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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

後悔。あるいは懺悔。君へ伝える言葉。

作者: しじま よ

  



 我ながら短い人生だったと、恥の多い人生だったと、思った。

 じりじりと減る蝋燭の火のように、己の命が零れ落ちていくのを感じる。


 アンセル・ヴァン・キュアノス。戦場を駆る“キュアノスの銀狼”は、その人生の幕を閉じた。







 物心ついた時から、次期キュアノス家の期待の星だと言われてきた。

 生まれて直ぐの魔力検査では、当時のキュアノス家一と鑑定士が驚く程で、家中が沸いたという。寝物語の代わりに毎晩聞かされ、アンセルが本気で怒ったあの日まで、延々と続けられていた。


 言葉を発し理解するのも早く、つかまり立ち歩きだすのも早かった。大人達は神童と騒ぎ、あれやこれやとアンセルを持ちあげる。

 膨大な魔力と強い水魔法の力を持ち、グランシス山のように高いプライドの幼児ができあがった。

 まるで王族のようなふるまいをして育ち、恩師に出会うまで気付きもしなかったことが、己の恥の一つである。




 学園で恩師に出会い、水魔法の研究に努め、美しい花を見つけたのは学園生の2年の時であった。

 チョコレートオパールの瞳を輝かせ、学友達と話し込む少女。アンセルの一目惚れだった。


 彼女の素性と家柄を調べ、シェルニー家の2人の令嬢の妹の方だと知る。

 そこでアンセルは、後悔する恥の一つである、姑息な手を使った。ヴェローナ・シェルニーを嫁に欲しいと、シェルニー家にねだったのである。

 明らかに家格が上のアンセルに、シェルニー家の当主である彼女の父は、顔を青くしながらも是と答えた。それを当然だと思ってしまったことは、後悔しても遅いが、本当に恥ずべきことである。

 若かったからと言い訳をすることもできるが、これ以上の恥の上塗りはしまい。




 彼女との結婚の際には色々なことがあったが、学園を卒業後に延びに延びた結婚をした。子宝にも恵まれ、双子と年子で男児が一人。

 恥の一つが、生まれた3人の子どもの、生まれる瞬間に全て立ち会えなかったことである。


 双子が生まれた日は、激しい雷雨の日だった。

 続く長雨が王都近くの川を溢れさせ、とどめとばかりに襲った豪雨が近隣の町や村を飲む。国中から水魔法の遣い手を集めできる限りの対処をしたが、暴れる水竜には誰もが固唾を飲んで見守ることしかできなかった。

 復旧作業が続く日々、キュアノス家から届いた手紙で双子の誕生を知る。

 せめて、初産となる妻の側にいたかった。双子を生む不安の中、孤独にさせてしまったことに絶望する。帰宅し妻と子ども達の顔を見たときは、涙が止まらなかった。


 年子で生まれた子の時は、隣国での任務にあたっていた。予定から一月も早く生まれた次男は、早産のせいかあまりに小柄で。初めて腕に抱いた時は、体の弱い長男に続き、神はこんなにも試練をお与えになるかと吠えた。

 産後の肥立ちが悪く、妻はベッドから起き上がれなくなっていた。




 痩せ細り弱々しくなっていく妻の顔を、最後に見たのはいつだっただろうか。


 キュアノスの銀狼を案じて王妹・モナキアが定期的に光魔法をかけてくれているが、ヴェローナの容態は一向によくならない。


 毎日を必死に生きる妻を前に、アンセルの心が折れるのが先だった。

 瀕死の妻と幼い子ども達を残し、この世の全てを否定するかのように、戦場へと憂き身をやつしたのである。






 魔獣が暴れていると聞き、アンセルは辺境を目指した。休む間もなく歩き続け、山を越え、谷を越え、たどり着いたのが昨日。

 国境を分けるライフト山の頂から、四方に雷が走っている。雷獣か、とアンセルはひとりごちた。

 相性は最悪だが、倒す以外の選択肢はない。


 山頂を目指し道なき道を進んでいると、途中で騎士の一団と遭遇した。先頭で馬型の聖獣に騎乗していた男が、アンセルの前で飛び降りる。


「……ここから先は危険だ。山頂に、恐らく雷龍がいる。貴方は町まで戻ってください」

「…………龍か」

「あ、ちょっと、おい!」


 制止を聞かずに進むアンセルに、青年が大きな声をあげる。それさえも無視し、アンセルは山を登り続けた。



 雷鳴がうるさい。癪にさわる。


 雷龍を倒せば、この音は止まるだろうか。二度と、罪のない人々や小さな町や村が、消えてしまうことはないだろうか。

 愛する妻と、可愛い子ども達。生まれたその瞬間を、アンセルも見ることができ、共に幸せを分かち合うことができるだろうか。


 雷龍を、倒さなければ。倒さなければ。




 ぴかり。


 世界から、色が消えた。







 白い世界の中、意識が浮上する。

 ここは、どこだろう。


 腰の剣を探そうと、右手を持ち上げる。動かした感覚はあるが、視界に右手がうつらない。

 なぜだろう。まだ、夢の中なのだろうか。


 曇天を縦横無尽に、光が走っている。雷だ。何故、雷鼓は聞こえないのだろう。すぐ真上で光っているのに。



 ぼんやりと見上げていた視界に、影がさす。どこかで見たような顔が、覗き込んでいた。

 口は何かをまくし立てるように動いているのに、青年の声は聞こえない。



「…………ヴェロ、ナ……」



 ふと、妻の顔が浮かんだ。覗く男の瞳が、焦げ茶色をしていたからかもしれない。

 重なる面影に、そっと手を伸ばす。今度は、右手も動いた。


 チョコレートオパールが、よく見えない。白む世界が、急速に色を失っていく。



 死ぬのかもしれない。




 我ながら短い人生だったと、恥の多い人生だったと、思った。

 じりじりと減る蝋燭の火のように、己の命が零れ落ちていくのを感じる。




 最後に、これだけは伝えなければ。

 彼女に、一度も伝えたことがない、この言葉を。


「……、ろ、な……愛し、てる……」



 ぽとり、と、雫が落ちた音がした。



  

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