055 ちょっとムチャしちゃった、テヘ
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ミリアの〈デュアルフォース〉精霊術成功で、トープラン火精導師も蘇生し
ニザーミア学府院を襲った〈ナイカ=内火〉騒動も沈静化して
まずは、めでたし、めでたし…なのですが、ここから先の後始末が少々厄介でした
やっと意識を取り戻したトープランは、自分が〈ナイカ〉に襲われたこと自体、
まったく記憶にないから、執務室で目が覚めたとたん、いきなり目に飛び込んできた
〈床に倒れていた、素っ裸のハレンチ(死語)娘〉のことを、水精局の元斎宮だと
理解させることから、ミリアは始めなければならなかったのです
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何はともあれ、そそくさと斎宮の巫女装束を身に纏ったのち、ミリアはこれまでのミザーミアを襲ったミージェ虫の襲来、そして続いて火精師たちに巻き起こった〈ナイカ〉騒ぎをかいつまんで説明しました。
もっとも、危機のニザーミアに(逃亡先?のラッツークから)舞い戻ってきた元斎宮…といった詳細な事情とか、今しがたトープランを救った秘術など、いちいち詳しく語る気も彼女にはありませんでした。
ともかくミリアにすれば…できればコトを済ませた以上は一刻も早く、この場を立ち去りたかったのです。長居をして精霊師たちに捕まり、もみくちゃにされた挙句、事情説明に追われるなんて、想像するだけでもカンベンして欲しかったから…。
けれど助かったトープラン火精導師にすれば、コトはそう簡単に済ませるわけにはいきませんでした。何より彼にとって〈ミリア元斎宮〉は二年前、突然ニザーミア学府院から逐電した…いわば裏切者の立ち位置なのですから。
「この件に関してはオービス・ブラン首席精霊導師と先ほど、お話がついております」
ミリアは(あまり気乗りしなかったけれど)この先の身の振り方について、ごく簡単に告げることにしました。
「なんと…あなたはこの後、あの廃都ガドリングへ向かわれる、というのですか?」
「はい、オービス首席の推奨もございまして」
〈あなたがキューブ玉璽を手渡した、因縁のチェニイ《ファルス》使徒様と一緒にね〉とは、もちろん付け加えたりしませんでした。その当人がいま、何のことはない…すぐ近くの大講堂でアタシを待ってるのよ、とも。
しかし、トープランは…生来が猜疑心の強い性分なので…にわかにミリアの言を信じようとはしませんでした。
実はミリアは(自身の失踪が、師匠であるニキータ・ディーボックス次席水精導師が追放されるより前だった事もあって)気づいていませんでしたが、ニキータが現在隠棲しているガドリングは、トープラン火精導師にすれば単なる〈廃都〉どころか、憎き仇敵が待つ忌地なのです。
そんな魔都への旅を、他ならぬオービス首席が推奨するなどとは…。
「なにか…オービス首席のお墨付きを、証明するものなどお持ちでしょうか?」
トープランはあえて問い質しました。
本来なら水精局の斎宮に対して、証拠を見せろなどと尋ねること自体〈無礼〉そのもの、なのですが…。
〈なあに構うものか、どうせ相手は二年前にココから逃げ出した前科持ちの斎宮だ〉
トープランは心の中で呟きました。立ち位置でいうのなら、ミリアは彼にとって大切な命の恩人なのですけれど…まあ、そのあたりの事情を、今しがた意識を取り戻したばかりのトープランはこの時点では知らないのだから、やむを得ないのですが…。
「ニキータ様宛の親書なら、ここに持参してございますけれど…」
ミリアは袖の袂から、一本のスクロールを取り出しました。ちなみに袖の一部が焦げているのはご愛嬌です(先ほど施術の折、鬼火に触れて燃やしてしまった名残ですが)。
手渡されたトープランは…ためつすがめつ、それを詳細に検分しました。けれどなにせ、〈親書〉というくらいだから、厳重に封印されています。
