奈落の底
不定期更新作品です。
「ハァ、……ハァ、……ハァッ、……っ!」
耳の奥で、自分の鼓動がうるさいほどに鳴り響いている。
肺の奥を焼くような熱い空気と、鼻腔を突く泥と血の臭い。
俺は岩場の影にへばりついたまま、ただ呆然と、自分の震える掌を見つめていた。
……数分前まで、俺は「仲間」と呼んでいた奴らと一緒にいたはずだった。
「悪いな、お前が残れば俺たちは助かるんだ」
逃げ惑う仲間の一人が放った、あの言葉。
レベルの上がらない俺は、魔物に追いつかれそうなパーティの「一番後ろ」にいた。
彼らは躊躇わなかった。俺の背中を、まるで汚物でも払うかのような手つきで突き飛ばし、魔物の群れへと差し出した。
俺が食われている間に、自分たちが逃げるための時間を稼ぐ――そのために。
視界の端で、俺を盾にして全速力で逃げていく奴らの背中が見えた。
(……ああ。……結局、こうなるのか)
怒りよりも先に、すとん、と冷めた納得が胸に落ちた。
『大器晩成』
それが、俺が生まれ持った唯一のスキルだった。
レベルアップ時のステータス上昇値が通常の二倍になる。その一点だけを見れば、誰もが羨むような「当たり」のスキルに見えるだろう。
実際、俺もいつか花開けば、誰よりも強くなれると信じていた時期もあった。
だが、現実は残酷だった。
代償としての「必要経験値十倍」が、すべてを台無しにしていた。
レベル1のままでは基礎ステータスがあまりに低すぎて、最弱の魔物一匹すらソロでは倒せない。
必然的にパーティを組むしかないが、当然、戦力外の俺に回ってくるのは荷物持ちや雑用ばかりだ。
トドメを刺す機会も与えられず、分配される経験値は雀の涙ほどしか入らない。
レベルを上げるための経験値は人より十倍必要なのに、手に入る経験値は人より圧倒的に少ない。
周囲が次々と強くなっていく中、俺だけが、永遠に届かない「将来」に縋り、取り残されていった。
どれだけ馬鹿にされようと、どんなに蔑まれようと、俺は彼らにしがみつくしかなかった。
それ以外に、経験値を得る手段など無かったのだから。
そうして必死に食らいついて、靴の裏を舐めるような思いで付いてきた結果が、これだ。
(……ふざけるな、……っ!)
諦観の後に遅れてやってきた熱い怒り。
そんな感情の渦の中でも魔物は容赦なく襲いかかってくる。その牙から逃れようとして、ダンジョン内を彷徨い、結果奈落に繋がっているかのような崖下へと、無様に転落した。
「ちくしょ、う…………っ!」
闇の底へ吸い込まれながら絞り出した最後の一言は、誰に届くこともなく、俺の意識と共に消えていった。
────────────────────
運が……そう、運が良かったのだろう。
暗がりを落下していたため視認出来た訳ではないが、途中で何度か植物の枝や蔓のようなものに引っ掛かった感触があった。
バキバキと枝が折れる音が骨に響き、脇腹が裂けるような激痛が走る。
さらに落下した先が深い水溜まりのようになっていたため、減速した上で水の中に着水するという九死に一生を得る結果になったようだ。
「くっ……」
身体の端々に打ち付けられた痛みを感じるが、歩く程度は出来そうだ。
鼻から入った水を吐き出し、重い体を引きずるようにして水辺から這い上がる。
「上に真っ直ぐ登るのは……無理だな」
壁面を植物が覆っている部分も見受けられるが、壁一面という訳ではない。
途中で掴まれる枝や蔓が途切れればそれまでだし、よしんば上まで奇跡的に伝って行けたとして、体を支える強度があるとは限らない。
もし途中で千切れでもしたら、今度こそ地面に叩きつけられるだろう。
「となると……こっちしかないか」
発光する苔のようなものが、本来暗闇に閉ざされたはずの地の底を照らす。
視線の先には扉が二つあり、その内の一つに近づいてみる。
扉に取っ手のような物はなく、押してもピクリとも動く気配はない。仕方無く見切りを付け、もう一つの扉の方に足を運ぶ。
こちらは扉の周囲が崩れかけている影響か内側に拉げており、人が通ることができるくらいの隙間ができている。
扉の奥を覗いてみるが暗がりのために中の様子は何も見えない。
仮にこの中で魔物に襲われれば、反撃の間もなくやられる可能性は高いが……。
他の道が閉ざされている以上、進まないという選択肢は最初から存在しなかった。
「……行くか」
言葉にする事で覚悟を決めるかのようにして、扉の隙間に身を滑り込ませていく。
扉を抜け中に入ると、不意に足元が光で照らされる。
壁の中に埋め込まれたライトが、人の動きに反応して灯る。古代の遺構では珍しくない光景だが、今はその明かりが孤独感を助長させた。
体感で百メートル程歩いたところで通路の終わりが見えてきた。
今までよりも慎重に歩を進めながらも道の終わりに近づいていく。道の先は広い空間のようであることが見て取れた。
『……ヒュ、ゥゥ……ォ、ォォォ……ォン……』
風が抜ける音だろうか?
訝しく思いながらも、俺はその震えるような音に導かれるように、中の空間に入っていく。
数歩進んだところで、ゆっくりと室内のライトに光が灯り、全体を照らし始め――その『巨人』はいた。
小山のようなその体を封じ込めるように両手両足には太い鎖が巻き付けられ、さらに胸部から腹部にかけても幾重もの鎖が巻き付けられて、天を仰ぐような姿勢で固定されている。
「……なんだ、これ……」
その巨体は浅い呼吸を繰り返し、ともすればいつ息絶えてもおかしく無さそうな程に弱っているようにも見える。しかし、その圧倒的な存在感はどの様な状態でも損なわれる事はなく、俺は思わず息をすることさえ忘れていた。
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