7 鉱夫初日は穴掘りだ
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異界ザネルに召喚された「使徒」チェニイ・ファルス様は
魔王ゼイゴス大帝(ヴィランズ確定!)退治の使命を拒否し、
秘宝キューブを暴走させ召喚した連中全員をぶっ倒し逃走!
しかし、チェニイ様本人も「前世の記憶」が全く残ってない状態が判明し、
…いったい、彼はなんのため、この世界に登場したのでしょうか…
チートフラグも立たぬまま、メチャ怪しい怪しいガブニードスと、鉱夫の親方
ヨールテにかくまわれ、ともあれ召喚したニザーミア学府院の追手(?)
からは逃れたようだけど、両世界の共通原則「働かざるもの食うべからず!」
には勝てず、チェニイはこの先「炭鉱の穴掘り」労働を始めることとなります
…さらに…
待ちに待ってた期待のヒロインがこれまた強烈な「不思議ちゃん」姫
ペットのリス(みたいな怪物)は狂暴で、チェニイはいきなり指を噛まれて悶絶
前途多難な主人公の前途に、このへんで何かいいコト起きてくれないかな…
…あ! ちょっと待って「~食うべからず」もナニも、まだチェニイ君は
登場してこのかた、一度も食事にありついてないんですね
…なので、まずは第七回開始と同時にメシだ!
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〈「石の塊」を渡されても困るな、コレ…どうやって食えばいいんだ?〉
「不思議ちゃん」ミリア姫のバスケットから受け取ったパンのような食べ物? を見たチェニイの第一印象でした。
ガリガリガリ…とりあえず齧ってみて、とても歯が立つ代物ではないことを彼は理解しました。
〈こりゃダメだ。昔、かなり年季の入った保存食のバゲットを齧ったことはあるけど、コイツはその比じゃないぞ!〉
すぐチェニイは断念しました。
〈ところで「バゲット」という単語が浮かんだけど、それって…何のことだっけ…いつ、そんなもの食ったっけ?〉
時々、ふと妙な記憶や単語が脳裏をよぎるのだけど、すぐ泡のように消えちまう。チェニイは「クサレ脳味噌」で何度も起こる妙な現象に苛立ちを隠せません。
「はあ? きみソレ、まともに食おうとしてる? きゃ~信じらんな~い」
自分に腹立て、八つ当たり気味でパンにガリガリ歯を刃てているチェニイに、ミリアはあきれたように声をかけ、なにやら食器を手渡しました。
食器というより…ほかの世界の常識でいうなら、それは金属加工用の鏨と金槌ですが…ミリアは自分用の得物を石堅パンに押し宛て、金槌で器用にかけらを粉砕しながら切り取りました。
「そしたらね、こいつを、こう…」
彼女はそれを運んできた碗の中に浸しました。暖かいシチュー? で満たされてます。
「ふやけるまでしばらく我慢すンのよ。硬いまま齧ると歯が欠けるから」
見るとヨールテ親父も、ミリアの運んできた寸胴からシチューを掬い、石パンの欠片を放り込んでから、じっと食器に手を当てています。
〈3分間待つのだぞ、ってか? ああ…この3分間クッキングが我慢できない!〉
とはいえ待つこと数分。しばらくすると、ほわあっ、と器から湯気が上がりはじめ、おもむろに彼らは鏨をひっくり返して器に突っ込み、ガツガツ食べ始めました。
〈そうか、このタガネみたいな器具、逆にひっくり返すとスプーンにもなるのか。便利なもんだな〉
ただチェニイの器だけは、手に持ったままじっとしてても、ヨールテ親父のようにシチューから湯気も上がらないし…このまま放っておくと冷えてしまう。
〈腹の方はぐうぐう減って限界突破だ!〉
器にスプーンを突っ込み、かぶりつくと…ガリッ!ゴリッ!
〈ほとんど柔らかくなってない石パンには、まだ歯が立たない。けどシチューの方は…こっちは結構イケそうだ。味わったことのないスパイスの香りはキツ目だけど、空腹のせいか美味美味。中に入ってる肉…なのかな…クセもなく、柔らかくてジューシィ! ちょっと筋が歯に引っかかるけど。これって…
固い筋を口から出すと、半透明の薄っぺらな、平たい骨のような…〉
「おいミリア…の姫サマ」
チェニイは振り向き尋ねました。どう呼べばいいか分からないので「姫」つきで。
「これって、材料は何なんだ?」
「ミージェの煮込みよ、ミージェ。食べたことないの?」
「ない、全然ない(あるワケないだろ、この異界に到着したばかりだぞオレは)」
「沼地によく飛んでるムシよ羽虫。そいで、今キミが口にしてるのはそいつの羽根」
〈こここコレ、これって巨大昆虫の羽根かよ!?〉
うええっ! 虫本体を想像しただけで、チェニイは吐き出しそうになりました。
「おやおや、お口に合わなかった? ずいぶんとお上品なお子チャマなのね~」
ミリアのかなり棘ある返事に、思わずチェニイは口を押えて呑み込みます。
〈――これからは、食材についてあれこれ想像するのはヤメにしよう――〉
チェニイはそう決意しました。
〈この先、異界でどんなモノを食わされるか、わかったもんじゃない。そのたび、いちいち想像してたら身が持たないし、幸い余計なこと考えなきゃ、味はそこそこイケるし……〉
〈先ほど、やっとありついたのは朝食だったらしい。んでこれから「本日のおツトメ」仕事が始まるのだと。けれど西に見える夕刻の空にほとんど変化はないし、
ここでは「一日」の区切りがまるで分からなくなってしまう。ヨールテ親父が番をする時計塔小屋の合図だけが頼りなのも頷ける〉チェニイは考えました。
後始末はミリア姫さまにお任せて、ヨールテ親方はチェニイを現場へと案内しました。ラッツークの「作業場へ連行する」とも言えますが。
坂を上り切ってからほど近く、夕暮れにたたずむ巨大な柱群の下に、ラッツークの町のカマボコ小屋には足元を照らす明かりが点々と灯っています。
チェニイが予想していた通り、環状に取り巻く柱群の下には、差し渡し百メルトを遥かに超える大穴がぽっかり開いていて、そこへ照明を手にした鉱夫たちがめいめいにロープを伝って穴の壁面に取り付き、手にした鑿で削り取ってはバスケットへ放り込んでいます。バスケットはいっぱいになると引き上げられ、そのまま壁面にしがみついているようなカマボコ小屋へとロープで引き込まれます。
――要するに、竪穴式の露天掘りか――
チェニイを竪穴に沿って伸びる作業用通路…いや、それよりずっと狭いからキャットウォークというべきかもしれませんが…を先導するヨールテに、これから下へ降りようとロープを装着する鉱夫たちが、次々と声を掛けました。
「親方、またどっから新弟子拾とってきたんかい」
「なんやら身体が小っこいの、使いモンになるんか?」
「ま、ミスリル削るだけやったら、リキはいらんからの」ヨールテが答えます。
「力崩して穴底落ちんとええがの~」
「今度のガキ、何日保つか賭けるか?」小声で誰かがぼそり、と告げると…。
「今日保たずにイてもうたら、オッズ決める前に命がチャラやろ。胴元の総取りぢゃ」
どわっ、と鉱夫たちの間から荒っぽい笑い声が起こりました。どうやらチェニイは、とんでもなく危険な職場に放り込まれるようです。
「あ~坊主、気ぃせんとってええぞ。こいつら、お前をイロうて面白がっとるだけやから」 チェニイには冗談事に聞こえません。
「ここでは、事故でけっこう人死にが出るのか」
「そやな…まあ毎日人死にがゾロゾロ出るわけやないき…それほど、気ぃせんでもええ」
〈…なんか、とんでもない職場に放り込まれたみたいだな〉
「ジェスロー! まだ降りる準備がでけとらんのか? ちゃっちゃと出てきて、新入りのガキに仕事教せたれや!」
いくつもある竪坑入口の一つに到着すると、ヨールテ親方が大声で下に向けて怒鳴りました。しばらくすると、薄い板きれプラットホームの下からゴソゴソ…と誰かが階段上まで這い上がってきます。
「なんじゃ親方…まだ仕事前だで、ブチくそかまさる覚えはないがぁ」
顔は薄汚れているけど、年は若いようだ。十代半ばにもなっていないかな。
ここラッツークの種族…たしか「グード・ゴブリン」族といったか…の血筋らしく、体のつくりはガッチリしているし、敏捷そうだけど…。チェニイは自分自身の顔や身体をよく理解していないので分からないのですが、実はこのジェスローと呼ばれた少年、チェニイよりずっと年長さんなのです。
「よしゃ、ほいたらあとは任せたで! 晩メシ時まで無事でおるとええなぁ、坊主」
最後まで不吉な捨てゼリフを残してチェニイの肩をポン、と叩いたあと、ヨールテはのっし、のっしと去っていきました。
腰にベルトを留め、挟んだロープの先端を壁面のフックに固定する。ベルトには収納したロープと、道具袋…鑿と槌、それに回収したお宝を収納するスペースがある。
頭には兜のような器具を装着。どういう仕組みなのか、この兜からほのかな灯りが照らし出されて、これで周囲の様子を確かめるのだろう。けど、こんな頼りない明かりで、壁の様子がきちんと判別できるのだろうか?
いちいちジェスローは説明してくれないので、チェニイは見よう見まねで手渡された装備品を装着するのでした。
さて準備が整ったら、あとはキャットウォークの板場から穴へ降下するだけ…。ジェスロに続いて穴へ降り…ようとしたチェニイでしたが、彼には足元に口を開けて待ち構えている「竪穴へ降下する」というより「地獄穴へダイブする」感覚でした。
「さっさと来んかい!」
ぐずぐずしていると、下から怒声が飛んできます。
チェニイは意を決してキャットウオークを蹴って、足を踏み出しました…案外チェニイ様、妙なクソ度胸はあるのですね。
「ああ! そげン早よロープを緩めたらいけん!」
ジェスローからいきなり、ダメ出しが発せられました。
両肩を固定しているロープは、左腕に装着した固定金具のハンドルで上下させるような作りになっていますが…。
「下ろし過ぎると、あとで巻き上げるときエラい面倒じゃろ。それにミスリル鉱はな…壁にずっぽし埋まっとうけん、よー奥まで調べんと、めっけ辛いんじゃ。いったん露頭を見落としたら、上っては探せん。じわじわーっと降りながら見っけるんがコツじゃ」
そういいつつ、チェニイと並んでじっと正面を凝視していたジェスローは壁に顔をくっつけ、コン・コンと鏨を立てた後、にやりと笑みを浮かべて叫びました。
「ビンゴ! こりゃ朝イチから縁起がええわ」
道具を槌と鑿に替えてコツ・コツと削り出すこと数分、彼の手には青く輝く金属の切片が握られていました。
「これがその…ミスリル…とかいう…?」
「ほうじゃ、ワシらには宝石みてなモンじゃの。これ一個で、オヤヂどもが掘り出すクズ金属1キロ分くらいの値にはなるけぇの」
どうやらこの「顔がうす汚い(けど実はけっこう端正イケメン)」少年は、ラッツーク鉱山宝堀りの名人だったようです。
「けど作業開始からすぐ、お宝が出るんは滅多にないけぇ」
このあと、チェニイはジェスローと並んで壁面を降下しつつ、数刻かけて彼の所作を横目で観察しながら、徐々に「お宝探し」のコツを学んでいきました。それと同時に、この奇妙な縦穴鉱山の構造も。
――要するにこのアナ、一種「アーバン・マイニング」の廃墟なんだな――
そんなことをなぜ知っているのか自分でもわからないまま、チェニイはこのラッツークの町が、かなり昔に何かの原因で地中に埋もれてしまった都市…正確には「都市鉱山」跡地だと推測しました。壁面にくっついているのは、大型建造物の基礎部分で…素材は金属なのか粘土なのか、一部セラミクスなのかは不明だけど…建物内部の調度品なのか何かの用途に供された機械類か…一時的に、もの凄い高熱で変化したものらしい、と。
〈ひょっとしたら真上で巨大な爆発があって大穴が開いたのか…いや、でもここがクレーター跡地なら、こんな垂直な縦穴構造にはならない筈だし…。まあいいや、それより気になるのはこの青白く光る金属だ〉
「それで…ミスリルって、どんな用途があるんだ? ここでは貴重品らしいけど」
「なんじゃオマエ、ちっこいくせにエラい生意気なタメ口聞くんじゃの? この名人ジェスロー様を相手に」
「え、あ…そう見えた? オレって…やっぱし、ちっこいガキなのか…?」
何をワケわからんこと口走っているのか? と、一瞬きょとんとしたジェスローですが、それでもニヤリと笑って(朝イチで収穫があったので機嫌がよかったのでしょう)、この名人はいろいろと教えてくれました。
「ミスリル鉱石を混ぜたると、精霊エレメントがムチャクチャ上がるんじゃ」
「…エレメント…??」
「つまり地水火風、どの精霊も、こいつを通すと〈通りが格段に良くなる〉んじゃな。したからザネルの精霊使いどもは、ミスリル製の武具をエラい重宝すんじゃ」
「なるほど…それで、こいつを売って町は潤っているのか」
「つうか、ここでミスリルを精錬して武具に仕立てる…いうんかな。上に建っとうボロ建屋、ありゃおおよそ、鉱夫が運び上げたガラを精錬する鍛冶現場なんじゃ」
「はぁ~」
どうりでカマボコ状の作りをした建物が多数、壁に面してくっついてるわけだ…チェニイには妙な町の構造に得心しました。
「ま、ガラ金属は他にも、よっけ採れようから、いろんなカナモノも精錬しよるけどの、やっぱ一番の稼ぎは純正ミスリルの得物じゃな。
ノース・クォータでミスリルやテクタイトの産地、ちゅうたらここ以外だと西のジュレーンとか、赤十字の中心のヨンギツァ、あとは呪われ廃都のガドリングくらいか。けど廃都になんぞ、今日び好きで近づくアホは滅多におらんき、のぅ」
おっと、油売りすぎてもうたわ、親方のゲンコが来る…こう言い残して、スル、スルとジェスロー名人のロープがさらに下へと降りていきました。
実はチェニイも、この奇妙な「都市鉱山」の成り立ちに興味が湧いてきたのか、金槌と鑿を手に、見よう見まねで竪穴壁面に取りついていきました。
ま、タダメシ食らってるワケにもいかない。ここらでちーっとジェスローを真似て一発、穴掘りでもしてみっか!
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神話的にいえば「ついに異界の食物を口にしてしまった」チェニイ様
ヨモツヘグイ、というのでしょうか…(実際はそんな大層なハナシではないのですが)
食材にさえ目をつぶれば、ココのメシもそれなりに美味
さらにリクルートされた穴掘りもラッツークの町で初デビュー
…
まあ、けどこのまま順風満帆に話が進むはずはない…のが通例ですが
実際、すぐこの先が××的な展開となります
(けど今回は一回分のテキスト分量では収まりきれなかったんで!)
「穴掘り編」もう少々引っ張ります
次回へ続きます
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします