8 悪い連中の企みは大抵が間抜け
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異界「ザネル」のニザーニア学府院へと召喚された
使徒チェニイ・ファルス様は、魔王ゼイゴス(悪役ヴィランズ決定!)
討伐の使命を敢然とケ飛ばしし、召喚した連中全員もぶっ倒して逃走!
何のためにそんな暴挙を…と問おうにも、チェニイ様自身が記憶喪失してるし、
…単に気分ナリユキで暴れただけですかね(今のところそれ以上不明)…
チートフラグも立たぬまま、怪しい僧侶(ガブニードス?)と、近隣ラッツークの
鉱夫親方ヨールテにかくまわれ、とりあえず難は逃れます
が! タダで助けてもらえるほど異界は甘くない!
彼は両世界共通の「働かざるもの食うべからず!」原則に従って、ラッツークの
巨大穴縦坑の穴掘り仕事へと駆り出されることに…
で、キッツイ重労働の第8回目、スタートです。
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チェニイが高所恐怖症でなかったことは、本当に幸いでした。
むしろ彼は「高いところ大好き症」だったらしく、それがラッツークの…目も眩むほどの縦坑をロープ一本だけで体を保持しつつ、壁面にピッケル鏨の刃を立てて削るという危険作業も、全っ然! 苦にならなかった勝因でしょう。…××と凧は高いところへ昇りたがるってコトワザもあるけど…今回は彼の性分がポジティブに働いたといいますか…。
〈最初、ヨールテ親方に叩き込まれたときは、何をさせられるものやら不安に思ってたけど、この仕事って〈鉱夫〉というより、どっちかというと遺跡の発掘作業に近い、あるいは〈宝探し〉ごっこ、かな?〉
先輩ジェスローの技を横目で追いながら次第に縦坑に埋まっている妙な構造物に、そのうち一定の法則があることにチェニイは気づき始めたのです。
層をなして溶けた構造物の痕跡が壁面に重なっている。触れているうちに右掌が妙に〈ムズ痒い〉感覚が強くなるエリアが繰り返し現われ、見た目には分からないけれど、その周辺を削ると、たいてい「深い浅いにかかわらず」青く光る鉱石の露頭が出現するのです。
〈これって、ジェスローの言ってた〈ミスリル〉と違うのか?〉
カン、カン…と槌で岩を叩いて合図すれば、壁面とにらめっこしていたジェスローが、面倒くさそうに振り向きました。
「なんじゃ、こっちゃあ集中しとんに…邪魔すんなや」
チェニイが指さすと、ジェスローは足場を確保しながらロープを操って、器用に近寄ってきました。
「めっけたって…ミスリルをか?…オマエなあ、こン仕事ナメとんのか? ド素人が簡単にお宝掘り出したらまったく苦労せん…って……こりゃマジかい…?」
兜を壁際に近づけて、じっと睨んでいたジェスローが絶句しました。
「こりゃ…ちっとした大角物じゃの…」
「あと、これと同じモノだったら、この辺にも埋まってるな。ほら、ココなんかも…」
チェニイはムズムズする掌の感覚を頼りに、壁に突き出た岩の突起にガッツン! と鑿を入れました。欠片がバラバラ飛び散って、中からほのかな青い光が漏れ出します。
「あ! いかんいかん! そんなんメチャ叩きよったら、せっかくの上物が砕けてチャイになってまう! ええから先はワシに任せ」
慌ててジェスローが止めに入りました。
かくしてお仕事初日から、ミスリル大量発掘が開始されます。
チェニイが露頭を発見して、ジェスローが器用に掘り出す。新たに結成されたコンビプレイでは二人は、その日小半日だけでおよそ一週間分のミスリル鉱を、文字通りザックザク掘り出しました。
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チェニイがラッツークの坑道穴で格闘していたのとほぼ同日同時刻…。
薄暗い会議室らしき空間で、三人の人物が椅子に腰かけ、渋面を作っていました。いわゆる「絵に描いたような悪だくみ、密談風景」という構図です。
もちろんここはニザーミア学府院の中枢で、座っているのは首席から第四席までの「精霊導師」たちです。チェニイ「使徒様」を召喚したのはいいけれど、大暴れされた挙句に逃げられた面々、でもあります。なぜか一つだけ、席が空いています。
