9 続・会議は踊るし荒れる
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異界「ザネル」のニザーニア学府院へと召喚された
使徒チェニイ・ファルス様、魔王ゼイゴス討伐という使命を
敢然と拒否し、召喚した連中全員をぶっ倒して逃走!
使徒様がどんだけ偉いか分からないけど、ニザーミアの精霊導師たちが手出し
できぬまま、チェニイは「働かざる者、食うべからず!」ルールに従い、
かくまわれた近隣のラッツークで巨大穴縦坑の穴掘りに駆り出されます
…ところが案外、この仕事がハマって…チェニイ様は「ハンドパワー」のお陰で?
お宝をゾクゾク掘り当て大ビンゴ!の真っ最中
けどマジで現状、こんなことに熱中してていいのでしょうか…あ、いいんですか…
一方同時刻、ニザーミアの会議室では、悲惨を絵に描いた光景が広がっていました。
そしてその場に、いよいよ例の「怪人」が満を持して登場します
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ようやく出番がきたのかな…とガブやん、会議室の奥から堂々の真打ち登場…してみたけれど、どうやらニザーミアの精霊導師三人は彼を「もろ手を挙げて歓迎」する雰囲気は、全くなさそうです。
「ず、ずいぶんと余裕ではないか、が…ガストニーフ技師」
最初にトープラン火精導師が嫌味たっぷり(効かせたつもりで)声をかけました。
「それで君は、この件で…ど…どう責任をと…取ってくれるつもりなのかね」
「はあ、責任ですか…〈セキニン〉ねぇ…こりゃまた妙な言い分ですなぁ。そいつは食えるのかな、オイシイのかなぁ?」
「な…何を面白くもない冗談をほざいてるのかね…キミは!」
ただでさえトープラン四席火精導師はこの男を苦手にしているのに、今の彼ときたらこの四席を呑んでかかって、完全におちょくりモードに入っています。
瞬間湯沸かし器的性格の持ち主らしく、思わず立ち上がりかけた彼を、あわてて隣席のコーンボルブ風精導師が太っとい腕で引き止めました。
「そもそもワタシは今回の騒動では、感謝されこそすれ、この場で詰問される謂れなんぞ、ないと思うんですがねぇ。ええ」
再びトープランのこめかみに「そろそろキレますよ」サインが浮いてきましたが、彼は無視して平然と続けます。
「だってそうでしょう? 使徒様召喚の儀式を執り行ったのは精霊導師お三方だ。ワタシには関係ない。大講堂で大騒ぎになったようだから、ワタシはタワーでのルーチン作業を中断して、あわてて駆けつけたんだ。そしたらいきなり…」
彼はクスクスと思い出し笑いをしながら続けました。
「いきなり出合い頭に使徒様とドッカン激突! ですものね。ええ、グラつく頭で事態を把握するのに、けっこう時間がかかりましたよ。そう考えたら、ワタシの取った素早い緊急避難措置も、それなりのモノだったと思いますけどねぇ」
「使徒逃亡の手助けが、最善の措置だった、と強弁するのかキミは!」
唸るような声でトープラン火精導師は畳みかけます。
「それ以外に、何ができましたか?」
この怪人はグイ、と胸を反らし居直りモードに切り替わりました。
「正しく緊急事態、いや異常事態ですよコレは。何がお気に障ったのか知らないが、使徒様は玉璽授与を受けたまま、肝心の使命を受諾せぬまま逃げ出した。キューブ持ち逃げはさておいても、この件が外部に広く知れ渡ったら、ニザーミア学府院の権威も威信も丸つぶれだ。せめて内部だけで口止めをするのが最良の措置でしょう。
幸い、古株の精霊師たちは〈過ぎ越し祭礼〉で各地に散っていて、見習いの小僧たちは霊光爆発のアオリを受け、宴会用に設えた中庭で泡を吹いて倒れている。…そういえば、あなたがたも大講堂で同様でしたな…。だったら、ここは使徒様を〈修行が辛くてニザーミアを逃げ出した見習い精霊師小僧〉にでも仕立てて、知り合いでラッツーク鉱山の親方にでも預けるのが一番てっとり早い。この種の前例は珍しくないですし。
当面、後の始末はニザーミア内部で考えて頂くことにして、ね」
「よくもまあ…そんなデタラメを咄嗟に考えついたもんだな」
怒りで泡を吹いているトープランを横目に、コーンボルブ風精導師はあきれ顔でため息をつきました。
「なにせ、ねぇ…咄嗟に使徒様の様子を窺ってたら、彼は混乱していて…こりゃ一時的に記憶が混濁してるな、と直感したんですよ。ただまぁ、ワタシがその場で描いたシナリオに従って、行動して頂く程度の分別はありましたから」
「記憶が…混乱している? 使徒の!?」
精霊導師は三人とも同時に声を上げました。
「そう、あのときの様子では使命受諾どころの騒ぎじゃなかったでしょうね。自分が異界からザネル世界まで、ぶっ飛ばされてきたことそれ自体を理解できてませんよ」