これを開封できるのは受け取り人のニキータ本人だけだし、内容はチェニイ自身の身分を保証する文言が記されているので仮に読まれてしまうと、それはそれで問題なのですが。
結局、親書をいろいろといじくり回した挙句に、スクロールの表に封を施されたオービス・ブラン首席導師本人が封印したことを示す紋章を確かめ〈本物〉と確信できたところで、渋々トープランはミリアに返しました。
「ではこれにて失礼いたします…正面扉から退出しますと、火精師の皆様方と鉢合わせすることになりますので、できれば…大講堂へ通じる裏門から、おいとま致したいのですが」
トープランは、彼の背後にある扉を指し示しました。
「ミリア斎宮様もガドリングへの道中、くれぐれもお気をつけて。長旅のご無事を、お祈りしております」
〈無事、楽しい旅路になればいいのだがな…〉
トープランは、心の中で捨て台詞を吐きました。
「はいはーい~、お待たせ~!」
誰もいない大講堂の片隅で、今か今かとやきもきしながら待ちくたびれていたチェニイたち一行は、入口からミリアが元気そうな姿で姿を現すと、安堵して駆け寄りました。
実のところ、ミリアが先ほどトープランの居室から最後に広範囲精霊術〈レリーズン〉をニザーミア全域に向け放った時点で、講堂の天井に眩い虹彩が届き、彼女自身が語っていた「最後の恩返し」が何であったかを薄々、皆は察していたのですが、やはりミリア自身がこうして元気な姿を見せてくれないことには、安心できませんでした。
…
まあ水精堂で(コケオドシの)水垢離神事をラクーナに披露したり、火精棟ではトープラン火精導師への〈ナイカ〉治癒のアオリで装束を焦がしたり(仕方ないので意識不明の火精導師を前に素っ裸で施術したりして)いろいろドタバタはありましたけど…それにミリア自身も気力を使い果たして、疲労困憊の極に達していたけれど…ここでは、そんな素振りを微塵も見せませんでした。
まずは何より、ニザーミア学府院を(精霊師たちからこれ以上騒ぎ立てられることなく)秘かに、そして速やかに退去しなければならなかったのです。
「けど姫ちゃん、あんたも随分とまた…その…派手ハデな衣装に着替えたモンじゃの」
感心したように、というか呆れて…ヨールテ親方が呟きました。
「これは巫女の仕事着だから、ハデなのは仕方ないのよぉ。それにさっき、着てた〈ビストロ姫ちゃん〉の作業着を水垢離の最中に燃やしちゃったから、ラッツークに戻ったらオバちゃんに頼んで予備の服を出してもらわないとね」
??…なんで水垢離をしてて、服を燃やさにゃイカンのじゃ?
親方にはいまイチ合点が行きませんでしたが、そのへんを突っ込むのは止めました。
「それはともかくミリア、おまえ相当に…顔色が悪いぞ。本当は、むちゃくちゃ体を酷使したんじゃないのか?」
さすがにミリアの顔を凝視していれば、チェニイにも彼女の異変は気付きます。
「そ~ねぇ、少しばかしムチャしたかもね…だったらチェニイ、帰り道はおんぶして…アタシを連れ帰ってくれる…かなぁ…?」
というワケで、ニザーミアからラッツークへは、気絶したミリアを背負いながら、チェニイは3キロ余りの坂道を下ることとなりました。〈ミージェ虫の襲撃〉もなんとか収まったようで、帰り道では虫一匹遭わずに済んだのは幸いでした。
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これにて一連の〈ゼイゴス騒動〉はいったん、終幕となります
もっとも、この騒動の裏で「ゼイゴスのノース・クオータ襲来」が本当に
起こってしまったこと自体、一部の関係者しか知りえなかったことですが
…
さて一行がラッツークへ戻ったところで、次の難題が待ち受けています
廃都ガドリングにチェニイとミリアが向かうことは確定したのですが、
実のところ、その道中には〈大伽藍山脈〉という難所が
立ち塞がっていますし、迂回して〈赤十字回廊〉という街道を西ルート沿いに
移動するにも、実は別の障害が待ち受けているのです
次回に続きます
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