095 ジャンダルムは「憲兵」って意味よ
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チェニイが授けていた〈精霊発動特訓〉のアオリで
お約束の爆発騒動に巻き込まれたヨンギツァ市の
5人組・エゴーファイブの面々
結局その後始末に駆り出されたミリア斎宮による
〈復活の儀礼〉が、水精宮の祭壇で開始されました
…
気絶している5人を水精の治癒術で回復させることは
斎宮ミリアをもってすれば簡単なのだけど、
問題は5人の脳裏から、つい先ほど〈バクハツ〉に巻き込まれた
激烈な記憶を消去して、別の記憶に差し替えるのは
思ったほど容易いものではないという点です
…というよりそんなワザ、斎宮の領分としては身に余りすぎて
チャレンジした経験など彼女には全くないし、できれば
手を染めたくもない…
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さながら西の空を葡萄色に染め上げるように、紫紺の巫女盛装を纏ったミリア斎宮は、両手を高く掲げて、祝詞の〈呪〉を朗々と詠唱し始めました。
それはまるで、水精宮の祭壇に並べられ、横たわっている〈エゴーファイブ〉を包み込むようにして唱えられた福音の〈言〉でした。
我、此処に顕現す!
依って5人の使者を吞み込んだズゾボンの炎よ、その身を離れて、我を包め
ダダネストの水巫よ、我に降臨せよ
相対する双精霊を、我に摂り込み 浄化し 依って象を披かん
ミリアは印を手に、符を暗闇へと掲げました。
護符は〈ぽぅ…〉と、微かな音を立てて紫の闇に包まれ、燃え尽きます。
同時に、装束を纏ったミリアの肢体から、うっすらと呪の複雑な文様が光を帯びて浮かび上がってきました。
それは。徐々に闇の中へ包まれる地味なパフォーマンスなのですが、見守るものに与える印象は強烈でした。
斎宮の頭上で燃え尽き、消失したはずの護符から漏れ出た光の粒が、徐々に大きく輪を描き始めると、それは眼下の祭壇に横たわる5人の身体に音もなく降り注ぎ、やがて光は煌めきを帯びながら大きくなっていきます。
「…って、な…何が起こったのだ? ここは…ガドリング…廃都の水精宮…なのか?」
祭壇の床から最初にむくり、と起き上がったのは、先だって大白猿のブラック・ジャック隊長に〈ドレッド〉と名乗ったエゴー・ファイブのリーダー格屈強な男性でした。
「お目覚めですか、ご無事でなによりでした」
目の前に立っていたミリア斎宮が、にこやかな笑顔を見せて語りかけます。
「い…いや、自分らは…その…何があったのか、よく分からなくて…」
やがて、ドレッドに引き続いて残った4人も次々と目を覚まします。
リモネー、バーブル、ワイト、ブロック…。彼らは一様に、つい今しがた起こったことの記憶がなく、気づいたのが水精堂の祭壇の上だったため、困惑が隠せません。
「皆様はこのガドリング湖畔の森で、何やら爆発に巻き込まれたのですよ。気づいた廃都の警備隊が皆様を発見して、ここへお連れしたのです…けど一体、何があったのですか?」
シレっとした口調で、ミリアは彼らに尋ねます。
〈ナニがあったか、こっちは承知してるんだけど…ね〉ミリアは心中で呟きました。
〈さて、ここから先がタイヘンなのよ、ニセ記憶をでっち上げなくちゃイケナイんだもの〉
「それが…その…一体全体、ナニがあったかまるで分からず…」
ドレッドが、口ごもります。
「う~ん、ひょっとして皆様、あの有名な〈エゴー・ファイブ〉の面々では?」
ミリアがなんと自分から、彼らの名前を告げました。
「ご、ご存じでしたか? では話は早い! ご承知の通り、我々はエゴーファイブ…商都ヨンギツァからの使者であります」
「では、もしかすると…その…こちらへおいでになるセレモニーのために〈ボムボトル〉をご持参になっていた、のでは?」
これはミリアのカマかけ(しかも完ぺきな当てずっぽ)でした。
以前、ジュレーンの斎宮時代、ヨンギツァの連中は、儀礼にはいつも〈ボムボトル〉で派手な演出をするから…要するに爆竹代わりに破裂させるのだけど…こういう使者も、おそらく同じように常時持ち歩いてるのではないか、と考えたのです。
…けど、コレが結果的には〈当てずっぽの大当たり〉でした!
「は、はい…実は儀礼用には…皆様にご挨拶する時、バクハツのセレモニーで演出を…」
「ひょっとすると、それを間違って、挨拶前の練習で暴発させてしまったのでは?」
ミリアが、畳みかけて尋ねると、横で控えていたパープルと名乗る女性が、そこに口を挟みました。
「だから、衣装まで焦げちゃったのね! もう、ドレッドったら…こういう時には決まってドジ踏むんだから。予行演習で段取りを間違って、みんなしてガドリング到着前に気絶してりゃ、世話ないわよ!」
「まあまあ、ともあれ皆様、お怪我もなく何よりでしたわ」
ミリアは、ここで仲間割れを諫めます。
〈どうやらこの5人組、それほどチームワークが揃っているワケでもないみたい。こりゃあ、こっちが暗示を必要以上にかけなくても、勝手にニセシナリオ通りに動いてくれるかな?〉
このやり取りを、じっと不思議そうに眺めていたのは大白猿警備隊と、姐様の部下たち…オルトとサガット兄弟、それにユリア・イルーランたちでした。
〈ンなはずないでショ? 事故に遭遇した記憶が、コロっと〈エゴー・ファイブ〉たちの予行演習失敗の記憶に置き換わってる…〉
ユリアは不思議なものを眺めるような目で、このやり取りを聞いていました。脇に立っている大白猿のブラック・ジャック隊長に至っては、もうワケがワカンネ、という風体で頭をボリボリ搔くばかりです。
もちろん、これは今しがたミリアが行っていた斎宮による蘇生儀式に、強烈な暗示を加えた結果です。いまのミリアが何かを語っても〈エゴー・ファイブ〉の面々は、素直に信じるような状態になっているのです。
〈あんまし、こーいう精霊術は使いたくないのよ…邪道なんだもの〉
ミリアは、心中で苦い思いを呑み込みました。
「し…失礼は十分お詫びいたします! 助けて頂いたガドリングの皆様にも、篤く御礼申し上げるほかございません…が! ともあれこの場をお借りして、私共がこちらをお尋ねした目的を、申し上げたいのです…詳細は、ニザーミア学府院の水精教導シェノーラ様を通じて、あらかじめお伝えした通りなのですが…」
改まって平伏したリーダーのドレッドが切り口上を告げますが…。
「実は…当のシェノーラ水精教導、いま所用で不在なのですよ。代わりに、用件を私が伺います」
ようやく、というか満を持してというか、ニキータ姐様が口を開きました。
「ご…ご無礼ながら…そちらの方は」
「私は、この廃都ガドリングに隠棲の主人…ニキータ・ディーボックスと申します」
その名前を聞いた〈エゴー・ファイブ〉の面々はどよめきました。
「ご存じでしたか? 一般には〈廃都の魔女〉で通っておりますけどね。
それから、皆様を介抱したのは、こちらの元斎宮…」
ニキータは、横に立つミリアに〈挨拶を〉と目で合図を送りました。
「申し遅れました…私は、ミリアと申します」
さらに、一同のどよめきが大きくなりました。
「さ…斎宮…ジュレーン大都の元斎宮、ミリア様!?」
「あの、デュアルフォースの斎宮様?」
商都ヨンギツァ〈エゴー・ファイブ〉の面々が、口々にミリアの名を口にします。
〈何なのかしら、アッチの町では、意外と有名人なのかしらアタシ?〉
ミリアには奇妙な感覚です。
「ミリア様、ジュレーン大都にお戻りくださいませ!」
エゴーファイブの中では目立たなかった、ワイトと名乗った少女が突然叫びました。
「現斎宮のスウェン姫は、いまやUNトラストの操り人形となり果てているのです!」
「やめろワイト! それを口にするのは…まだ…」
「だって、いま言わなければ…ミリア様に直接お話を差し上げたいの! だって…みんな見て! ミリア様のお姿を」
5人の中では大人しそうな印象だったワイトが、なぜか熱に浮かされた様子で他のメンバーに指し示しました。
「まるで…アーシャンの伝説に出て来る英雄に、生き写しじゃない!」
「そ…そう言われてみると…」
思慮深いのが取り柄(自称)のリモネーが、それに同調するように呟きました。
夕刻が迫り、西の空が紫色に濃く染まり始め、それはミリアの纏う斎宮の盛装と相まって、美しく染め上げています。
「あの伝説の…ジャンヌ・ダルク様…そのままだ」
おう、と一同に賛同のどよめきが起きました、
コレはマズい! その名前は忌み詞なのよ…。
ミリアはその名前を耳にして〈エゴー・ファイブ〉に面々に、あわてて告げました。
「まあ、アーシャンの歴史や言語に精通してるのはステキなんだけど、
〈ジャンダルム〉は〈憲兵〉っていう意味なのよ、覚えておいてね」
もちろん、ミリアが名前を聞き間違いしたわけではありません。
あえて、その必要があったからなのですか…それはまた後々のお話です。
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ザネル〈SunneL〉
第2章 終了
※本編は杜久明氏による画稿追加の後、
2026年夏から再スタート致します
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