051 Wonderful The Wizard
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やっぱ人間〈刺さって〉ナンボでしょ? 太宰読んでね、太宰!
…とか、どこかで耳にしたようなセリフですけれど、
まさか自分自身が決めたルールに勝手に刺さってブチ切れるなんて、
随分とコスパがいいね~…などと、自嘲している場合ではないですね
…
確かに決して認めたくはないけれど、チェニイが〈使徒様〉として
このザネル世界に、正確に言えばノース・クオータのニザーミア学府院に
こうして召喚されたこと、さらに言えば
召喚したその当体が、どうやら〈UNトラスト〉と名乗る組織で、これがまた
この北大陸を差配する〈精霊を司る〉ニザーミアを…陰から支えている
相当に胡散臭い連中のようだ
…そこまでは理解しました…認めなけりゃならない、と
けど、なぜそんな連中に、オレは操られなきゃならないのか?
それがさっぱり分からん、記憶を失った原因も、どうやらそのへんにありそうだけど…
要するにカラクリが分かったからと言って、
その役割を演じるつもりはサラサラねえぞ!
それが、現在のチェニイの立ち位置です
…
あれ? 考えてみたら同じようなラインに立たされたヒーローって、
どっか他にもいませんでしたっけ?
…
つまりここで少々困るのはチェニイ自身が、ヒーローになる決意を
〈爪のアカ〉ほども、持ち合わせていないことなのです
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オービス・ブラン首席導師とチェニイの会談には、しばし沈黙がありました。
件の〈使徒召喚の真相〉をチェニイが知ったところで、さて彼はこの先、どうすればいいのだろうか? そこが大問題だったのです。
この人物は、信じていい。
直感的に、チェニイには…なぜだか…それだけは分かりました。
けれど、この場で改めて「ゼイゴスを討伐せよ!」などと命じられたとしたら、いったいチェニイはどう返答すればいいのでしょう?
〈そんなこと言われたって…なにせ…つい数日前、レスター島でミリアを拉致したその本人と出会って、そいつがゼイゴスだったと分かったところで、再び怒りに任せてブチ切れて…気が付いたらナリユキで倒してたんだもんな。
【すいません、もうソイツ倒してました…みたいナ~】なんて、この場で正直に告白すればいいのだろうか? 随分とマヌケな報告だ〉
混乱でぐるぐる回るチェニイの脳裏には、再びあの〈離人感〉が蘇って来ました。
〈あれは自分がやった事じゃない、不始末…? いや不始末なんかじゃないけど…そもそもアイツを倒したのって、それ自体が夢だったんじゃないのか?
たしかガブニードスは言ってたよな、サウスの魔法使いたちは、現実に夢を混ぜ込んで、真実をゴチャゴチャにする〈邪術〉を使うこともある、とか何とか。
だったら、オレが倒したゼイゴス…あいつ自身が幻だったんじゃないのか…?〉
実はこの間ずっと、ガブニードスやミリアたちは二人のやり取りには加わらず、じっと眺め続けていたのです。およそ1分程度でしょうか…傍目には無言のまま、二人は見つめ合ったまま一言も発しませんでした。
なぜか、誰も言葉を発することができず、ひたすら二人を眺め固まっていたのです。
しばらくして、くくく…とオービス首席は忍び笑いを漏らして、この奇妙な緊張は解けました。
「そうだったのか…何ともまあ…大変な目に遭われたものだね」
チェニイも、まるで白昼夢から目覚めたかのように覚醒しました。
〈あれ、オレって…首席導師の前で…いままで眠りこけてたのか?〉
「気に病むことはないと思う。ゼイゴス自身が語っていただろう?…ヤツはZEIGOSの中ではCEOの任にあったけれど、ただそれだけの存在だ。ミリア斎宮の回収…などというのも、ヤツの格好つけの口実、後付けの理由だろうね」
「え…えええ!?」
チェニイには、どう返答していいのか分かりませんでした。
そもそも自分は先ほどから、ぼーっと突っ立ってただけなのに、なぜオービス首席はそこまで詳細な内容を熟知しているのだろう、と。
〈ガブニードス! オマエ先日の出来事を、オービス首席に報告してたのか!?〉
慌てて、チェニイはガブニードスに念波を飛ばしました。
〈するワケないでしょう!? 今のいままでずっと、私はチェニイ様と行動を共にしてたんですよ! どこに報告する余裕があったんですか?〉
言われてみればもっともな話です。
〈それにお忘れですか? 私はNUA完全公社のテク・マンなのですよ。サウス側のゼイゴスとの協約で、私からノース・クオータの学府院に情報提供するのは、れっきとした協約違反になります〉
じゃあ、どうして首席は、ことの成り行きを細大漏らさず知ってるんだ…?
ここで初めてチェニイは、先ほどからの奇妙な感覚を、自分なりに理解しました。
〈…もしかすると…自分じゃない誰か…ひょっとするとミリアとも共通する【アレの感覚】かもしれない。自分じゃない自分が…オービス首席に、語りかけてたのか?〉
まるで告げ口されてるみたい…でも、不思議と不愉快に感じることもない。
むしろ〈そうだよな~オレはオレだもん、話すべきことは話しとかないと、なんか落ち着かないし…〉的、妙な落ち着きさえ感じ始めていたのです。
〈そうか、オレはこの異界に召喚された時から、こういう自分に変わってしまったんだな…変なキューブを身体に埋め込まれただけじゃなくて、誰かの体も一緒に取り込んでだのか…道理で初めて講堂で鏡を見せられた時、ずいぶんクソ生意気なガキが世界の向こう側にいるなあ、なんて感じたわけだよ〉
ちなみに〈クソ生意気なガキ〉という感覚は、単にチェニイ本来の性格が顔に反映されたに過ぎませんので、これを〈憑代〉の責任に押し付けるのは卑怯というものです。
「さて、次の問題だ。チェニイ君、きみは今さら改めて〈使徒〉の任に就く気はないのだろうね」
さりげなく平静な声色で、オービス首席導師は語りかけました。
「それは…当然…だけど…」
これまでの事情をすべて知ってもなお、あえて念を押そうとするオービスの意図を測りかねて、チエニイは口ごもるしかありませんでした。
自分で成敗したのがゼイゴスだったとすると、改めて〈使徒〉を演じる理由はなくなる。もしアイツが仮に…たとえば影武者だったとしても、再び南大陸まで鬼退治に行かされるのだって御免蒙る!
そして当たり前のようにオービスも頷きます。
「では君はこの先、この世界で何をしたいと考えている?」
チェニイは声を上げられません。
まさにそれこそ、彼が思い悩んでいる主題だったからです。
「現在、ニザーミアは大変危機的な状況にある。君たちが今しがた目にした通りだ」
その声は冷静そのものながら、深い苦しみを秘めています。
「それはゼイゴス…大魔王でもCEOでも、何でも構わないのだが…ヤツがここに到着したことが原因なのか、最初に使徒を召喚させたUNトラストの不手際なのか…そのすべてなのか…それを今さら問うても仕方がないが…」
突き詰めて考えれば、その全てがいわば〈玉突き衝突〉のように事態を複雑化させ、結果的にガブニードス・タワー…学府院の奥で鎮座している古代機械ダール・グレンを暴走させた原因となったのでしょう。
「ここに来て、我々はその危機をさらに上塗りするような事態にさえ、立ち至ろうとしているのだよ」
オービスは、沈鬱な声でそう付け加えました。
「UNトラストの…使徒代理人計画ですか…」
ぼそり、とそれを口にしたのは、ガブニードスでした。
「私の不用意な提案が、さらに事態を…悪化させてしまったのですね」
どう責任をとれば良いのか、という悔恨の気持ちを込めて彼は深々と頭を下げました。
「君の責任ではない…あの時点では仕方がなかった。ノース・クオータ中に〈使徒様降臨〉などという噂が出回ってしまえば、たとえ話半分に聞いていたにせよ、赤十字同盟各市への権威を守る立場上、ニザーミアは何らかの対応を取らざるを得なかった」
〈使徒代理人〉という言葉も、チェニイにすれば初耳でした。
要するに、自分がトンヅラこいたアオリを喰らって、誰かを〈ニセ使徒様〉を仕立てて…南に下向する、なんて計画まで持ち上がっていたのか…チェニイは改めて、コトの重大さを認識させられました。
けど、今さら自分にナニができるわけでもない…真偽の程はともかくとして、ゼイゴス大魔王(とてもアイツは魔王サマに見えなかったけれど)は、一応…討伐しちまったし。
「ところでチェニイ君…君には〈使徒様〉を辞して元の世界へ帰還しよう、という考えはあるかね?」
ここで唐突に、オービス首席は提案しました。
「はあ~?」
