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夜の散歩は、時に残酷なものを見せる

作者: 阿吽トム

初めまして、阿吽あうんと申します。

どうぞごゆっくりお読みください。

 あつい夏が、いよいよすぐそこまで迫ってきている。感じるもの、触れるものすべてがあつく感じる。人によっては恋愛や勉学に力を入れて闘志を燃やすひともいるかもしれない。

 もう今の段階で、気温だけで言うと昼間の車中はもう、夏のそれを体感できるほど不快な状態だ。例によって地球温暖化による年々気温の高さが、自然にも我々生物にも影響を及ぼしている。


 だが、朝と夜は比較的に過ごしやすいと感じるこの時期は、日によっては肌寒い朝を迎えるときもある。就寝前に少し熱いから薄着で寝てしまおうと、肌着姿で寝ようものなら、朝方にぶるっときて目が覚めることもあるぐらい。風邪ひきのもとになるので注意が必要だろう。


 そんな中、近頃夜中に歩いている人の姿をよく見かける。

 それに気づいたのは、久しぶりに家族で近くのファミレスに外食へ行った時の帰り道。父の運転で家に帰っているときに、母と前で何かを話をしていたが、私は後部座席でぼんやりと外を眺めていた。

 

(へぇ‥‥こんな時間に歩いてるんだ‥‥‥)


 軽装をしていて皆歩きやすそうだ。本格的に腕を振ってウォーキングという言葉が似あう人、ひとりでゆっくりと歩く人、犬を散歩させてる人、複数人で楽しそうに歩いているグループもいる。その光景を見て、少し羨ましいなと思った。肌に触れる空気が心地よさそうで、昼間の車が行き交うあの喧騒はなく、静かな時間が流れている。ふたりなら雑談をしながらだったりするのだろう。それが友達なら、恋人同士なら、気の合うふたりなら、とても楽しそうだなと想像する。


(いいなあ。気分転換に明日にでも歩いてみよっかな‥‥)





 夕食の後、少しゆっくりして半袖Tシャツと短パンに着替える。高校生の時に来ていた体操服だが、今でも全然着れた。体操服と言っても、見た目はごく普通のジャージだ。胸の位置に『伊藤(いとう)』とあるが、夜だし見えやしないだろう。

 家を出る時間二十一時過ぎにした。あんまり遅すぎると、補導される年齢ではないがパトロール中の警察官に止められても面倒だし、なによりある程度、人が歩いている時間帯じゃないと、女性ひとりでは心細い。あと危ない。


 『ちょっと、散歩してくる』と、携帯電話も財布も持たずに家から出た。鞄も何も持たずに手ぶらで出掛けるなんていつぶりだろうと、少し不安な気持ちになるが同時に爽快感のようなものもあった。体がとても軽い。

 外に出ると、程よく風が吹いており、涼しい。思った通り気持ちが良いなと思った。歩いていると汗ばんでくるかと心配したが、ゆっくり歩けば問題ないだろうと判断した。空を見上げれば、星が無数に散らばっていた。中でも大きい星は光が揺らめくように見える。ぼうっと夜の空を少し見て、歩き始めた。明日は晴れるだろう。



 夜に散歩するのは初めてで歩くこと自体も最近はなかった。大人になったいまは基本的に通勤の時、車を運転するぐらい。たまに乗る電車にも、徒歩だと三十分程かかるので、駅近くのパーキングエリアまで車で移動する。そこから駅まではものの一分もかからない。まあそもそも、用もなく歩くことなんてなかったのではないか。だから、普通の道を歩くことは久しぶりで新鮮で、大袈裟だが"生きている感じ"がした。そんなこと考えながら二、三分歩くと、気が付けば振り返っても家が見えなくなっていた。

 

 向かった先は特に家を出るまで考えていなかったが、足が自然と小学校の頃の通学路を進んでいた。

 最初は少し不安だった。小学校の間ずっと通っていたとはいえ、十年以上たった今でも覚えているだろうか。急に『質問です!小学生のころの通学路を答えなさい!』と変な問題を出されたら、制限時間内に答えられる気がしない。あやふやで断片的な景色が思い浮かぶ程度だろう。

 だが、実際に歩いてみると何も考えずに歩けた。必死で試験勉強をした結果、すらすら問題を解ける感覚に似ているような気がする。記憶の奥底にちゃんと保管されていたらしい。体が覚えていたということだ。


 住宅地を抜けると公園が見えてきた。全くあの頃と変わらず、ブランコ、雲梯(うんてい)、三人ぐらい座れそうベンチ、砂場、すべてあった。


 変わっていたのはここまでくる道中の家々だ。

 ここに家があった気がする、と思うところがなくなっていたり、夜なので見えずらいが家がリフォームされているのだろう、暗がりの中でもわかるぐらい外壁が綺麗になっているのがわかる。あとは大きな畑だったところが、新築の家がたくさん立ち並んでいる敷地になっていたりした。若い世代の家族が住んでいそうで、玄関には小さな自転車や子供が外で遊んだのだろう、縄跳びやボールなど雑に置かれている。