「ヨンギツァ市から交歓状が参りましたのでお集まりいただいたのです。私の方で万事〈よしなに〉取り計らっていただきました。まずは人心地、ですな」
恰幅のよい大柄な導師が派手に押印された通信文書を大袈裟にひけらかしながら口火を切りました…彼は三席風精導師コーンボルブ、いわゆる風の精霊師〈風精師〉のボスで、格としては三席目なのですが、ザネルのノース・クオーター大陸諸都市との外交交渉を引き受けている役職上、オービス首席を差し置いて会議を仕切っています。
「見え透いた茶番に付き合っていただけて、まことに御同慶の至り」
やせこけて険悪な表情で、ハナから思い切り皮肉をカマしたのは第四席火精導師トープラン…つまり火の精霊師たちのボスです。要するに、この会議は地水火風4精霊のボスによる談合という図式…なぜかこの場には3人しかいないけど。
議題はもちろん「使徒召喚・ファルス様暴走のちにドンヅラ大失態の後始末」ですね。講堂でド派手に使徒様が暴走大爆発してくれた割には、精霊導師たちは気絶させられただけで、ものの半刻で回復できたのです。
「ただ、赤十字回廊都市への始末ばかりは…万事よしなに解決、とは参りませんな」
重い体躯を震わせながら、コーンボルブ風精導師は釘を刺しました。
確かに使徒チェニイ・ファルス召喚降臨の時点で、ニザーミアには見習いを除いて認定精霊師がほとんど出払っていたのも幸いでした。
ちょうど北世界の諸同盟市は「閏月過ぎ越しの祭礼」の時期と重なっていて、各々の都市が崇拝する地水火風の精霊廟を仕切るため、導師級以下の精霊師たちは(それこそ見習いの稚児たちを除いて)「書き入れ時」とばかり、それぞれの任地へ出向き過ぎ越し祭礼を取り仕切っていたのです。
もっとも、そんな時期だからこそボスの精霊導師のたちはドサクサまぎれに無理筋の「使徒召喚」を強行したのです。…あとはニザーミアで「召喚祝賀」を庭に整列していた見習いたち…あのとき庭に飛び込んできたチェニイが目撃したとおりですが…暴発の霊光にもろブチ当てられアワ吹いて倒れていたのを適当な暗示をかけてことをウヤムヤに収めるのは、さほど難しくありませんでした。祝宴の豪華な御馳走はムダになりましたけど。
難しいのはむしろ、内々に報せを飛ばしたノース・クオータ大陸に点在する各同盟市に対するオトシマエです。
使徒様を召喚し、いよいよサウス・クオータの大魔王ゼイゴスを討伐に…うんぬんと、主だった同盟市の首長たちには、風精師を通して内諾を取り付けてありました。
「いまさら『今回使徒様のアレ、結局ナシになっちゃったよアハハ』で済まされる話ではありませんからなぁ」コーンボルブ風精導師は苦い顔で呟きます「どうしたもんか」。
けど、困った困った…と愚痴をこぼしてる割には、妙に余裕があるんですよね、この風精師の親玉は。何故でしょうね?
「そんなことより! 肝心の使徒の…アレの不始末はどうするのか!」
いきなりテーブルを叩いて立ち上がったのは、末席に控えていた火精導師のトープランでした。余裕カマしてるコーンボルブ風精師とは対照的に、痩躯に青筋を立てて、こちらはかなり険悪な表情です。
「この…こ、この不始末、最悪の不始末を…誰に責任取っていただくのか…がが…」
手は震え、目は血走り、このまま話を続けさせてると本当に、アワを吹いて卒倒しそうな勢いです。
「そろそろ、私も会議に参加させていただいてよろしいか?
永らく議場の外で突っ立ってると、さすがに待ちくたびれましてねぇ」
会議室の奥から、うんざりしたような声がします。
きし、きし…という機械仕掛けの歩行音がテーブルに近づいてきました。
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思わせぶりな登場で、話はヒキにしてしまいましたが、
誰が会議室に入ってたのかはミエミエ。ちなみに、
オヤヂ連中の井戸端会議のせいで、話が中途になってしまった元使徒様は
…ラッツークの穴掘り大ビンゴ大会で盛り上がっている真っ最中です
次回へ続きます!
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします