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054 ONはADAで返しませう

  …………………………………………………

ニザーミア学府院という場所が、ノース・クオータ最高学府であり

この世界を差配する〈四精霊〉の諸原理を取得する学び舎であることは

折に触れてお話ししましたが、実のところ地水火風を習得する、それぞれの

部局同士がみな平等で、一致結束しているというワケではないのです

……残念ながら……

あえて言うなら、この北大陸からここに集う(そして、精霊の御業を習得して

ふたたび各地に散っていく)精霊師たちでも火精局の〈火精師〉は、いわば

ザネル北世界における産業社会(?)の中核を担う主役であり、

〈火精〉を崇め奉る種族もまた、5種族の中で多数派を占めています

(ラフルヤ=エルフ族およびグード=ゴブリン族の人口が圧倒的に多いため)


そんな微妙な力関係もあってか、〈赤十字同盟諸都市〉から集う4精霊局の

中では、文化的側面の強い〈水精局〉と、実務的な教練主体の〈火精局〉は、

どうも、相性がイマイチよろしくないようです

 …………………………………………………


 水精局からいったん正面中庭を経て、ミリアとラクーナ水精師は幾つもの工廠が軒を並べる火精棟へ足を向けました。

 最初に正門からこのニザーミアを訪れたときにも遠くから見えた、幾筋もの煙…今にして思えば、あれが〈ナイカ〉いわゆる人体発火に蝕まれた火精師たちの断末魔だったのですが…それを考えると火精棟の内情は、想像以上の有様なのでしょう。

 ミリアも、そしてラクーナも覚悟を決めました。


 火精棟自体は、かなり複雑に工廠群…つまり実技棟が組み合わさっていて、実は水精師のラクーナ自身もその内部構造を熟知しているわけではないのです。

 ただ、工廠内部で慌ただしく行き来する何人かの火精師たちは、現れた二人の姿…一人は部外者の水精師で、もう一人は透けるような巫女装束を纏った斎宮なのですが…を見咎めても、誰何することなく通してくれました。

 正直言って〈ナイカ〉に侵され苦しんでいる同僚たちを目の当たりにして、火精師たちは介抱するだけで手一杯なのです。


「ラクーナ! 戻ってきたの? よくもまあ…無事で」

 突然、背後から声を掛けられました。

 振り返ると、同じく彼女の同僚である水精師のようです。

「エイレン! なんでアンタまで火精棟にいるの?」

「ミージェ虫襲来で、ニザーミア中が大騒動になったからでしょ! いったん虫共は燻蒸して追っ払ったけど、今度は火精師たちがバタバタ倒れ始めて、教導さまたちが…火を噴いて…それで…もう…」

 エイレンと呼ばれた水精師は、嗚咽して先を続けられませんでした。ラクーナは、震える彼女の肩を抱きしめてやることしかできません。

 急遽〈ナイカ〉に侵された精霊師を助けようと、水精師や風精師たちが火精棟の工廠へ駆けつけたのですが、彼ら(彼女たち)の施す施術は、ほとんど効果がなかったようです。


 水精師の治癒術…ダデスや上級のダデケスは、まさしく〈身を挺して〉身体を回復させる精霊術なのですが、ナイカに侵された火精師はそれを受け付けず、身体に宿る〈火精〉そのものが、逆に身体を燃やし滅ぼそうと抵抗するのです。

 皮肉なことに、火精を鍛錬し精通した教導たちから先に人体発火を起こし、先ほど見せられた惨状を晒すこととなりました。


「それで、その…ご一緒している方は…もしかして…斎宮様なの?」

 感情がやや治まったのか、エイレン水精師はラクーナの傍らに立つ巫女装束を纏った人物に、ようやく気付きました。

「そう…ラッツークで隠棲してらした斎宮様を、お連れしてきたのよ」

 事情は全くわからぬながら、エイレンは〈信じられない!〉という表情を浮かべて、いきなりミリアに縋り付きました。

「ミリア様、斎宮様!! お願いです私たちを…お助け下さい!」


 二年前に突然失踪した彼女を、忘れずにいた精霊師はまだ、こうして残っていたのです。「水精師の…斎宮?」

「あのジュレーンから来た、とかいう姫様のことか?」

 周囲にいた火精師たちからも、ざわめきが聞こえ始めました。

 ミリア失踪に関しては、学府院内部でも厳しい緘口令が敷かれていたのですが、四精霊局すべてで、噂は秘かに漏れ伝わっていたようです。


「トープラン火精導師は、どちらにいらっしゃるのでしょう?」

 ミリアは、透き通る声で周囲に尋ねました。

「こちらです! ことは一刻を争います、私共について来て下さい!」

 ミリアの前に、まるで波が引くようにして道ができました…まるで先ほど、ミージェ虫の大群がニザーミア学府院への坂道から消えた奇跡の光景のように。


 トープラン四席火精導師の執務室は、火精棟工廠の〈奥の院〉とでもいうべき広い居室に設えてありました。

 部屋の中は薄暗く、その奥には時折かすかな灯が見えます。

 どうやら誰かが寝かされているようです。ここだけは人払いがされているようですね。

「火精導師様のお加減は、いかがなのでしょう?」

 ミリアが、付き添いの教導らしき精霊師に尋ねると、彼は口を歪めて答えました。

「…良くありません。頑強な精神力だけで、辛うじて〈ナイカ〉を抑えている状況です。正直申し上げて…いつ何時、お体が業火に包まれてもおかしくない有様で…」


 奥の寝台に横たわるトープランは固く目を閉じ、時折苦しそうに身を捩りつつ「うあぁ…」と口走るだけです。 

 その身体をよく見ると、全身の各部から時折〈ぽうっ…〉と、狐火のような炎が点滅しては消えているのが分かります。

 確かに、いま彼は強靭な精神力だけで、身体から噴き上がろうとする炎を封じ込んでいるようですが気力が尽きたときに、この居室は巨大な火柱に包まれ、火精導師ごと燃え尽きてしまうことでしょう。


「導師さまとは、とてもお話を差し上げられる状況では、ありませんね」

 ミリアは、微かに呟きました。

 彼女はきっ、と立ち上がると、付き添いの教導に向けて語りました。

「デュアル・フォースの精霊をこの場に顕現いたします…異存は…ございませんね」

 教導はこくり、と頷きました。

「お任せいたします」

 と、それに呼応するかのように周囲からも、どよめきが上がります。


「え…?」

 ミリアは、その反応に驚いて振り返りました。

 この部屋、人払いされてたんじゃ?

〈ちょ…ちょっと待ってよ…この部屋、何人が詰めかけてるの!?〉

 よく見れば暗い室内に…確かにここは〈首席導師様の執務室〉以上に広い居室空間なのですが…男女合わせて数十人が、いつの間にかミリアの背後で息を呑んで待機していたのです。ちなみに末席には…ちゃっかりラクーナ水精師まで加わり、ワクワクしながら〈その時〉を待ちわびています。

〈じょ、じょーだんぢゃ…ないナイわ! つい先日の《ミリアの狂乱ライブ》どころの騒ぎじゃないわよ、ナニこの人数!?〉


「も…申し訳ありませんが、皆様は執務室から出て頂けませんか? この秘儀は、人にお見せするものではありませんから」

 ミリアが念を押すと(さすがに周囲からブーイングこそ起きませんでしたが)不満そうにゾロゾロ…精霊師たちは全員、退席していきました。


 で、改めて仕切り直しです。


 我、此処に顕現す!

 依ってタンズザードの炎よ、我を包め

 その身にダダネストの水巫よ、共に我に降臨せよ

 相対する双精霊を、我に摂り込み 浄化し 依って象を披かん


 ミリアは印を手に、符を暗闇へと掲げました。

 護符は〈ぽぅ…〉と、微かな音を立てて闇の中で燃え尽きます。

 同時に、巫女装束を纏ったミリアの肢体から、うっすらと呪の複雑な文様が光を帯びて浮かび上がってきました。

 それは先ほどラクーナ水精師が目撃した、水精堂での水垢離儀礼に比べれば、はるかに地味なパフォーマンスなのですが、効能は比較にならないほど強烈なのです。

…それに、精霊術の難易度も…。


〈まずトープラン導師の五体から、燃え盛る《火精》を徐々に分離させ、私の体腔に摂り込んで昇華させる…慎重にコトを運ばないと、あっと言う間にトープランごと燃やし尽くしてしまうから〉

 ミリアは苦悶に呻くトープランの上に両手を翳し、ぽう、ぽう…と次々に浮かび上がる鬼火のような光の珠を、自らの肢体に移しては〈ぱあっ〉…っと、虹珠の煌めきへと変化させていきます。

 

〈ダダネスト〉の技は水と火の合掌精霊術の中でも、自らの命を削って対象を蘇らせる秘術なのですが、相反する精霊を絶妙なコントロールで捌きながら、しかも一度〈分離した精霊〉を自らの身体に取り込み浄化する、二重作業を同時に行うかなり危険な術でもあります。


 ミリアは長時間かけて、この絶妙な術を根気よく繰り返すのですが…一度だけ手元が狂って、巫女装束の裾に、鬼火の欠片を触れさせてしまいました。

 ぼっ! と音を立て、装束に火が燃え移ります。

「ちぃっ…しまった」

 ミリアは忌々しげに舌打ちしました。

〈こんなことしてたら、術を全うする前にアタシが丸焼けにされちゃう…仕方がない〉


 ミリアは着衣を脱ぎ捨てました。

 暗闇の中、彼女の上気した肢体は輝く紋様と共に仄かに浮かび上がります。

〈まあ、施術が終わったら着直せばいいし。それにしても、さっき人払いしといて良かったわ。こんな光景は…たとえチェニイにも…絶対に見られたくないもんねぇ〉


 どれほど長い時間、施術が続いたのでしょう…トープラン火精導師から分離された膨大な〈火精〉のカタマリはミリアの肢体で浄化され、無害な翔霊へと変化していきました。

 先ほどまで苦しそうにミリアの下で呻いていたトープランも、身体から時折噴き出していた鬼火は消え去り、安らかな寝息を立てています。

 同時に、さしもの斎宮ミリア姫様も、自らに取り込んだ精霊の重圧で荒い吐息をはあはあ、と上げるようになっていました。


〈さぁて、それじゃあ最後の仕上げと参りましょうか…〉

 ミリアは胸の前で堅く合掌し、やがてそれを徐々に披くとそこには、虹色に輝く大きな珠が膨らんでいきます。

〈よおし、こんなモンで十分か〉

 ミリアは頃合いを見定め、天井を見上げると高らかに叫びました。


「レリーズン!!」


 叫びと共にミリアが中空へ放り投げ解放した光玉は、虚空を勢いよく突き破り…この昏い居室からは見えませんが…ニザーミア学府院の中空に達したところでぱあ、っと破裂し、煌めく仕掛け花火の如く周囲へ飛び散りました。

〈広範大精霊術〉…斎宮にしか成しえない秘儀のグランドフィナーレです。この浄化で〈ナイカ〉に侵されていた火精師たちも全員浄化され、息を吹き返すことでしょう。


 ミリアは事が終わると、さすがに気力も尽きて、その場にへたり込んでしまいました。


 すると、今しがたミリアの叫びで意識を取り戻したのか、寝台からごそごそ…と四席火精導師トープランが動き始め、のっそり立ち上がりました。

「…はて、私はいままで…何をしていたのかな?」

 そして暗闇の中、傍らでへたり込んでいるミリアを見咎めると、驚いて声を掛けます。

「そこの娘さん…君はこんなところで何をしているのかね? しかも…素っ裸で」


 ミリアには事の次第を説明する気力もなく、トホホな口調で応えるばかりです。

「…はあ、これにはイロイロ事情がございまして…私が着替えをするまで少々、お待ち頂けませんか?」


  …………………………………………………

最後になってサブタイトルの解題をするのもヘンですが、余談までに…

「ODA提供で恩返しをする」のは、私たちの国際社会では珍しくないのですが

(美談、と言い切ると皮肉にも聞こえるけど)ADAでお返しすると

いうことになると〈当然〉に思えてしまうからさらに奇妙です


ずいぶん以前「世界は悪意に満ちている!」というサブタイトルで読書ガイドブックを

仲間と一緒に作ったことがありまして(実話)これが意外と評判良かったことを

いま思い返すと、妙に割り切れない気分になるのです

以上

次回に続きます

 …………………………………………………


「ザネル」は毎週月・水・金に更新いたします 


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