5 ボクちゃん記憶カラッポ
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「使徒」にされてしまったチェニイ様は、何が
気に入らなかったのか、ゼイゴス大帝(名前からしてヴィランズ確定!)
退治の使命を断固拒否し、ついでに与えられた秘宝キューブを暴走させて
呼び出した精霊導師全員を意識不明にさせます…ついでに
精霊師見習の少年少女たちも巻き添えにしてニザーミア学府院を大混乱に陥れます
ここで彼に救いの手を差し伸べたのが、ガブニードスと名乗る
これまた、やたらと胡散臭い怪人! しかしチェニイは否応なくコイツに
連れられてニザーミア学府院を無事脱出、
ふもとにあるラッツークなる町の番人ヨールテというヒゲヅラ大男の
下に身を寄せるのですが、翌朝(だけど夕方)目覚めたチェニイ様は、
さらに厄介な事実に(今更だけど)気づいて、ふたたび固まってしまいます
――召喚者が必ず持ってないとヤバい(チートフラグが立たない?)
「前世の記憶」が、からっぽ欠如…「記憶喪失」状態になってたのです
…という中で「ザネル」第五回スタートです
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ガブニードスが番人ヨールテの下を訪ねたのは、チェニイ様が目覚めて…ついでに自分自身の記憶喪失に気づいてムチャクチャ落ち込み始めて…から少し経ってからでした。
「あんガキの兄ちゃん、ちょー訳アリとちゃうのんか? 言うとることは妙やし…ニザーミアからトンヅラした若造、ゆうには常識がメチャ無さ過ぎやし」
「まあ…相当の問題アリなんは、その通りじゃけど」
ガブニードスは顔の前で手刀を切り…つまり〈あんまし細かいこと突っ込まんといて〉のブロックサインです…で応えました。
「ま、ええけど…ほんでも最近のニザーミアはちょう…妙なことば~っか続くンが気ンなっとんじゃわ。なんや〈大使徒様〉が近々降臨するとか、センだって言うとったろ、ガブやん。サウス・クオータへ直々に征伐ブチ始めるとか何とか…こりゃ百年ぶりの戦争がおっ始まるんかいや、て騒ぎになっとって。ラッツークの鉱夫連中もエラい騒いどったに…アレ、結局どないなったん?」
「ああ…大使徒様はなあ…とうに…西へ向けて発たれたらしいわ、はあ」
「へ?…もう出たったって!? けど…ほじゃけど…えろ~急じゃの」
「あんまし派手にやりなや、ちゅう大使徒様からの御命令での。出立の儀礼も取り止めでな。ま、これからオノレらの征伐に向けて進撃じゃあ! つて、南の連中に鐘太鼓鳴らして教えたら逆効果じゃろ、ってご配慮でな」
「……ほんなもんかの?」
ヨールテは顎髭をしごきながら、呆けたような表情になりました。もちろんこれは内心で〈全っ然ワシ、納得しとらんけ~の!〉というサインなのですが。
「そいで、そのチェニイ使…の坊ちゃまは、どこにおるん?」
ガブニードスが尋ねると、ヨールテは顎で海沿いの崖を指しました。
「あんガキ、先だってから海ばっか見よるわ、何あったか知らんが、目え醒めてからえれえ落ち込んでの…こりゃあガブやん、若いの連れてきてもぅて何やけど、あの坊主、マトモに使い物ンなるんか、のえ?」
「そりゃあもう(ワシも知らんけど)まあ、一日二日は待っとってな、いろいろ悩むお年頃なんやから。…そりゃそうと、ミリアの姫ちゃんはどした? 今日は顔を見せんのんか?」
「午後にメシ持って使いにくるわ。また今度、新け若衆が増えよるぞ、つて教せえたったら、ミリア姫ちゃん、興味シンシンでな」
「はあ…ううん…カワイイ姫ちゃんの顔見たら、坊ちゃまもソコソコ元気なるかの?」
チェニイは物思いに沈んで…というより放心したまま…崖に腰かけたまま海を眺めて呆けていました。
ここから湾を挟んで対面に遠く、自分が先だって逃げてきたニザーミアとかいう寺院がかすんで見えます。それに…。
いままでまじまじ眺めたことがないので気づかなかったのですが、ニザーミア寺院(正しくは学府院です)の建物群から離れて、岬の突端に妙な塔がポツン、と一棟だけ建っています。まるで…逆さホウキのように塔の先端はささくれ立っていて、サイズ的にはかなり大きい。高さは寺院にあるほかの建物の比じゃないな。あれも時計塔の一種なのだろうか。
しばらく眺めていると、夕闇の中に塔の先端からポツリ、ポツリと光の粒のようなものがほとばしり出ているのがわかります。
〈なんか…クリスマスツリーのイルミネーションのようでキレイだな…って、ところでクリスマスツリーって、なんのことだっけ?〉
「いかがですか、少しは落ち着かれました?」
背後からガブニードスの声がしました。
「ああ…ガブニー…ソースか…。今まで寺に行ってたんだろ…様子はどうだった? オレが気絶させた連中、目を覚ましたのか?」
あくまでも自分の名前を覚える気はないようだ。ガブニードスとは目も合わせず、チェニイはぼそり、と呟きました。
「ええ、おかげさまで、全員無事に覚醒いたしました、ご心配なく」
「それで…これからどうするんだ連中は」
「どうする、とは?」
「トンヅラこいたオレに、連中はいつ追っ手を差し向けるんだ? ことと次第では、いますぐまた、こっから逃げ出さなきゃいけないんだろ?」
裏切者には死を…正確には〈抜け忍には死を!〉だったかな!
というのはどこの業界でも通り仁義ですからね。
召喚の使命は蹴とばし、そのうえ更に秘宝まで持ち逃げしたのだから、すぐ自分のタマを取るかどうかは別として、すぐお宝を回収しに来るのは確実だろう、とチェニイは考えたのです。
〈なにせニザーミアとかいう寺は、自分が逃げ込んだこの崖下の時計小屋とは目と鼻の先だ。その気になったらあっという間に追手が来てオシマイだ〉
しかも、記憶を失った事実をガブニードスに悟られたら、こいつの助力を求めるのも無理になるだろうから、この右も左も分からない異界に放り出されて、彼は文字通り天涯孤独、孤立無援、ついでに絶体絶命となるのです。
ところがガブニードスときたら、きょとん、とした表情を浮かべたまま凍り付き、次の瞬間にはチェニイの言葉の意味をようやく理解したのか、いきなり吹き出しました。
「ぐふははははぁ…くほほほ…げほげほ…んが、んぐ、んごっ!…来週もまた、観てくださいね」
そういや無表情か渋面しか見せなかったこの男が、大笑いしたのを目にしたのは初めてです。最後は笑い過ぎて呼吸困難に陥ったようだけど。
「ナニがおかしいんだ、てめえは! 他人事だと思いやがって!!」
「ぐほ、ぐほ…いや…申し訳ありません…でも…あまりに突飛なことを仰るものですから、つい…」
なんとか呼吸を整えた彼は、言葉を継ぎました。
「それ以前に…使徒たるチェニイ様に、間違っても刃を向けようとする愚か者など、ニザーミアには誰一人おりませんよ、ご心配なく」
今度はチェニイの方がアホ面をする番でした。
「はぁ? え、そうなの?…んじゃあ、その…さぁ…昨日の大騒ぎのオトシマエっつのは、どうなるワケ?」
「最善のオトシマエをつけたのですよ、三人の精霊導師たちが急遽、適当な物語をでっちあげましてね」
「………?」
「召喚された使徒様は〈仰々しい出立の儀礼など不要だ! 魔王ゼイゴス討伐を堂々と南北大陸中に宣言してどうするのだ! 敵地サウス・クオータへ我は隠密で潜入するゆえ、お前たちはその道程を固く秘せよ〉…と命じられ、すでに西の赤十字回廊へと旅立たれた。ということになったわけですな、急遽」
「…そんなデタラメ茶番で、連中は収まるのか? それにさあ…あそこで倒れてた見習い坊主たちって、相当な数いたじゃないか。そんなゴマカシで納得するはずないだろ?」
「精霊導師の目くらまし…記憶改竄でどうとでもなりますよ。第一、本当のことがノース・クオータ全土に知れ渡ったら、〈精霊の殿堂〉ニザーミア学府院の権威も何も丸つぶれですからねぇ」
くっくっくっ…とガブニードスは再び忍び笑いを漏らしました。
〈コイツ…やけに呑気に笑ってるけど…あの寺ではどういう立ち位置なんだろう?