 

(こんなにたくさん家なんて建っていたのか‥‥近くに住んでいるけど知らなかったな)


 久しぶりに歩いていろんな家を見て、やけに納得した。十年以上という年月は大人が老い、子供が成長し、或いは新たな生命が誕生するには十分な時間で、住む人間によって建物や暮らしや環境が変わっていったのだろう、と思った。


 新築の敷地内を抜けて、ちらほら他の歩いている人たちとすれ違ったりするようになってきた。思ってた通り、少し体が温まってきているが汗をかくほどでもない。本当に丁度よく心地が良い夜だ。こんな夜なら毎日でも歩けるなと思い、でもひとりだとちょっと寂しいなと感じて、これからのことを考えながら物思いに更けていた――





 彼と別れたのは一週間前のこと。友人の紹介で始まった交際は三か月で終わった。

 相手の方から積極的にアピールをされて、優しい人だし顔やスタイルから清潔感を感じさせる男性だった。前に付き合ってから暫く立っているし、今回はいけるかもと思ったが駄目だった。

 付き合ってみてやっぱりよくわかった。

 私は人と居ることが絶望的に向いていない。ひとりの方が気が楽だったり、余計なことを考えなくてよかったりするからだ。あとは、こんな私と長く付き合える男性はいないだろうと思う。見た目は美人だと仲の良い友人から言われており、学生時代はそれなりに男子からの視線も浴びて、モテたと思う。だが、どの交際も長続きしたことはない。

 普通の人と同じような言葉を使える、『かっこいいね』とか『好きだよ』とかそれらしい発言はするから、相手は"普通の綺麗な人"と判断するのだろう。だって、見た目とか話す言葉が普通だから。

 ただ、実際のところは百パーセントの気持ちで喋っていない。相手が喜ぶかなと思って言葉を選んでいるだけ。これが"気を使う"ということなのだろうか。でも相手に喜んでもらわないと、楽しんでもらわないと付き合っている意味がないのではないか。そんな風に考えて、面倒になってきて、自分から別れを切り出すことが多い。とにかく私にも自分が手に負えない。そんな気難しい性格なのだ。

 今年で二十九歳。両親も私に話は直接してこないが、色々心配してるんだろうか。あんまりわからない。



 そんな私も一度だけ自分から告白したことがある。相手は小学校からの付き合いで高校まで同じ学校に通っていた。とても仲が良くて朝一緒に学校に行ったり、同じバイト先で働いたり、プライベートも友達何人かのグループで一緒になって遊んだりした。


 ある日の夜、直接伝えることがどうしても恥ずかしかったので、彼に電話をかけて、思いを伝えた。


「ずっと、気になってて、付き合ってほしいの‥‥ダメかな‥‥‥」

「‥‥」


 きっと困った顔をしただろう。少しの間黙っていた。

 きっと笑っているような、そうでもないような顔をして続けた。


「ごめんよ、渡辺とは友達でいたいな‥‥」


 また、『ごめんよ』と彼は最後に付け足して、私も泣きそうになりながら『そっか』とだけ言った。

 その後は学生の頃ならよくある話だろう。これまで通りの距離感ではいられなくなり、気まずい関係が続いた。その頃は告白したことを後悔した。友達としていたかった彼の気持ちを蔑ろにしてしまった気がして。そして、結局何もおこらないまま高校を卒業した。

 卒業してからは私は大学へ、彼は就職し会う機会はめっきりなくなった。



 彼はかっこいいという感じが全くしない。男前と呼ばれたことはないだろうと思う。だけど、気が可愛らしくて素直で、どこか頼もしい。同性からの信頼があつかったと思う。"鳥屋(とや)にぃ"とか呼ばれていたっけ。よく笑う人で優しそうな雰囲気をしているが、口が悪い。

 私はそんな彼がものすごく好きだった。本当に好きだった。



 あの頃に戻れるのなら、もう一度やり直したい。

 直接会って、目を見て告白すればよかった。

 緊張して伝える言葉が弱々しすぎた。もう少しちゃんと思いを言葉で伝えるべきだった。

『そっか』なんて言わず、もう少しアタックしてみるんだった。

 一度振られたぐらいで諦めずに何度も挑戦すればよかった。


 どれだけ後悔しても、もう遅い――


 


 お互いこの年齢だ。きっと彼なら今頃、家庭を持っている。

 私はこの夜でそう確信した。


 

(なんで‥‥なんで、そんなわかりやすい苗字なのよ‥‥‥‥)




『幸せになってね』と放った言葉が、夜に溶けて消えていく。

 なんだか、目頭が熱くなってきた。










 

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。

もし宜しければ、☆印で評価をつけて頂けると参考に思います。

コメントも大歓迎です。


何卒宜しくお願い致します。

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