049 ザ・ファースト・インロー
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ニザーミアの惨状を目にした一行は、何はともあれ学府院の…いわば
ヘッドクォーターに当たる奥の院・地精局棟に向かいます。
さて、現在の学府院の状況をかいつまんで言うならば、
首席精霊導師たるオービス・ブランのみが健在で、残された(次席の水精導師は
諸般の事情により以前から空位なのですが)三席風精導師コーンボルブは大都
ジュレーンへ〈交渉に〉赴いたまま行方知れず、四席火精導師トープランは
この地を襲った〈ナイカ〉人体発火という奇病の影響を受け…さすがに自身まで
火精に蒔かれて燃えてしまうという異常事態までは免れたものの…身を苛む高熱に
浮かされて、この緊急事態に対処することすら叶いません
更に言うなら、次席水精導師の代理に当たる水精教導…現時点では事実上、水精局の
トップの任にある筈のシェノーラさえも、現時点では行方不明という体たらくなのです
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大講堂の回廊を通り過ぎた先にある地精局は…いわばニザーミアの〈心臓部〉とでも言うべき部局なのですが、その割に建物自体は(豪壮ではあるけれど)小ぢんまりした印象さえ与えます。
実際問題、最大の所属人員を抱える火精局に比べて、規模的には10分の1。
所属する地精師は(トップおよび補佐の教導格を加えても)その数は10人強という陣容にしかすぎません。
正門玄関を過ぎると、すぐその先は会議室。
実は、これまで本編でも幾度となく開催さてきた例の〈悪巧み?〉精霊導師たちの会議も、すべてこの場で執り行われてきました。
この場に同席したことのあるガブニードス…ニザーミア流の呼称で名乗るなら〈ガストニーフ技官〉ということになりますが…彼を除けば、乗り込んで来た他のメンバーはもちろん、この会議室に足を踏み入れるのは初体験です。
そして、階上には首席導師の執務室がありますが…実はこの部屋には(ガブニードスは別格として)他の精霊導師も事実上、立ち入ることは許されません。
回廊を地精局へ向かう最中、何やら異様な空気感に気圧されていたチェニイ、そしてミリアまでが、奇妙な感覚に捕らわれています。
ここは腹を据えてかからなきゃ…チェニイは呼吸を整えて考えました。
…けれど、考えを整理しようと思うと、実は奇妙なことに思い当たるのです。
〈けど待てよ。よく考えてみたらオレがここへ足を向ける意味って、何なんだ?〉
突然ラッツークを襲った、狂暴な飛蝗ミージェ虫の大群。そして避難場所に飛び込んできたニザーミアからの使者・ラクーナ水精師。
〈勢いにほだされ、オレたちは特攻駆けてニザーミアへやって来たけど…考えてみたら、オレ自身に何か役に立つことって…あるのか?〉
実はミリアに関しては、何やら並々ならぬ使命感を抱えている様子も見て取れますが…ちなみにそれが何なのか分かりませんが…二人とも、立ち位置としてはニザーミアから逃げ出してきた〈逃亡者〉なのです。
〈わざわざニザーミアの親玉と対面して、何を話すんだ?『先日は使徒として召喚されたのに、イキナリ癇癪おこしてトンヅラしちゃった、ゴメンね。頂いた宝玉キューブはお返しするから、それでカンベンしてよ、てへペロ♪』とでも、頭を下げて謝るか?』〉
チェニイには(そもそも使徒召喚に関しては、身に覚えが全くない分だけ)悪いことをしたという感覚も皆無だから、そんな謝罪をする気はさらさらないのですが、それを別にして彼自身が舌を出しつつ、親玉オービス首席導師と相対している自分の姿を一瞬でも想像すると、つい口元には笑いが浮かんでしまいます。
傍らに控えていたガブニードスはそれを見咎めて、小さく咳ばらいをしました。
〈こんな所まで来て、なに不謹慎なことを考えてるんですか!?〉
〈だって、つい想像しちまったんだもん、しょうがないじゃないか!〉