重い沈黙が、周囲を包みました。
ややあって、首席導師のオービスが沈黙を破り断を下します。
「どうやら…ここはガストニーフ君の…その…現状シナリオに沿って、当面は動いていただくのが最善のようだね。不本意だが、君には使徒様のお守り役についてもらうしかない。くれぐれも余計な事実を外部に、ことにラッツークの住民たちには事情を漏らさないよう、細心の注意を払っていただきたい」
その後も愚痴だの非難だの、ひとくさり無駄なお喋りの堂々巡りが続いた後、慌ただしく精霊導師たちは会議室を後にして行きました。「使徒チェニイ・ファルス」が、まさか記憶喪失のまま任務放棄したのだ、という事実が明らかになってしまい、各精霊導師たちは各々の対応にてんてこ舞いとなったのです。
部屋にはガストニーフ〈技師〉とオービス首席だけが残っていました。
二人きりになってから、オービス首席はふう、と溜息をつき、ようやく渋面の表情を緩めました。沈黙を破り、なにか…憑き物が落ちたような感じで、彼はガストニーフ技師に語り掛けます。
「いちばん混乱しているのは、トープラン火精導師だろうなあ。彼が今回の発案者なのだからね。〈使徒計画〉でニザーミアの威光は一挙恢復…と息巻いていたのに…。いざ降臨された使徒様がこの始末では、怒り心頭どころか、正直泣くに泣けないのが本音だろう」
オービス首席は…なぜかこの事態に落ち込んでいるというより、妙にサバサバした口調で呟きました。
「ご心中お察しいたします」
ガストニーフは、先ほどとは打って変わった神妙な口調で応えました。
「チェズニ君のことも聞き及んでおります。本当に…痛恨如何ばかりであったか、と」
「チェズニのことは気にしないでくれ。私の一存で決めたことだ。まあ、ニキータがこれを知ったら何というか思うと、少々気が重いがね。アレのことだから…まさか怒りに任せて、私を殺しにかかるとは思わないが…」
恐ろしい言葉を口にした割には、なぜかオービス首席の声は穏やかでした。
「それよりガストニーフ君…君にも妙な仕事を押し付けてしまったねぇ。これで当面の間は、技師のメンテナンス業務は開店協業だ。しばらくは使徒ファルス様のお守りに専念していただくしかないだろう」
「幸いと言えば幸いなのですが、タワーは現在、小康状態を保っていますから、そちらが妙な挙動でも起こさない限りは…しばらく休業でも大した問題は起きないでしょう」
「そうだね…ヤーマの灯もここ最近は大人しくしているし」
オービス首席は、会議室の窓から海に向かってそそり立つ奇妙な塔を眺めていました。まるでホウキを逆さに立てたような形状のタワー。今夜は時折チラ、チラとホウキの穂先から小さな虹色の光が瞬き、消滅しています。
「ガブニードス・タワー…本当に厄介な存在だ」
いったい誰が、いつ、何を意図してそんな名前をつけたのだろう。なぜニザーミアの敷地に、あんな物騒な建造物を拵えたんだろう? オービス首席導師にはそれを知る由もありませんでした。
本当に…権威あるニザーミア精霊学府の首席ともあろうものが、そんな足元の厄介ごとの原因すら解決できないとは。…私には、知らされてないことが多すぎるのだ。
「あ、オービス首席、もう一つ肝心なことをお伝えしそびれておりました」
部屋を退出しようとして立ち止まったガストニーフが思い出したように振り返ります。
「その…使徒様のことなのですが…彼をお呼びするときに〈使徒ファルス様〉というのは、今後は禁句にして頂きたいのです」
「ああ…大騒動の時の、最初のきっかけが…ソレだったものね。で、いま君は使徒様を何とお呼びしているんだね?」
「その…〈使徒〉という言葉も禁句ですので、いまは単に〈チェニイ様〉と…」
チェニイ様…かすかに、オービス首席の肩が揺れました。
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オヤヂたちのグダグダ会議が長引いてしまって、今回「ザネル」はここまでです。
ラッツークでは思わぬハンドパワーを発揮しはじめたチェニイ様が、鉱山お宝探しで
大奮闘の最中です。
葬式みたいなニザーミアの会議を離れ、次回はそちらでフィーバーだ(完全死語)
次回に続きます
※追伸
今回は人名に関して何か所か、妙な記述があります
たとえばニザーミア学府院では、なぜか「ガブニードス」は「ガストニーフ技師」と
名前を変えて呼ばれています。要は精霊師たちの間の、一種の「符丁」のような
ものですが、誤字ではありません(ご面倒おかけします)
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします