060 ニザーミアVS野良精霊使い
…………………………………………………
突然、ラッツークの「竇」から登場した自称冒険者の風来坊
町周辺を襲った、ミージェ虫の大群から身を隠して西沼の廃墟から
潜り込み、迷宮を探検するうちにラッツークの奥底まで辿り着いた
そうですが、そもそもコイツ、何のためにココまで旅してきたのでしょうね?
ソコがそもそも問題なのですが…?
…………………………………………………
〈ラッツークの竇〉から這い上がった三人は、そのまま坂を上って〈ビストロ姫ちゃん〉食堂の小屋まで辿り着きました。
ちょうど厨房ではミリアがシチュウの仕込み中で、忙しく立ち働いています。
「英雄サマたち、早いお戻りだこと。もう竪坑アナでの鉱床探検は、無事に引継ぎが終わったの?…あら、お客様まで連れて来たのねぇ。つか、そのヒト誰?」
彼女の脇で手伝っていたイルマ(通称オバちゃん)も珍しそうに声を掛けます。
「あら~珍しい、ルボッツさんでないの。もしかして、グラニー婆様のお仲間かね? あんたら、もうガラン山脈から戻ってこられたんかね?」
いきなり声を掛けられたリヒターは、戸惑うしかありません。
「いやぁ…初めまして…その、ナントカさんのトモダチではないんですが。オレは単なる通りすがりの冒険者で、風来坊ですから…」
なんか自己紹介をすればするほど、ウロンな不審者に思われてしまいます。
不穏な空気を察したリヒターは、場を和ませようとして話題を替えます。
「いや~、それにしてもいい匂いがしますなあ。この、よく寝かせたスパイスの豊潤な香り…なんか大都ジュレーンの高級料亭を思い起こさせますわ」
「あら、ジュレーンに行ったことあるの? よく分かったわねぇ、ひょっとしてアナタはグルメの旅人さん? 北大陸を食い歩きしてる料理評論家だったりして」
さっそくミリアは喰いついてきました。
その間も、床に伏してたトト・サンダユウはグルルル…と唸り声を上げて、この不審者を威嚇し続けています。
「お、こりゃあ珍しい。チェムナ族のお友達かい? ここ最近、北大陸ではとんと見かけないけどなぁ」
リヒターは、腰をかがめてサンダユウに手を差し出そうとします。
〈あ、バカ! そんなことしたらいきなり噛みつかれるぞ〉
チェニイは慌てて…心の中で…叫びました。
〈けど…まあいいか。これも一種の洗礼だ。デカい悲鳴を上げて思い知るがいい〉
ところが…どういうワケか、差し出した手をサンダユウはクン、クンと鼻で嗅いだあと、ペロペロと嘗め始めました。
〈あれ? オレの時とは対応が全然違うじゃねえか!?〉
チェニイも驚きを隠せません。
「…そうだオマエ、ミグの実があるけど食べるか?」
そう言ってリヒターは懐から小さな塊を取り出しました。
サンダユウはあわててそれに飛びつき、無我夢中で食べ始めます。
餌付け作戦大成功の巻です。なかなかコイツ、相当に世間ずれしてるようですね。
その後、気を良くしたミリア姫の振舞いでビストロ姫ちゃんの賄いメシを頂戴したリヒターは(実は数日来、何も口にしてなかったので超空腹だったのです)、このイェーガー・シェラ半島まで辿り着いた経緯について、語り始めました。
「自分は閏八月の過ぎ越し祭礼をジュレーンで過ごして、そのあと東の半島を巡ってから北廻りで冒険する予定だったんですわ。ところが…その頃に南の大陸からゼイゴスとかいう魔王が攻めてくる、っつう噂が立ちましてね。こりゃあ急いで東に向かおう…と」
チェニイとミリアは、思わず顔を見合わせました。
「なんで東へ向かおうって思ったの?」
ミリアが尋ねました。
「だってニザーミアから〈使徒〉とかが西へ移動してくるじゃないですか、そうなると」
「……?」
分かったような、分からないような。
「ジュレーンでは〈使徒西遷〉なんて話、あんまし本気にしてなかったようですけどね。以前からサウス・クオータの物騒な噂は絶えなかったし。けどもし本当にゼイゴスが紐帯半島を北上して攻めて来るんだったら、すぐトンヅラしとこう、と」
ま、そう考えればこっちへ来たのは順当な判断…なのかもしれないけど。
「まあオレらルボッツは本来〈種族〉とは言えないし、領地も大都市も持たないから、どこへでも移動できるんですけどね。ま、そういう意味ではこのラッツークなんかは、一時逃げ込むにはいい場所なんだけど…ただニザーミアの近くだっていう立地があんまし…」
ニザーミア学府院はルボッツたちにとって、一種の〈忌地〉なのかな? チェニイは不思議に思い、尋ねました。
「とゆーほどじゃないけど、アイツらって妙に格式張って窮屈じゃないですか。だいたい二言目には〈四精霊〉とか口にするけど、ノース・クオータの種族なら、何かしらの精霊に紐づけされてるんスよ。だからどの町にも〈私度精霊師〉ってのはいるし、店を構えてる」
…ナニその〈私度精霊師〉って…?
「よーするに〈野良精霊使い〉って考えりゃいいのかな? ニザーミアの学校で正規に精霊師の〈免状〉を貰えなくたって、それなりに火精とか水精が使えるヤツはワンサカいるしね。そもそもいろんな種族の混じった俺らルボッツなんか、ハナから精霊師なんて相手にしてませんよ」
それは初耳だったな…チェニイはまた、この異界でのシステムの一端を知りました。
「で、案の定、使徒様とやらが西に向けて出陣してくるとかいうウワサも、何となくウヤムヤになったみたいだし、そうかと思うと、赤十字回廊の町筋には虫が湧いてくるし、怪物たちまで狂暴化して襲ってくるようになったし…もう何が何だか…」
「ちょっと待て! 虫の大群が襲ってきたっつう事件は、ここラッツークでも起こったけど〈怪物たちが狂暴化した〉ってのは知らないぞ。どういうことだ?」
「平ったく言えば、この赤十字回廊筋の町を結ぶ交通路は最近、モンスターどもがウヨウヨ出没するようになったうえ、昔はヒトを見れば逃げ出してたバケモンどもまで、平然と襲ってくるようになったんですね。
傭兵とかそーいう連中は仕事が増えた分だけ、メシの種も増えて結構なこったけど」
チェニイとミリアは、思わず顔を見合わせました。
「じゃ、じゃあ…ここを出て、廃都ガドリングへ向かう旅、とかは…どうなるの?」
ミリアは恐る恐る、リヒターに尋ねました。
「アナタ方が、廃都ガドリングへ向かう…って、いうんですか? しかも、今から…ってことはタダでさえ〈凶状旅〉になるんですよ、時期的に考えても」
う~ん、リヒターは首を捻りながらしばらく考えてから、ぽつりと答えました。
「ま、自殺しに行くようなモンですね」
…………………………………………………
ザネル異界での旅は過酷なものなのだ…というのは薄々予測がついてたけど、
「廃都」っていうからには相当にヤバい場所だというのも想像してたけど、
「自殺行為」とまで言い切られてしまうと、誰だってさすがにビビります
…けどそうなるとニザーミアの首席導師様は、この二人を死地に追いやろうと
画策してたのでしょうか? それとも〈無敵チート〉ただしリミッター付きで、
しかも〈記憶が抜けてて脳味噌バキューン〉の元使徒様に、それほどの
期待を懸けてるってことなのでしょうか?
次号に続きます
…………………………………………………
「ザネル」は毎週月・水・金に更新いたします