ニザーミア…とかいう寺の…僧服をまとっているから、あそこに所属する精霊師とかいう連中の仲間には違いないと思うけど、このオレを助け出したってことは、連中の忠実な部下、ってわけでもなさそうだ。それにココの番人のヒゲ面大男ともツルんでるところを見ると、いろんな裏の顔も持ってそうだ。それに、脚にくっ付けてる妙な歩行補助器具も、気にし始めたら…やたらと気になるし…。
ああもう! この生臭坊主のことは後回しだ! ただでさえ悩みの種が順番待ちしてるってのに、これ以上増やしてどうするんだ。〉
ガブニードスとのやりとりで、チェニイの気も幾分かは紛れました。何より、目の前にすぐ危機が迫っている…わけでもないことは、彼には相当の安心材料となったのです。
〈はあ…それにしてもこの異界で唯一、頼りになる(つか、頼りにせざるを得ない)存在がよりによって、この怪しい坊主ただ一人だとは…〉
となると、いまここでチェニイは改めて選択の岐路に立たされたことになります。
この先、彼のいう「使徒様」として助力を得るためには、不利な材料は打ち明けない方がいいに決まっています。ただ…これはチェニイの、というより彼本来の性格がそうさせるのでしょうけど
〈んな、面倒くせえ駆け引きはオレの好みぢゃねーんだよ!〉
という信念が、むらむらと湧き上がってしまったのです。
「あのなガブニードス…オレを助けた目論見がなんだか知らないが、どうやらオマエ、貧乏クジを引いたようだぞ。あらかじめ言っとくけど」
「おや、ようやく私めの名前をキチンと憶えていただけたようですね。それで…何か?」
「実はオレにはな…、ここへ呼び出される前世の記憶が全っ然ないんだよ!!」
「はあ…? そうなんですか、大変でしたね。それで何か?」
〈こいつ、コトの重大さがわかってんのかな?〉
「あのなあ、この使徒様は脳ミソ、カラカラなんだよ~ん! わかるか? だから助け出してもらってナニだけど、お前の役には全く! 立ちゃしないんだアハハハハ」
チェニイは自虐的な気分になって、一気にまくしたてました。
「…まあ、そういう事態も起こりますかね、召喚の界渡りでは、往々にして…」
ガブニードスは〈それがどうした〉とでも言いそうな口調で応えました。
「…あのさ…キミそれって本当に…まったく驚かないの?」
今度はチェニイが狼狽する番でした。
「取り立てて別に。まあ使徒様が最初に〈ゼイゴス討伐〉を依頼されて大暴れされた折に、ひょっとしたら…とは予感しておりましたが。ちなみにご自分の記憶喪失にチェニイ様が気づかれたのは、いつのことなのですか?」
「いや…今朝ね…つってもここではなぜか、いつまで経っても夕方のままなんだけどさ…あのヒゲヅラ親父が、自分はどこの村の出身だ? とか聞いてきたときにさぁ、そういやオレ、どこの何様だったっけ…って分かんなくなって…初めて気づいたんだ」
ガブニードスは、ここで初めて、はあ…と溜め息をつきました。
「本当に…お気楽な使徒様だったのですな、チェニイ様は…」
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「裏切者には、死、あるのみ!」
的な危機が迫ってなかったことに、しばし安堵した「使徒」チェニイですが、
さて、次に生まれる難題は
「じゃ、これからオレ、ここでナニをすればいいワケ?」
…ま、次回ですぐ、当面の答えはわかりますが
それはまた、ヨールテと名乗ったヒゲづらの番人(の正体)、ミリア姫と
名乗る不思議ちゃん、およびもう一匹登場するケダモノが教えてくれます
というわけで次回へ続きます
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします