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053 姫ちゃんオンステージ再び

 …………………………………………………

ニザーミア学府院の首席導師オービス・ブランの勧めに従って、

チェニイとミリアは、廃都ガドリングへ赴くことを決断しました

…といっても、決意したのは専らミリアのようですが…

チェニイは、と言えば廃都ガドリングは化け物や魔女しか住まぬ恐ろしい場所、

マトモな人間だったら近づかない、とルボッツのジェスロー(鉱夫の師匠?)から

悪い噂を吹き込まれていたので、正直ビビってしまい

「できればパスしたいなぁ」

というのが本音でした


もっとも、地精棟で会談のナリユキを考えたら、そんな選択肢は

チェニイに取りようがなかったのも事実です

しかもオービス首席から、彼の地での身元を保証するスクロールまで

用意されてしまっては、

〈空気嫁!〉…で進退窮まった、といったところでしょう

 …………………………………………………


 ミリアは水精師ラクーナを伴い、いったん懐かしの古巣水精局と水精宮に立ち戻りました。いったん清めの水垢離を行い、着替えてから改めて火精局…多くの火精師たちが〈ナイカ〉の惨劇に見舞われた場所に向かうことにしたのです。


 けれどミリアがここで何をする積りなのか、実はチェニイどころか学府院の責任者たる首席精霊導師オービスも、しかと承知してはいなかったのです。

 そしてもちろん、ガブニードスやヨールテ親方でさえ。

 それ以前にチェニイ一行は、ミリアに同行すること自体を許されませんでした。


「ここから先は、斎宮の領域…水精師しか立ち入ることを許されないから、みんなは大講堂で待ってて。私はラクーナさんにお手伝い頂いて神祀事を執り行ったら、その脚で火精局のトープラン火精導師とお会いすることにします」


 ミリアはそう告げると、踵を返し出て行こうとします。

「しかしトープラン火精導師は…いま現在…」

 と、ミリアに何か言いかけたオービス首席でしたが、彼女は微かに振り返るとそれを制し、唇に手を当てて何かを囁くように告げると、そのまま振り返らず首席の執務室を出て行きました。

「オービス様、いまミリアさんは、何と…?」

 彼女の声は微かで聞き取れなかったので、ガブニードスは首席に尋ねましたが、オービスはそれには応えず、ぼそりと呟くだけでした。

「ここは…ミリア斎宮にお任せしよう」


 水精棟は地精棟・首席の執務室の東南に位置し、神事を執り行う水精宮はさらにその東…ちょうどニザーミア学府院のあるイェーガー・シェラ半島に突き出した岬の突端にあります。ちなみにもう一つの東北に突き出た突端には、因縁のガブニードス・タワーが対を成すように突き出していますが、現在は〈ヤーマの灯〉も沈黙し、平静に戻った様子です。

ミリアはその水精宮へ向かう細長い回廊を歩みます。

 すると一歩歩くごとに彼女の封印されていた記憶が、次々と蘇っていきました。


〈あの日…過ぎ越し祭礼を前に控えた閏八月の深夜、私はシェラ半島の暁を眺めながら、この回廊を最期の水垢離神事に向かったんだっけ。

《ええ、決意は固まりました…悔いはありません》そう呟いて。

 そして、水精宮で待っていた誰かの手を取って…ああ…そこから先が…分からない!

 いったいアタシ、誰の手を取ったのかしら? 

 それに、気づいたら私の真横には誰かが並んで立ってたのだけど、あの子は誰?〉


「ミリア斎宮様、本当によろしいのですか?」

 ここでミリアは、はっ、と我に返りました。彼女の真横に立っていたのは〈誰か〉ではなく、ラクーナ水精師でしたが。

「あ…ええ…その…本当によいのか、って…何が?」

「いえ、その…せめて、使徒チェニイ様だけには、同行して頂いてはいかが、かと」

「それでは水精師の道理に反するでしょう。ここは私たちだけで執り行わないと」

 ラクーナは、こくり、と頷き、それ以上は尋ねませんでした。


〈確かにトープラン四席火精導師は瀕死の重体、と伺ってたけど、いまチェニイと顔を合わせるのは危険なの。なにせ彼は、チェニイ〈ファルス〉使徒にキューブ印璽を授受させた張本人ですもの。もし意識を取り戻したら、何が起こるのか予測もつかない、それに…〉