会議室には中央に、テーブルを挟んで4つの席が設えてあります。
それに、手前にも二つ。
おそらく四人の精霊導師と…手前のは、随行員の席なのでしょう。
そして一番奥、巨大な窓の手前で、こちらを向いて立っているのが、このニザーミアの主ともいうべき首席オービス・ブラン精霊導師その人でした。
「チェニイ君だね。ラッツークから、大変な危険を顧みずニザーミアまでいらして下さって…本当に感謝する」
オービス首席は、会議室へ足を踏み入れた一向に対して、窓からつかつかと歩み寄って来たかと思うと、深々と頭を下げました。
え? その姿勢に一瞬息を呑み、戸惑ってしまう一行でした。
「それに君は…ミリア斎宮様だね。大切なジュレーンからの賓客に対して、長きにわたって無礼を働いたことを、この場を借りて深くお詫びする、許してくれたまえ」
「そ…そんな…勿体ないお言葉です…」
ミリアもまた、突然のオービスから発せられた謝罪の言葉にどう返していいのか分からず、思わず口ごもってしまいました。
そんなやり取りを最後方で眺めつつ、狼狽えてしまったのはラクーナ水精師です。
「ラクーナ、よくぞ危険な任務をやり遂げてくれた、ありがとう」
「…いえ…私は…ただ、ふもとまで…走っただけですから…」
「それが大変な仕事だったのだよ」
オービス首席は、そう言って彼女に微笑みかけました。
「そうだ、君にもきちんと紹介しておこう」
首席は、ヨールテ親方にも向き直ります。
「ラッツークのヨールテ親方は…存じ上げているね。この度は、本当に決死の覚悟で君を含めて、このメンバーをラッツークまで送り届けてくれた功労者だ」
「いやあ…首席様にはホントに、いっつもお世話になっておりますけぇ…」
親方は、こういう場ではなんとも委縮してしまうばかりです。
「それにラクーナ…このチェニイ君のことは…存じているのかな?」
「え?…はあ…その…」
ラクーナは、戸惑いを隠せません。ラッツークでミリアと一緒に出会ったときから、この子はニザーミアの関係者であろう、とは察しがついていました。なんか着古してボロボロで汚れていはいるけれど、よく見るとニザーミア学府院の精霊師見習いの僧服だし…ひょっとしたら学府院から逃げ出した見習いさんかしら? 顔に見覚えはないけど、学府院出身という縁もあって、ミリア様の下僕を引き受けてる…のかな?
でもなんか、ラッツークではナントカ名人、とか言われてるのも聞いたから…随分と偉いサンに出世してるのね、まだ若いのに。
「何をキョロキョロしてるんだね。彼は先日、このニザーミアに召喚されたチェニイ・ファルス…使徒様だよ」
「…え…ええ…えええええぇ~~!?」
ラクーナは目を剝き、絶句するしかありません。
そして一方のチェニイですが…実はここで再び、不思議な感覚に捕らわれていました。
〈ファルス〉という忌み言葉がオービス首席の口から告げられたというのに、なぜか彼の逆鱗に触れて逆上するどころか、妙に平静な気持ちで受け止められたのです。
チェニイ様も時を経て大人になったのでしょうか。いえ、そうではありませんでした。
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ラクーナは、チェニイの立ち位置を知って驚愕!
…けどラッツークでの状況を考えたら、薄々気づいてもよさそうな
ものですけど
ついでにこの場でオービス首席の言葉によって、ラッツークの
ヨールテ親方にも、チェニイの正体が暴露されることになりました…けど
その割に、彼の反応は淡白そのものなんですよね
実際、ヨールテ親方にしても、先日にスクルー族のコンボイが竪坑町に
到着する前あたりから、薄々「このガキ、只者じゃねえのぉ」的な予感は
あったのです。
要は単純にこの人は(グード・ゴブリン族特有の性分というか)そういう
身分立場上下関係…には、ほとんど興味がないというだけのことでしょう
次回に続きます
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