堂から王宮まで戻るのには、かなりの時間がかかる。下手すると日付を越してしまうかもしれない。

 女官は苦笑しつつミアリエルの手を取る。


「一人で行けるわよ」

「そういう訳にはいきませぬ」


 立ち上がり、中央の方をちらりと見遣ると、歓談している輪から笑い声があがった。

 ミアリエルは自分が笑われた訳でもないのに、なんとなく気まずい思いをしながら広間を後にする。


 滑らかに続く床石に踵を落とすたび、音が響き回廊に沈み消える。

 広間からさらに奥まった場所にある中庭を横切り、小さな建物へ向かう。

 空は漆黒ではなく、国中を照らしている松明からの炎に、わずかばかり染められているような色をしていた。街の浮かれた空気が、静かな聖域にまで届いているような感覚。


 無事用を足して、手水鉢で手を清めると、女官が柔らかい布を手渡してくれる。

 庭の木立向こうにあるであろう街が見えないだろうかと、ついつい背伸びをしてしまう。

 少しばかり歩いたことによって、眠気が吹き飛んだようだ。夜風にのる花の香りに、ミアリエルはうっとりと目を細める。


 春なのだ。

 夜の散歩――しかも奥宮ではない場所を歩いている。


 広間へと戻る道すがら「エマウは誰かに花冠を渡すの?」なんとなく高揚する心のまま、ふと思い浮かんだ事を口にすると、女官は声を詰まらせたようだ。


「なぜですか?」

「へぇー、居るんだそういう人? だあれ? やっぱり騎士さま?」

「居りません」

 きっぱりとした口調とは裏腹に、目元が僅かに赤い。

「それとも文官系かしら。エマウの水色の瞳にはねえ――」


 思案するように唇に人差し指を当てる。視界の端で何かが動いた気がした。

 目を凝らすと、青錆色の髪が木陰に見える。


「そうね、あんな髪色だったらとっても似合うかも」

「何を仰ってるんですか!」

 示した方向へ行こうとする、ミアリエルをエマウが制する。

「折角だから名前をお聞きしましょうよ。って……あの方……」


 小首を傾げる姿は、無垢にも見える。

 しかしその中身がだいぶ変わった思考をしているのを、彼女の身近に居る者達は知っている。


「……聖官じゃないわ。帯剣していたもの」

「今宵は護衛の方も多くこちらにお越しですからね」

「でも、それなら騎士さまの格好をしているのではなくて? とってもとってもとってもとっても怪しいわ」


 この奥には、聖官達が蟄居している庫院がある筈だ。

 いつだったか、兄に見せてもらったその場所の配置を思い出しながら、ミアリエルはいくつかの疑問符を思い浮かべる。


 それから悪巧みを思いついたような表情を隠すように、唇をきゅっと引き結んだ。


「やっぱりお名前をお聞きしてこなくちゃ」

 今にも駆け出しそうなミアリエルに、女官は、とんでもないと首を横に振る。

「戻って護衛騎士の方々に知らせましょう」

「だめよ! そんな大騒ぎをしちゃ。蜂(・)は(・)藪(・)か(・)ら(・)つ(・)つ(・)い(・)て(・)出(・)す(・)も(・)の(・)よ。私は真相を知りたいの」


 胡散臭い人間が出入りしているとなると、女子供の手に負える問題ではない。

 しかし主の言は、なんとなく支離滅裂である。


 続けて、耳打ちされるように告げられた言葉に、エマウは目を白黒させた。


「愛人かもしれないの」

 ――青い鳥を、白き聖者と黒き賢者が飼いならしているんですって。




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