第四話「バドワの鍛冶火、ボンドの意志」
バドワ──ビア王国東部の山間都市。
遠くからでもわかるほど、街全体が鉄と火の匂いに包まれていた。
鍛冶屋たちの金槌が鳴り響き、煙が空へと昇る。
だが、その喧噪とは裏腹に、街の一角にひっそりと佇む一軒の店があった。
看板は朽ち、入り口の鐘も錆びて音が鳴らない。
通りすがる者は誰も近づこうとしない。
「……ここだな。ロイヤルの言ってた“誰も寄りつかない鍛冶屋”ってのは」
ダークが扉を押すと、ギィィと重い音を立てて開いた。
店内は煤けていて、薄暗かった。
棚に並ぶ武器はどれも埃をかぶり、売る気配も感じられない。
しかし──その奥。
鍛冶台の前で背を向ける男が、無言で鉄を打っていた。
──ボンド・アロンアルファ。
ギルド「Monument bleu」第7番隊隊長。かつて“鉄の魔術師”と呼ばれた男。
「……来たのか。生きてたとはな、ダーク」
ボンドは振り返らずにそう言った。
「何年も経った。今さら……何をしに来た」
「仲間を集めに来た。王国を潰す。そのための力が、必要なんだ」
「……はっ。どの口が言うか。あんたが王の命令に従って、あの日ギルドを留守にしなけりゃ……」
その声に滲むのは、怒りではなく、悔しさと虚しさだった。
*** 回想:七年前 ***
ボンドは鍛冶場から逃げる途中、遠くに見た。
崩れゆくギルド本拠地。
泣き崩れるエリザ。
剣を振るい、血に染まりながらも人質を救おうとするダークの姿。
──そして、炎の中でエリザが抱きしめていた小さな影が、川へと落ちていくのを。
*** 現在 ***
「……俺はもう、あの日から止まってる。ここで、何一つ鍛えず、ただ火だけ見てた。ギルドはもう……終わったんだよ」
そう言って背を向けたボンドに、静かに声が届く。
「でも、終わってません」
ホワイトだった。小さな手をぎゅっと握りしめて、まっすぐ見ていた。
「僕……あの人たちを、取り戻したい。奪われたものを、取り返したい。……だから、力がほしいんです」
ボンドはその声に、かすかに眉を動かす。
「強くなきゃ、仲間も守れない。何も守れない。僕……僕、誰も死なせたくないんです!」
その言葉に、何かが――確かに響いた。
数秒の沈黙の後、ボンドは無言で炉の火をくべた。
カチリ、と金属音が響く。
「……武器なら、仕上げてやるよ。戦う覚悟がある奴にな」
「じゃあ、今すぐ作ってください!」
「……ああ!? お前……もうちょいしおらしくしろ!」
ロイヤルが笑い、ジルが肩をすくめ、ダークは目を細めた。
──再び、炎が灯った。
それは武器の火ではない。
止まっていた心が、再び“戦いの火”を宿した瞬間だった。