048 ところでココはどこ ワタシは誰?
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ニザーミア学府院の4精霊局でも、筆頭に君臨するのが
地精局であり(だからこそ、そのトップが首席精霊導師の座に
君臨するワケなのですが)実は地精師の総数は十名にも満たず、
「地精」を司る…と一言で言っても、いわばザネル異界中に
張り巡らされた〈地脈〉を正しく管理し、大地に根差し蔓延る
不整脈を取り除き清めるという〈御柱御祀〉を司る、かなり
宗教儀礼がかった役割を、主に担っています
…
だからこそ、この異界創生の時代に建立された〈ガブニードスの塔〉と
そこに鎮座している古代機械〈ダール・グレン〉を正常に管理する
重責も、また彼らの任務なのです
…その管理業務の中核を、NUA公社が担っている、という
実情には、この際あえて目を瞑るとしても…
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ニザーミア学府院への到着早々、ミージェ虫襲撃とは異なる、さらに面倒な火精暴走である〈ナイカ〉平たく言えば〈人体発火〉による惨劇を目の当たりにして、すっかり気圧されしてしまったチェニイ一行ですが、そのお陰で実のところ、チェニイが最初にこの異界に召喚されたドタバタ騒動のトラウマを、しばし記憶の彼方から追いやることには成功していたのです。
けれど、結局はニザーミアのトップである首席精霊導師オービス・ブランの待つ地精局…ここは正門から続く火精局の先にある大講堂…さらにその奥に位置しているのですが、さすがにチェニイも、講堂の中心部の玉座(のようなオブジェ、と彼は認識したのですが)を見渡すと、ここで大暴れした苦い記憶が蘇って来ます。
あのとき、天井から差し込んでいた燦燦と輝く燭光も今はなく、ミージェ虫襲撃の余韻なのか、講堂の随所が破壊されています。
一同は惨劇の傷跡に空気も重く、押し黙って講堂脇に続く回廊を先に進みました。
〈あ…ここは…最初にガブニードスと鉢合わせ…つか激突した廊下じゃないか〉
チェニイは、思わずその場で立ち止まりました。
〈ムチャクチャに走って逃げたと感じてたけど、実は正門から外へ逃げたんじゃなく、単純に講堂周辺をグルグル回ってただけだったんだ〉
そして、ズキズキ痛む頭を抱えて立ち上がると、そこに立っていた〈クソ生意気そうな少年〉のことも思い出しました。正体は、巨大な鏡に映っていたチェニイ自身の姿だったのですが。
…
〈姿形はあのときと少しも変っちゃいねえな…当たり前だけど。ま、髪がちょっと伸びて、顔が煤けたくらいか。でも…〉
ここで不意にチェニイは、自らの姿を眺めつつ、あの時に感じたのと同じ妙な〈離人感〉に囚われました。
〈それにしても改めて思うけど…コイツ、何者なんだろう? いや違う、コイツはオレ自身か…けど、オレはそれとは別に、ココに立っている、とすれば、コイツは誰なんだ? いや、でもココにいるのはオレじゃない、けどここでオレを眺めているオレは…〉
再び、グルグルとチェニイは思考の迷路に嵌りかけています。
「チエニイ! どうしたの? 鏡に向かって妙なこと始めて…自分に見とれるほど、イケメンだって思ってるワケ?」
「あ、いやぁ…そうじゃ…ないんだけど」
ミリアの声で、はっと我に返ったチェニイでしたが。
「ここから、まっすぐ廊下を進めば、その先は地精棟ですから。もうすぐです」
重苦しい雰囲気を和ませようとしたのか、先導しているラクーナ水精師が、ミリアにも声を掛けました。
「本来でしたらミリア様には、水精局と水精宮にもご案内差し上げたいのですけど…なにせニザーミア全体がこんな有様ですし、それに私の上司であるシェノーラ水精教導も、今は御不在なので…。あ、そういえば」
ラクーナは、思い出したかのように付け加えました。
「ミリア様が、ジュレーンの斎宮様として此処へお渡りなさった頃は、まだ次席水霊導師のニキータ・デイーボックス様も水精局に在籍なすってましたよね。たしか姐様は、姫様から直にジュレーン市長の信任状もお受けになった、と私も記憶してますし…」
「そう…だったかしら…」
ミリアは曖昧な返答を返すしかありませんでした。
実を言うと、ミリアにはそのあたりの記憶が曖昧なのです。大都ジュレーンからニザーミアに斎宮を派遣する(建前は留学ですが)というのは外交上かなりの重要な儀礼なので、そうそう簡単に忘れてしまうものではないのですが。
と、もろもろの思い出を整理するうちに、なぜかミリア自身の記憶はあちこちに、綻びがあるのに気づきました。
このニザーミアの水精宮で〈水垢離の業〉を閏八月の過越し大祭を前に営んでいたとき、ミリアは突然、精霊を喪失した…。
彼女は人事不省に陥って、目覚めたとき「ここは、私のいるべき場所ではない!」という強烈な暗示を受けて、学府院から逃走した…。
〈けれど、なぜ見ず知らずの、それもかなりヤバげな…NUAから派遣された技師なんかに、あたしは救いを求めたんだろう? ラクーナがいう【ニキータ次席水精導師】サマの導きに従って逃げ出した…? のかしら、思い出せない!〉
地精棟へ歩を進めながら、にわかに不安な表情になってしまったミリアを眺めつつ、肩に乗っかっていたトト・サンダユウは心配そうにミュウ…と哀しげに鳴きます。
〈そういえば【あたしの可愛いお友達】トト・サンダユウ……って言ったけど、……このコとアタシって、どこで出会ったんだっけ? 思い出せない…元々、誰かのペットを…譲り受けたんじゃなかったかな?〉
ミリアの記憶の片隅に、妙な会話の断片だけが蘇って来ました。
〈ねえ××××様、このコをアタシに下さいな〉
〈チェムナ族って、アナタに扱えるかしら? こう見えてかなり性格は狂暴なのよ〉
〈大丈夫ですよ、だってこのコ、こんなに懐いてるんですもの〉
〈そういえば…珍しいこともあるものね…滅多に人には愛想なんて見せないのに〉
〈でしょでしょ!…名前も決めたの。アナタはトト。今日からトト・サンダユウよ〉
…
けれど会話の相手は誰だったのか、肝心な相手の表情だけが、霧に包まれているよう感じで、脳裏に浮かび上がってこないのです。
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ニザーミア学府院に漂う瘴気が、そうさせたのでしょうか
チェニイも、そしてミリアまでもが、
どういうワケか、妙な離人症やら疑似記憶喪失にかかって
しまったようです
この先には地精棟、首席地精導師のオービス・ブランが
待ち構えているというのに
こうなるとニザーミアの親玉って、まるで
サウス・クオータの大魔王ゼイゴス並みにヤバい人物の
ような気さえしてきますけど!
次回に続きます
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