046 スパイスって××よけにもなるのよ
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ミージェ虫が大量発生…という〈飛蝗=ヒコウ〉騒ぎの中を、
決死の思いでニザーミア学府院から、ラッツークの竪坑まで
ガブニードスの助けを求め、駆け込んできた水精師ラクーナ!
なぜ彼女だけ虫たちに齧られることもなく、無事で済んだのかは
不明ですが、それは置いといて
彼女は、この町で謎の(?)スコップ英雄少年(実はチェニイ)遭遇や、
元斎宮ミリアと驚愕の再会を果たし大感激!
…
要は、ニザーミア入府の少女時代(いまでも大して変わりませんが)、
憧れの的だったお姫様と出会って、すっかり舞い上がってしまった、
の図です
…けど、置かれてる事態は、まさにそれどころぢゃないのですけど!
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「ミリア様は、ど、どうしてニザーミアからあのとき、突然に出奔なさったのですか? いまの…今まで、このラッツークに…目と鼻の先の、このラッツークに…お隠れになっておられたのですか? なぜ、なぜ…!?」
まさに掴みかからんばかりの勢いで、ラクーナはミリアに問い質します。
〈しまったぁ! つい勢いで、素直に名乗っちゃったよ…どうしよ?〉
一旦出したものは引っ込みがつかない! ミリアはラクーナ水精師から目線を逸らし、無言のまま押し黙ります。
〈チェニイ、助けて!〉
と、横目で訴えかけるのですが、こればかりは彼にも、如何ともしがたいところで。
「ラクーナ水精師。お話を割って申し訳ないのですが、今はそれを吟味してる時ではないでしょう?」
ここでやっと、ガブニードスが割って入りました。
「え、ええでも…それは…」
「それよりまず、危機に陥ったニザーミアへどうやって戻るかを相談するのが先決でしょう。あなたの仰る通りなら、ことは緊急を要します」
「あ、は、はい…」
ようやく、ラクーナの興奮も収まったようです。
問題は、ラッツークからニザーミア学府院に通じる一本道…およそ3キロメルトの道中、ミージェ虫の大群が待ち構えていることです。竪坑付近の様子から考えると…現在は頑丈な建物に退避しているからいいものの…確実に虫の群れは襲い掛かってくるでしょう。
死ぬほどのダメージはないかもしれないけれど。
「なにか…甲冑とか…そういう防具は準備してないのか? この竪坑町には」
チェニイはふと思いついて尋ねますが、ヨールテ親方は〈そんなモンあるかい〉と言わんばかりに首を振るだけです。
「第一そんなもん、坑道の中でナニに使うちゅうんじゃ?」
となると後は、いったん虫たちの群れが、よそへ移動するのを待つしかないのか。一同は、頭を抱えました。
と、ここで親方はふと気づいてニザーミアから来た精霊師に尋ねました。
「ところで、精霊師の姐ちゃん、アンタはなんで道中、虫に噛まれなんだんじゃ?」
ラクーナも、それに関しては巧く答えられません。
「分かりません…本当になぜか、虫たちは私に全然、寄ってこなかったんです。自分でも不思議なんだけど…だから、ここへの道中は何事もなく降りてこられて…」
ここでガブニードスは、ふと思い当たるフシがあって呟きました。
「…ひょっとしたら、精霊属性に関係あるんじゃないんですか?」
「????」
一同、頭を捻ります。
「ラクーナさんは水精師じゃないですか。仮に、火の属性を持っている住人が多いこのラッツークだから、ミージェたちが集ってきたとしたら、あなたにだけは寄り付かない…」
… ………
「なるほどぉ~~」
言われてみると、確かに筋は立ってるな、と一同納得…けれど、チェニイだけは何のことやら、と相変わらず首を捻ったまま納得いきません。
「チェニイ、あなた…最初にこの町へ来た時、ミージェ虫のシチュウを食べさせられたことを覚えてない?」
ここでミリアが語りかけました。
それはチェニイとミリア、最初の出会いの記憶。
ミリアが重たい寸胴にシチュウを一杯抱えて、時計塔の坂を下りて来た、あの時です。
「そういやあの石パン、やたらと硬かったよな。歯が欠けるかと思った。それにシチュウの中身にミージェ虫の羽根が混じっててビビった」
「ソコじゃなくて! 最初あなたは食事の作法が分かんなくて、石パンを冷たいシチュウに浸したまま、ガリガリ齧ってたでしょ?」
これでチェニイは思い出しました。
一緒に食事をしたヨールテ親方は、シチュウに手をかざしたところ、しばらくして碗から湯気が沸き立ってきて、彼は旨そうに鏨でパンごと掬い取って食べていたのです。ラッツークの主な住人たち、グード=ゴブリン族は先天的に「火」の属性を有しているのでしょう。
