第六話「氷の軍靴、アイギスの進軍」
森に入った途端、空気が変わった。
肌を刺すような冷気。吐く息が白くなる。
春の陽気だったはずの気候が、突如として“冬”へと転じた。
「……この空気。来るぞ」
ダークが剣に手をかけた。
──ギィン……。
霜に覆われた金属音が鳴った。
木々の間から現れたのは、銀髪の美女。
白のアッシュショート、冷えきった目。
左腕に抱えた巨大な盾が、地を滑らせながら構えられる。
「お久しぶりですね、ダーク・アルコホル。
命令です。貴方を“凍結”し、持ち帰るようにとのこと」
聖王騎士団 第3軍団長──アイギス・ヒルド
「随分と物騒な再会だな」
「ええ、貴方が生きていること自体、想定外でしたので」
──氷嵐が舞う。
アイギスが盾を前に突き出した瞬間、前方の地面が一気に凍結した。
ロイヤルが足を滑らせ、ホワイトがとっさに彼を抱えて転がる。
「僕たち、足が……!」
「動くな。奴の術中だ」ジルが鋭く言う。
「盾に吸われた攻撃は、すべて倍加して返ってくる……。突っ込めば死ぬ」
ダークが一歩踏み出した。
「ならば、攻撃しなければいい。──闘い方を見せてやる」
アイギスが駆ける。盾を構え、突進する。
ダークは真正面からその一撃を──避けずに、受けた。
「ッ!」
衝撃。氷の波動。周囲の木々が凍る。
だが、ダークは盾に向かって、拳を叩きつけた。
「その盾に宿るのは、“恐れ”だ。
相手の力を受け流し、自分は傷つかないようにする。
……だがそれじゃ、本当の意味で“強い”とは言えねぇ」
その一瞬。
アイギスの動きが、わずかに乱れた。
「アンタは、誰かを守るためにその盾を選んだはずだろ?」
ダークの剣が、氷の空間に風を裂く。
盾が振り上げられるが、今度はその動きが遅い。
──ズン!
ダークの斬撃は、アイギスの足元を砕いた。
バランスを崩す。盾が下がる。
「これで終わりだ」
だが、ダークは──剣を振り下ろさなかった。
アイギスの首元に、剣先が止まっていた。
彼女の目が見開かれる。
「……とどめは?」
「俺は、無闇に女を殺す趣味はねぇ。
それが“敵”であっても、命を握るのは“覚悟”だけで十分だ」
ホワイトが、固唾を呑んで見つめていた。
その背中から感じるもの──それは“強さ”だけではなく、“強さの中にある優しさ”だった。
「……貴方は、昔からそういう人だった」
アイギスが、力を抜く。氷の術式が解け、空気が暖かくなる。
「次に出会った時は、どうなるかはわかりません。……ですが、今は引きます」
アイギスは静かに後退し、雪のように姿を消した。
「……ホワイト。覚えておけ」
ダークが振り返る。
「強さってのはな、倒す力じゃねぇ。“止める力”だ」
「……うん、僕……いつか、そうなれるかな」
「なれるさ。お前ならな」
一行は森を抜けた。
その先に広がるのは、紅と黒の交わる街。
──バボン王国国境都市。
そこにいたのは、鮮やかなピンクの髪と長い脚、そして挑発的な微笑みを浮かべた女。
「久しぶりねぇ……黒き剣さん。アナタ、まだ死んでなかったのね」
ギルド2番隊隊長、ジャンボール・ロゼ──登場。