回帰編 第二話「静けさの中のほころび」
アークが生まれてから、二年が経とうとしていた。
砦の中庭では、まだ言葉もたどたどしいアークが、小さな木剣を握りしめていた。
「んっ!」 小さな声と共に、転びながらも木剣を振る。
「……ははっ、なかなか筋がいい」 ムサシが苦笑しながら、遠くからそれを見守る。
「将来有望ね」 ロゼが微笑む。
「今のうちに鍛えておけば、10年後には私より強くなるわよ」
「“最強の赤ん坊”、か。いい響きだ」 ボンドが豪快に笑いながら、新しい訓練用の剣を組み立てている。
「まだ早いわよ、あなたたち……」 エリザが、抱きかかえたアークをあやしながら微笑む。
「でも、あの子……時々、“何か”を見てるような目をするの」
その言葉に、ジルとダークが目を合わせる。
「幼くして、何かに“気づいてる”目だ」 ジルが静かに呟く。
──その日の夜。
王都から急報が届いた。 王直属の使者が、ギルド砦に現れたのだ。
「このタイミングで……か」 ダークが書状を開く。
王の命令による、遠征任務の指示。
だが、その内容には曖昧な点が多かった。 敵勢力の情報も不確か、地図の指定にもズレがある。
「……これは、妙だ」 ロイヤルが眉をひそめる。
「罠の可能性がある」 キロネックスの冷たい声が砦内に響く。
「だが……断れない」 ダークが低く言った。
「俺たちは“民の守護者”であると同時に、“王の剣”でもある」
アークが、母エリザの腕の中で静かに眠っていた。 その寝顔を見つめながら、ダークは一つだけ言葉をこぼした。
「俺が戻るまで、何があっても──絶対に、守るんだ」
──一方その頃、王都・王宮。
玉座の間に、重々しい足音が響く。
「……遅かったな、ニンカシ」 白髪と髭をたくわえた老王──ビア王が、重い声で言った。
「遠征の成果を報告するためには、少し血が必要だっただけです」
王の目が細められる。
「その目……まるで、獣のようだ」
ニンカシ・ビアはゆっくりと玉座に近づく。 その手には、血に濡れた戦装束。
「父上。次の時代は、“力”が支配するべきです」
「民の心を忘れた王に、王冠は似合わぬ」
「その判断を下すのは、力を持つ者だけでしょう」
ニンカシの笑みに、氷のような殺気が滲んでいた。
──王国の中枢でも、運命は動き出していた。
──次回、父と子の対立。そして、命を懸けた最後の任務へ。