047 学府院じゃナイカ
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ミージェ虫が大量発生…という〈飛蝗=ヒコウ〉騒ぎの中を、
決死の思いでニザーミアからやって来た水精師ラクーナ!
彼女の口から学府院の惨状を聞かされ、さらにミリアの考案による
〈スパイス塗り付け大作戦〉で道中の安全を確保された一同は、
ミージェ虫の雲霞をかいくぐり、ニザーミア学府院を目指して
突入を決行します
……
と、一同の決意だけは旺盛なのですが、よく考えてみたら、
チェニイは学府院への召喚目的を蹴飛ばし、渡された〈キューブ〉だけ
持ち逃げしたとんでもない〈元使徒サマ〉だし、
同じくミリアにしても、かつて留学した水精局から突然トンヅラした
ジュレーンの斎宮サマなのですから、
ニザーミア側からすると、全くの〈招かれざる客〉なのです
さらに、血気盛んなヨールテ親方とか
便乗してミリアの肩にちょこんと乗ってるサンダユウに至っては
…危険犯してニザーミアまで、何しに行くんでしょうね?…
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ミリアの珍妙なスパイス大作戦は、まさに大当たり!
ラッツークからニザーミア学府院まで通じる坂道に集っていたミージェ虫の大群は、まるで潮が一斉に引くように左右に分かれます。
なんか、大昔の〈海峡から海が引いて道が生まれる〉ナニかの伝説を思い浮かべるところですが、如何せんここは異界ザネルですから、そんなシーンを連想する者はいません。
「なんかニザーミアから、妙なケムリが出てないか? それに、ヘンな匂いもするき」
坂を見上げた親方が、ボソリと呟きました。
たしかに(さすがに件の尖塔から吹き出していたヤーマの灯は沈静化しているようですが)それに代わって、学府院の正面側の建物のあちこちから、ぶすぶすと幾筋もの煙と共に、嫌な匂いが立ちこめています。
ただ、これに鋭く気づいたのはヨールテだけで、ほかのメンバーは(くんくん、鼻を鳴らしているサンダユウを除けば)スパイスの強烈な臭気に鼻はやられて感じません。
それに…開け放たれた正門をくぐっても、誰一人として一同をとがめだてする者も出てこないのです。なので、この怪しい不審者ご一行様はフリーパスで学院に侵入できました。
「妙だな…静かすぎる」
沈黙を破って、そう呟いたのはガブニードスでした。
「いつもなら衛士が常時、正面正門に張り付いているのですが」
学府院は中庭の先、正面玄関を挟んで向かい側には学府院で一番大きな火精局が建っています。実はここが学府院最大の人員を擁する部局で(といっても、精霊師の数は見習いを含めても百人そこそこですが)、右手には水精局と水精堂、左手に風精局、正面奥に大講堂、さらにその奥には一番権威の高い地精局…と続きます。
そしてその奥はシェラ半島突端へと続き、例の騒動を起こした元凶ガブニードス・タワーが、岬の突端にそびえています。
〈おーい、誰かいないのか!〉
と、メンバーの誰かが大声を上げたいところなのですが、それすら憚られるような重い空気が、周囲に漂っているのです。
「とにかく、先へ進みましょう」
小声で、ガブニードスがみんなに告げました。
ここで突っ立っていてもラチが開かない。ともかくまず、妙なケムリの元凶から確認しないと。
火精局正面玄関は吹き抜けの鐘楼になっていて、煙はその先から漂っているのです。
親方が先頭に立ち、進むとその先にも小さな中庭があり、奥手には何やら、人らしき塊が数人分でしょうか…横たわっています。臙脂色の制服から推測すると、火精師です。
そして、煙はそこから漂ってきているのです。
さらに良く見ると傍らには…やはり火精師ですね、見習いさんでしょうか…が蹲っているのが分かります。
「どしたん、何やっとんじゃアンタ? こんなとこで」
意を決して語りかけたのはヨールテ親方でした。
「たた…助けて…助けてください…」
震えながら、いきなり縋り付いてきたのは、まだ年若の少年です。
「オマエもミージェに襲われたんか。この学校の連中も?」
「そうじゃなくて…ムシはけっこう飛んできたけど…燃えたんです…いきなり…」
「?? ナニ抜かしよんじゃ、自分は…?」
彼の譫言は意味がさっぱり分からず、親方は頭を捻るしかありません。
「だからボク…いつもの火精師教練で…指導教官と一緒に、そこの教導棟の窯で…冶金鍛錬を…」
途切れとぎれに、この見習い火精師は語りました。
そう、ニザーミアで一番大きな建造物を有しているのも、精霊師の人数が多いのも、火精師たちがいわばノース・クオータにおける最大の〈実務〉集団だからなのです。
彼らは北の大陸における熟練工芸者であり、学府院で冶金や工業技術を文字通り〈その身体で学び〉、再び大陸中に戻っていきます。
教導棟はいわばその技術習得のための術を鍛える訓練場、といったところです。ニザーミアを…特に火精師たちが…〈魔法学校〉呼ばわりされるのを嫌がる理由も、奇怪な魔術や呪文を振りかざすイカサマ師と同一視されたくないという、彼らなりのプライドなのでしょう。けれど、結果的にその身に刻んだ火精は、それを好んで狂暴化するミージェ虫を集め、さらに…火精師たちに残酷な結果をもたらすことになるのです。
「外からいきなり…ミージェ虫が飛来してきて…ボクらは、追い払おうとしたんだけど…そのうち教導様が突然…恐ろしい悲鳴を…叫び出して…」
ここで、恐ろしいことを思い出したかのように彼は〈ひいっ!〉と小さな悲鳴を上げ、頭を抱えました。
「教導様が…外へ飛び出したかと思うと、いきなり口と鼻から…け…煙を吹いて…!」
その結末が、中庭に転がっている、黒焦げの遺体だということなのでしょう。
「ボクら、一生懸命…救おうとしたんです! みんなで水を掛けたり、噴き出した炎を消そうとしたり…でも、何の効果もなくて…そのうち、教導様は炎に包まれて…」
少年火精師は、そこまで言うと、さらに激しく咳き込み始めました。
「もうええ、事情は分かった。これ以上話すと、自分の体にも障るけん」
顔を上げて、親方はガブニードスの顔を見上げます。
〈こりゃ一体、どういうこっちゃ? ワシゃ、ワケがわからん〉
「考えられるのは…ナイカ…ですね」
ガブニードスの言葉に、ふたたび一同はキョトン、とした表情をするしかありません。
「何なの? それ?」
「まあ、分かりやすく言うと内火、つまり〈人体発火〉です。火精師の…しかも精霊特性が特に際立って顕著でしかも制御が効かない場合、あるいは術が未熟な場合、自らの火精が暴走して最悪の場合、自分自身を滅ぼしてしまう」
「そ、そんな…恐ろしい…」
ラクーナは思わず顔を覆いました。
「通常そんなことは起こりえないのですが…今回はカイン・マートの覚醒で、精霊素の直撃を浴びてしまったニザーミアで、犠牲者が出てしまったのですね」
「どうやら、この不幸な火精導師のほかにも、被害は出ているようですね」
追い打ちをかけるように、ガブニードスは告げました。先ほど遠くから垣間見たニザーミアの惨状。立ち上っていた煙から推測すると、その数は決して少なくないようです。
「どうするんだ、ガブニードス? この場合は…?」
「まずは、オービス首席に会うことが先決でしょう。やみくもに学府院中を歩き回って状況を確認したところで、大して役に立たないでしょう」
それに、ミリアの〈対ミージェ虫特別作戦〉にしても然り。
彼女が持っている〈ジュレーン特製のムシ撃退スパイス〉の量では、ここの火精師たちをミージェ虫から守るには足りなすぎる。
〈だったら、まずは、ここの親玉と会うのが先決だろう〉
チェニイにも、ガブニードスの言っていることは正論だ、と分かっています。
ただ、彼の立場で考えたら、それはそれで…かなり気が重いことではあるのです。なにせ、彼がニザーミアで体験した…というよりさせられた…ことが〈アレ〉だったのですから。
思わず、チェニイは傍らのミリアに顔を向けました。
ミリアと言えば…チェニイに目線を向け、断固とした決意を示しています
〈ココまで来て、ビビってる場合じゃないでしょ? 行きましょ、チェニイ!〉
〈誰がビビってるって? 冗談じゃねえ! さあ行くぞ〉
二人のアイコンタクトは、幸いにして他のメンバーには伝わりませんでした。
ミリアの肩に止まって、キキキ…と嗤っているサンダユウは別格です。
〈ミリアの前で、ムリしてカッコつけてんぢゃねえよ〉
サンダユウが(チェニイにだけ)こっそり告げたかったのは、そういうことでしょう。
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ニザーミア学府院の首席導師オービス・ブランは、
ガブニードス(NUAから派遣されたガストニーフ技官)とは
何かと気脈を通じている人物のようですが…言っては何だけれど、
イマイチ掴みどころのない人物のように思えます
なにせ、陰謀を好む火精導師トープランのシナリオ、
サウス・クオータの大魔王ゼイゴスによるノース侵攻、なんて
狂言に乗っかって、ファルス使徒様召喚を認めたような
責任者なのですから
…さて、ハラを括ったチェニイ君とはこの先、どのような対決と
なりますやら…?
次回に続きます
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