 ミリアは慎重を期し、考えを巡らせましたが、本音は別にもう一つありました。

 実を言えば、トープランに施すデュアルフォース=火水精霊の儀式の場に、チェニイ本人を立ち会わせるのがイヤだったのです。


 水精宮は、一見すると〈巨大な噴水〉のような形状をしています。

 中央部には水精師が立つ水精の象徴が刻まれ、周囲に八角形の水弁が取り囲んでいます。さらにそれを取り巻く高楼が上へと伸びているのです。


「ラクーナさん、新しい巫女装束は用意して下さった?」

「もちろん、ここに…」

 ミリアはそれを聞くと、今の装束のまま中央部の水精胤形の前に進みました。

「あの…斎宮様…そのままの格好で、よろしいのですか?」

 儀礼と異なる式次第を気にしたのか、ラクーナは改めて尋ねます。

「構わないのよ、この場合は」

〈どうせこの場で、コレは燃え尽きてしまうから〉

 ミリアは心の中で呟きました。


〈考えてみたらこの着物…ラッツークの竪坑町で二年近くも過ごした《ビストロ姫ちゃん》時代の思い出まで、丸ごと燃やすかもしれないわね。けっこうあの生活はアレで楽しい日々だったけど…調子こいて最後のスクルー族たちの前で披露した、あのサプライズ《水攻め狂乱の姫ちゃんライブ》だけは余計だったかなぁ? 呼んでもいない珍客まで一人、結果的には〈アソコ〉へ連れて来ちゃったし〉

 そして、水精宮の中央に立ったミリアは、儀式を始めました。


 我、此処に顕現す!

 依ってズゾボンの炎よ、我を包め

 その身にシスザンの水巫よ、共に我を纏え

 相対する双精霊を、我に摂り込まん


 ミリアは印を手に中空へ広げ、符を掲げました。


 水精宮のサークルから少し離れた場所でミリアを眺めていたラクーナは、これまで〈水精宮〉では目にしたことにない、不可思議な光景を、ここで目にします。

 ミリアの身体が、突如吹き出した巨大な炎にまとわりつかれ、見るラクーナが悲鳴を上げそうになった瞬間、周囲から湧き上がる水がそれを包みます。

 ジャッ! という轟音と共に噴き上がった水蒸気が、まるで巨大な龍の如くミリアを包み込み、噴流となってうねうねと、生き物のようにミリアにまとわりつく様は、これまで幾多の水精師たちがここで見せた〈水垢離〉儀礼とは全く異なる…評するなら〈炎と水の饗宴〉とでも言うべきセレモニーとなりました。


 どれほどの時間が経過したのか…といえば、実は1分足らずに過ぎなかったのですが…不意に巨大な炎と水の奏でる饗宴は、ぱあぁ…、とミリアの周囲から消え去りました。

 後には、先ほどの〈ビストロ姫ちゃん〉賄い装束は燃えて消滅し…けれど彼女の肢体には、描かれた不思議な紋様がくっきりと浮き出し、輝きを放って裸体を包み込んでいます。


「ラクーナさん、巫女装束を戴けます?」

 ミリアは振り返り、何事もなかったかのように声を掛けました。

「は…はいいいい…」

 ラクーナの脳裏には、以前にシェノーラ水精教導から見せられた、あのトラウマ怪物のことが一瞬だけフラッシュバックしました。けれど、あの時に全身を貫いた〈恐怖感〉とはかなり違う…不謹慎だけど…もし許されるならいま一度、斎宮様の華麗な儀式をこの目にしかと焼き付けておきたい、とさえ思ったのです。


「斎宮…様、いまの水垢離儀礼は、何だったのでしょうか?」

「まあ、ネタを明かせばただのコケオドシよ。けど、こうして火精霊と水精霊を予めキチンと融合させておかないと、これからお会いするトープラン火精導師の〈ナイカ〉を鎮めることはできないでしょうから…ね」

「デ…デジュアルロロ…フォォース…の御業、なのですか」

 ラクーナは、感動冷めやらぬせいなのか、ミリアの技をキチンと発音できません。


「さあ、準備ができたところで、火精棟へ急ぎましょう。私は以前ニザーミアへ来たとき、アソコへは足を向けたことがないのよ」

 ミリアは(半ば、腰を抜かしていた)ラクーナを急き立てます。

〈実は、火精と水精を融合させてから放つ秘儀なんて…姐様から教えてもらったことはあるけど、自分で使ったことは、一度もないのよね、テヘ〉

 ミリアは心の底で呟きました。


  …………………………………………………

まあ芸事はことごとく(か、どうか知りませんが)

「習うより慣れろ」と申しますから…あれ? ってことは

この場合、師匠から口伝で教わったことを、ミリアは

ぶっつけ本番で試そうとしているのでしょうか?

…けど、まあいいか…

ダメ元というか何というか、たとえ失敗しても、

ミリアの責任じゃないし

(けどまあ、薄々事情を察知しているオービス首席だけは

「あーあ、素人業だからな、見事に失敗しちまいやんの」

とか思って…大目に見てくれるでしょうか?)

 …………………………………………………


「ザネル」は毎週月・水・金に更新いたします 


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