そしてチェニイも、それから程なくして…みんなの前で「火も起こせない能無し」さを実演させてやる! と息巻いたミリアからシチュウを手渡され、酔っ払った〈スコップ英雄〉チェニイとして、いきなり碗ごと沸騰爆発させる技を演じたのでした。
思えばあれが、チェニイの中で眠る〈キューブ〉を目覚めさせた最初のきっかけだったのでしょうが…。
でも、そうなると…チェニイはここでハタ、と疑問を抱きました。
「だったらミリアはなぜ、虫に襲われたんだ? …水精の属性を持ってるんだろ?」
例のスクルー大テントで開催されたサプライズのライブで、ミリアは驚異的な(実は、かなり危険も伴っていたのですが)水精霊の乱舞を披露してくれたのですから。
すると彼女は…あまり言いたそうではない素振りで、ぽそっ…と呟きました。
「だって、あたしは…デュアルフォースだから…」
チェニイには分かったような、分からないような説明だったのですが、結局、問題は〈ソコ〉ではありません。要するに、水属性を持たないこのメンバーは、結局ニザーミアへたどり着く前に虫たちの襲撃を免れ得ないのです。
…
暫くの沈黙あって、突然ミリアが立ち上がって叫びました。
「ちょっと待ってて! ひょっとしたら…もしかして…あ、マジでそうかも!」
ミリアはそのまま、勢い込んで冶金工廠の重い扉を開けて、外へ飛び出して行きました。外には、大量のミージェ虫が飛び回っているのに!
「なに考えちょうんじゃ、あの姫ちゃんは?」
彼女を追いかけなけりゃ、とチェニイが腰を上げると、それより機先を制したラクーナが立ち上がり、そのまま扉へと向かい…すんでのところで、戻って来たミリアと鉢合わせするところでした。
「お待たせしましたぁ! やっぱし思ってた通り!」
ミリアの顔は茶色く〈何か〉で塗りたくられ、かなり強烈な匂いを放っています。
思わず一同、鼻を摘まむほどの臭気に顔をしかめましたが…。
「コレよコレ! みんなも手足とか顔に塗ってちょうだい。これでミージェは寄り付かなくなるわ。近づくどころか、逃げ出しちゃうから」
ミリアは手に持った瓶を、みんなに向けて差し出しました。
ネタを明かせばこの〈強烈な匂いのする液体〉は〈ビストロ姫ちゃん〉食堂特製のシチュウに使ってたスパイスだったのです。
「以前ジュレーから手に入れてた、調理用スパイスなの…生のまま使うと匂いがキツくてヤバいけど、隠し味には最適なのよぉ~」
「なんでそんなモン、使お思ったんじゃ?」
「ほら、さっき艀から降りた時に、いきなり大量の虫にタカられたでしょ。なのに、時計塔小屋まで駆け上がったら、知らないうちにミージェたちは消えちゃったわ。
それにアタシの調理小屋の周辺も、それに〈ビストロ姫ちゃん〉にもね。考えつくのって、この特製スパイスの香り! ってピンと来たのよ。で、いま食堂に飛び込んで試してみたら、この通り。効果テキメン!」
「う~~む、姫ちゃん…さすがの天才じゃのぅ」
ヨールテ親方は、しきりに感心しています。
スパイスって、ザネル世界では(種族によっては)虫よけ除虫菊のような効果も持たせられるのですね。
まあ、親方が感心するほど大した思い付きか分かりませんが、ともかくこれでニザーミア学府院へ無事に戻る方法はゲットできました。
しかし一方で、ガブニードスには不吉な予感が拭い去れないのです。
カイン・マートが引き起こした災厄が、ミージェ虫の狂暴化と大量発生だけで済むとは思えない。現にこのラッツークでは、かなりの「火精霊を身体に有する」グード=ゴブリンたちが、原因不明の病で倒れているのです…まあ、ヨールテ夫妻のように特別頑健な例外は除いて…とすると、火精師たちが数多く在籍しているニザーミア学府院が、このままみんな五体満足で無事でいられるものなのだろうか、と。
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事態が急を告げる展開は続きます。
さて、ラクーナ精霊師決死の救助要請により、
ガブニードスはニザーミア学府院へと(ナリユキで)赴くことになるのですが、
…さてここで問題です…
道中、虫たちに襲われる心配はなくなったとはいえ
チェニイとミリアは、ガブニードスに同行して、はたして問題ないのでしょうか?
二人とも、いわば学府院にとっては〈札付き〉的存在なのですが…
次回に続きます
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