043 元食材はヒコウに走る?
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災厄もあっさりと去り…とほっとした気分に浸れたのは、
ひょっとするとチェニイだけだったかもしれません
いや、ミリア姫の告白を聞かされた今となっては、そんな
平安すら、彼にはゼイタクだったかも…
まずなにより、ゼイゴスの遺していった〈落とし物〉?の後始末が、
はたしてザネル世界の、少なくともノース・クオート大陸に
何をもたらしたのか、それをチェニイは、身をもって知ることに
なるのですから
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チェニイは結局、ミリアが語った内容をガブニードスには告げませんでした。というより、誰にも内緒にしておかなねばならないと誓ったのですが。けれどそれは何故なのか、彼自身にも説明できなかったのです。
二人だけのヒミツ…などという素敵な話ではなく、あえて言うならチェニイ自身がなぜ、この異界に呼び出されたのか、そしてなぜ使徒などという大層な使命を与えられてしまい、さらにそれをニベもなく蹴飛ばし、ついでに〈行き掛けの駄賃〉とばかりに、ニザーミアとかいう学府院で大暴れの末に飛び出したのか。
そして何より、なぜ記憶喪失になってしまったのか。
さらにいえば、あの精霊導師たち三人組から勝手に受け取らされた(と言うほかないでしょうが)妙な六面体キューブ…あれが勝手に起動したお陰(だと思うのだけど)で、鉱夫として放り込まれた竪坑町ラッツークでは穴掘り〈スコップ英雄〉に祭り上げられたのは何故なのか?
ミリアの告白を聞かされた後になってみると、チェニイにはその謎すべてが、ミリアの不可思議な過去とどこかで繋がっているのではないか、という疑念が拭えなくなってしまったのです。
ミリアは何かを知っているはず…。けれど、彼女自身も〈二人のミリア〉と呟いたように、その謎を隠している…というより記憶にロックが掛けられていて、取り出すことができないらしい。
それはまるで、チェニイ自身の姿そのものではないだろうか、と。
レスター島の荒野での告白から、さらに一日が経過した頃(といっても例によって天候は荒れたままですが)ようやくヨールテの親方も目を覚ましました。
「ワシもエラい目に遭うたが、姫ちゃんもたいがい、ムチャクチャな目に遭わされたのう」 さすがに頑丈だけが取り柄のヨールテだけあって、脳味噌はグラグラ煮えたぎり、鼻血に耳血が噴き出し人事不省…といった体たらくからは恢復できたようです。
ただ、親方が幸いにして目にすることがなかった…気絶していましたから…チェニイたちとゼイゴスとの決戦のやり取りを、ヨールテに語るには少々苦心させられました。
というか、三人はどう説明すればいいのか、困惑するしかなかったのです。ミリアは口を噤んで言葉もなかったし、それは〈無理もない〉と親方も理解していましたから、あえて問い詰めたりしません。
チェニイに関しては、例によって〈口止め〉されていたので発言はパス! ついでにいうとサンダユウに関しては…対象外ですねコイツは!
となると、状況説明はもっぱら、ガブニードスの役目となります。
「結局…なんじゃなぁ…あのアクマみたいな怪物、なんでわざわざレスター島へ渡って来たんじゃろ。姫ちゃんを攫うてから、ナニする気じゃったんか」
「ん~~、よう分からんが、やっぱしサウス・クオータの尖兵…手下どもが偵察にやって来たとでも考えるしかないわな」
ガブニードスも、歯切れの悪い説明に終始しました。まさか、サウスの親玉自身がイキナリ、本当にこの地に襲来したのだ、と話してやるわけにはいきませんし。
「偵察のついでにムシ獲りに来てた姫ちゃんとバッタリ出くわして、行き掛けの駄賃にエーリ誘拐でもカマしちゃろ、とか思たんか…ふーん…」
いつもの親方のクセで眉をしかめながら、しきりに彼は顎ヒゲをシゴきつつ、表情を崩しません。
ヨールテにしても、コトはそんなに単純なものではないだろう、ということは薄々、理解していました。ただ、ジモティであるグード族たちの処世訓というのか、要は〈余計な争いのネタには関わらない!〉というのが彼らのモットーでもあったのです。
ことに最近、閏八月の〈過ぎ越し祭礼〉時期からこの方、ニザーミア学府院あたりでしきりに喧伝されていた〈サウスのゼイゴス大帝によるノース・クオータ侵攻〉騒動の噂など、ラッツーク住民たちにすれば〈いつものガセネタ〉狼が来るぞ的な話題でしかなかったのです。
もっとも、ここ最近に至って学府院のナントカ塔あたりから妙なオーラが噴出したりし始めた頃から、さすがに彼らも不穏な空気は感じていたようですが。
どんよりと雲は垂れこめ、時折東寄りの不気味な風が吹くけれど件の〈ガブニードス・タワー〉の光の渦やようはく沈黙し、彼らはレスター島の舟付場からラッツークに向けて艀を出しました。行きと違って波も穏やか、小半時もあれば程なく対岸まで付きそう…と思っていたところで、沈黙していたミリアが突然、悲鳴を上げました。
「いたっ! 何か噛みついた!」
何があった!? と、一同は思わずミリアに視線を向けました。
バチン! と大音を立てたミリアは、叩いた両手を広げ、中を皆に見せました。
「…羽虫やないか…ミージェ虫かい?」
ヨールテ親方が呆れたような表情で応えます。
「なんでこんな海原まで飛んで来たんじゃ?」
ミージェ虫といえば…例の〈ビストロ姫ちゃん〉食堂で飽きるほど毎日食わされていたアイツです。シチュウの材料としては…スパイスを利かせるとそれなりに美味。中に残っている羽根がよく口の中に刺さるのが、少々面倒だけど。
「あ、痛っ! こっちにも来たぞ…こん畜生!」
次に悲鳴を上げたのはチェニイ。そして次はギャウッ! と唸りを上げたサンダユウの番となりました。
異変が起こり、この海原まで到達したのです。目を凝らすと対岸の崖の上、ラッツークの竪坑町辺りには、靄のようなものが薄く垂れこめています。
「ヒコウじゃ…ヒコウが攻めてきよったかい…?」
聞きなれない言葉に、一同は不安な表情を浮かべました。
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レスター島で、サンダユウが対岸に向けて唸っていた
〈アレ〉が、現実となったようです
ちなみに「ヒコウ」は、この世界では「飛蝗」とも記述しますが…
正確にはイナゴの大群ではなく、ザネルにおいては「ミージェ」
常態ではほぼ無害な、湖沼地帯に生息する昆虫です
というわけで次回「食材たちの逆襲」に続きます
…たぶんサブタイトルは変わると思うけど…
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