第十二話「舞台は整いし、鬼現る」
剣術大会・中日。 会場全体に、昨日とは異なる重苦しい空気が流れていた。
ホワイトの勝利。ジルの異能。そして──次の影。
観客席の一番上段、王族席にほど近い特別観覧席の隅。 そこに、ひとりの男が立っていた。
黒い羽織に、腰に三本の刀。 髪は青く、後ろで一束に結ばれている。 その姿を目にした瞬間、周囲の剣士たちがざわついた。
「……あれは……」 「“剣喰らいのムサシ”……本当に来たのか」
名を持つ剣を求め、戦場を渡り歩く男──ギルド「Monument bleu」五番隊隊長、ムサシ。
だが彼は、座ろうともせず、黙して試合を見下ろしていた。
「……太刀が、俺を呼んでいる」
一方、試合場では、次の戦いのアナウンスが響く。
「続いての試合──自称五王国合同騎士団、筆頭剣士セリオス・リューネ 対 サブゼ幹部“狂剣鬼”ハーザ!」
場内がどよめいた。 セリオスは過去三度の大会で準優勝、一度も完敗したことのない実力者。観客の期待も厚い。
対して、ハーザ。サブゼ幹部の中でも“最強”と噂される謎多き剣士。 長身痩躯に、奇怪な仮面。全身を黒布で包み、ただ一振りの黒刀を背に携えている。
試合開始の合図と共に、セリオスが正統派の構えから一気に踏み込む。
──しかし、その一歩先に踏み込んだのはハーザだった。
「……なに──が……」
観客が言葉を飲む。 セリオスの剣が空を切る。その腕が、肘から先で“無かった”。
ハーザは一歩も動かず、黒刀を斜めに構えたまま、血飛沫の中で立っていた。
「……斬られたのか、俺が……」
セリオスが膝をついた瞬間、場内が悲鳴と動揺に包まれる。 審判が慌てて間に入り、勝者を宣言。
「……勝者、ハーザ……!」
会場が凍りつく中、ムサシの口元がわずかに動いた。
「ようやく……斬りごたえのある奴が出てきたな」
その言葉は誰に向けたのか、分からない。 だが、周囲にいた者すべてがその気配に戦慄した。
──剣を巡る者たちが、今、集い始めていた。