チェニイの表情は…俗にいう〈ハトが豆鉄砲を喰らった〉ようなものだったでしょう。
「じょ…ジョーダン言ってるんですか?」
もちろんニザーミアの首席精霊導師が、愚にもつかない冗談をいうはずがありません。
「これは精霊師=パラディンの仕事ではなく邪術師…いや、魔法使い…ウィザードの領域になるだろが、いまさらここで再びUNトラストの手を借りるわけにもいかないのでね」
なぜかオービスは〈危機的な状況〉と自ら言う割には、妙にサバサバした表情を浮かべながら話を継ぎます。
「なにせ我々ニザーミア学府院の状況は…おそらく風精導師コーンボルブは今頃、UNトラストの手駒にされているだろうし、残った火精導師トープランは、今回の〈ナイカ〉人体発火騒ぎで瀕死の重体だ。さらに…水精局はシェノーラ教導の所在も不明ときている」
ラクーナ水精師は、下を向いたまま返答のしようがありません。
「もしや…廃都ガドリングの、ニキータ・ディーボックス元次席水精導師様に…協力を仰ぐお考えなのですか? しかしそれは…」
おずおずと、ガブニードスは語りかけます。
「いま、頼れるのは彼女しかおらぬだろう? 隠棲して、ガドリングに住まう魔女だから…さしづめ〈ガドの魔法使い〉というところかな、ニキータ姐様の役どころとしては」
大して面白くもないジョークを口にして、クスクスと首席は笑い出しました。やはり謹厳実直な人物は、あんまり下手な冗談を口にするものではありませんね、確実に滑るから。
〈ニキータ〉という言葉を耳にした(どこに隠れてたんでしょう?)トト・サンダユウが
思わす「ミィ~~」と嬉しそうに啼きました。
「おう、これは懐かしい、チェムナ族の子ではないか…確か名前は…サンダユウとか言ったかな?」
「ご存じでしたか…トト・サンダユウと申します」
チェニイの陰で控えていたミリアがおずおずと、オービスの前に進み出ました。
「でも、なぜオービス首席様が、この子の名前を知ってらっしゃるのですか?」
「なぜも何も、元々こいつは、ニキータのペットだったからね。以前、彼女から教えてもらったのだ。ジュレーンから来た愛弟子に、自分のペットを与えたら彼女、妙ちきりんな名をつけたのよ…とか言ってたな」
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〈なんでいつもこのコ、姐様にくっついて回ってるの? 不思議な目をしてカワイイ!〉
〈カワイイ、なんて感想を言ったのは、あなたが初めてよ、ミリア〉
〈だって、すごく知的な表情してるもの、このコ、タダモノじゃないわ〉
〈実はね、こいつは大昔に滅んだチェムナ族の生き残りなのよ。心を読むし、
懐けば、おそらく会話だってできるわ〉
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〈ねえ、ニキータ姐様…このコをアタシに下さいな〉
〈いいけど、チェムナ族がアナタに扱えるかしら こう見えて性格は狂暴なのよ〉
〈大丈夫ですよ、だってこのコ、こんなにもアタシに懐いてるんですもの〉
〈そういえば…珍しいこともあるものね…滅多に人には愛想なんて見せないのに〉
〈でしょでしょ!…名前も決めたの。アナタはトト。今日からトト・サンダユウよ〉
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水精斎宮としてニザーミアに来た頃の、ミリアの記憶の断片が突然、蘇りました。
そう、ミリア自身がニザーミアから追放される前のニキータ・ディーボックス次席水精導師の最後にして、デュアルフォース水精師免許皆伝の愛弟子だったのです。
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次回に続きます
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