第十三話「剣鬼、開眼──三太刀目は斬らぬために」
試合前、ムサシは何も語らなかった。 控室での登録も一言、「出る」とだけ書き記し、腰の三本の太刀を静かに確認しただけだ。
観客席の熱気は、すでに彼の登場を察知していた。 前日から速報記事が“剣喰らいのムサシ”の出場を報じ、会場にはかつてない人数が詰めかけていた。
「第4試合──ギルドMonument bleu 五番隊隊長、ムサシ 対 サブゼ幹部“紅裂き”ボガ!」
相手は、サブゼ中堅幹部“紅裂き”の異名を持つボガ。 人間離れした筋骨隆々の肉体を持ち、巨大な曲刀を振るう狂戦士。 観客の間でも「サブゼでもトップ5には入る」と恐れられていた。
だがムサシの登場で、その空気が一変する。
審判が進行しようとする。
「両者前へ──」
その言葉を遮るように、ムサシは歩き出し、静かに太刀を抜いた。 一本目。
審判が慌てて叫ぶ。「ま、まだ開始では──」
「……礼だ」 ムサシは一言だけ呟いた。 そして、頭を下げたまま構えを取る。
審判の腕が上がり、試合開始を告げようとしたその瞬間。
──風が鳴った。
「始──」
言い切る前に、ボガの巨体が崩れ落ちていた。
観客が何が起きたのか理解するまで数秒かかった。
──ムサシの二太刀目が、終わりを告げていた。
立っているのはムサシだけ。 ボガの胴は浅く裂かれ、意識を失っている。が命はある。
「一太刀は礼。二太刀で終わらせる。三太刀目は……“斬らぬため”のものだ」
ムサシが刀を納めた瞬間、観客が一斉に息を呑み──そして、地鳴りのような歓声が上がる。
その中、サブゼの幹部たちは目を細めた。
「……あいつ、“化け物”かよ……」 「チッ、面倒なのが出てきやがったな」
静寂の中、ムサシはただ一人、ダークのほうを見た。
「アナタも……まだ“斬れて”いないんだろ」
その言葉に、ダークは口元をわずかに動かす。
──次は、黒き剣が立つ番だ。