4 アドバンテージ消失!
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精霊の支配する不思議な異界「ザネル」
三人の僧侶から秘法で召喚された使徒(正体は不明)の
チェニイ・ファルス様は…ナニが気に入らなかったのか、
魔王ゼイゴス大帝、とかいう悪役退治の使命を断固拒否し、ついでに怒りに任せて
与えられた秘宝キューブを暴走させ、僧全員を意識不明の大混乱に陥れます
自身も混乱しまくったチェニイに救いの手を差し伸べたのが、ガブニードスと名乗る
これまたやたらと胡散臭い怪人…しかしチェニイには選択の余地なし…
ガブニードスに連れられ、彼は僧院(彼はここを「ニザーミア学府院」と
呼んでいますが)から逃走、ふもとにあるラッツークなる町を目指します
…なんだけど、その途中で待ち受けていたのが、これまた輪をかけて怪しげな大男
どうやらガブニードスの同志っぽいけど、両者まるで信用できない…
チェニイの不安ばっかしが募る中「ザネル」第四回スタートです
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か――ん、こ――ん!
という甲高い鐘の音で、チェニイは目を覚ましました。
いつの間に眠りについてしまったのか記憶が…途切れ途切れなのは、昨日あまりにも衝撃的な出来事が続いて、神経をすっかり消耗したせいでしょう。
「あー目覚めたら現実に戻った! いや、ひっでー夢だったな。オレが使徒サマとか呼ばれて召喚とか食らって、勢いで全員ブッ倒したと思ったら、今度はメチャクチャ怪しい坊主に拉致され連れ出された。出来の悪いドラマの主人公なんて、悪夢の中だろうと決して演じるモンじゃないよなマジで…って…ところでここはどこだ?」
チェニイが目を凝らすと、そこは狭苦しく薄汚い寝室、ベッドの上。
薄闇の中、そろそろと手探りで戸口に向かうと、その先には岬から広々とした海原の光景が広がっていました。そして、かなり濃紺に彩られた空…左手には遠く、薄闇の中に浮かび上がる建物のシルエット。あれはガブ…ナンタラとかいう坊主が「ニザーミア」とか呼んでいた、自分が騒動を起こしてトンヅラしてきた僧院じゃないか。
〈…ってことは…まだオレは、夢から覚めずに「こんなとこ」に留まってるのか…〉
終わらない悪夢にがっくりうなだれたチェニイに、背後から突然、声がかかります。
「よ、坊主、目ぇ覚めたんか」
ぎょっ! と背中に悪寒が走り、思わず振り向くとそこには、昨夜…だと思うけど…薄暗闇の中、坂の下で手を振っていたあの大男(だと思う、コイツ)が立っていました。
「お、オマエは誰だ!?」
「おーおー、匿ってもろて寝床まで貸したった恩人様に向こて、第一声がそれかい。そもそも人様に名前聞くんやったら…オノレから先に名乗るのが筋っつうもんじゃ。ま、ニザーミアじゃあんまし、ええ教育受けとらんらしの、坊主。んで自分、名前は?」
「……ちぇ…チェニイ…とか、いうらしい…」
威圧するようなドスの効いた大男の声に気圧され、思わずチェニイは腰砕けになりました。…ところで本当に自分の名前って〈チェニイ〉でいいのかな。ナリユキで名乗ったけど。
「はあ? なに言うとんじゃ自分は…」
チェニイの返答に、今度は大男の方が困惑する番でした。
このガキの処遇をどうしたもんか、とでも言いたげに頭をぼりぼりと掻き、長くカールした髭をしごきながら、不審そうな目でチェニイを眺めながら、鬍ヅラはようやく言葉を継ぎました。
「ワシはヨールテ。グード族のヨールテ。ラッツークでは司巫儀の番人をやっとるで」
「シフギのバンニン? って…何のことだ?」
「何じゃい!? ニザーミア学府院じゃ、ほんなこつも教えたらんのんか? マジナイとか証文暗唱とか、頭デッカチで役ン立たん技ばっか精出しとっから、肝心の一般常識っつうヤツが疎くなるんじゃ。のう、ちょーこっち来てみぃ!」
ヨールテと名乗る大男は有無を言わさずチェニイの腕をとり、崖の背後に立つ小屋へと引っ張っていきます。このあたりの所作はガブニードスとそっくりだ…チェニイは心の中で舌打ちしました。
昨夜は暗くてよく注意して見てなかったけれど…まあ、暗さにかけては今でも(なぜか)変わらないけど…小屋は二階建てになっていて、下がチェニイの寝ていた居住スペースで、外階段を上がった二階の方が広々とした機械のスペース。しかも屋根を突き破った妙な機械が、かなり上まで伸びています。
…なんかこう…風車小屋と時計塔が合体したような作りだな。なぜかチェニイには、そんなイメージが脳裏に浮かびました。
グード族のヨールテ、と名乗った大男は階段を軋ませながら先に立って上り、チェニイを手招きしました。あんまり気乗りしないけど、チェニイも続きます。
ギギギ…と二階の観音開き扉をあけ放つと、そこは下の狭苦しいフロアとは全く違って、かなり広い機械室になっていました。奇妙な仕掛けが、ゆっくりと…妙な回転をしながら、しかもカコン・カコンと、かすかな音を立てながら運動しています。
「プラネタリウムの…化け物…?」
チェニイの脳裏に、またしても奇妙なイメージが浮かびます。
確かにそれは、一見するとプラネタリウムの投影機にも少し似ています。大小取り交ぜた複数の球体とカムシャフトがそれぞれ独自にゆったり回転しながら、複雑に連動している。ただそれは光をドームに投影するためではなく何か別の目的に供されているっぽい。…実はそれが複雑な軌道計算と制御のデバイスと後に彼は知るのですが…。
「これ…ナニするための機械なんだ?」
「詳しいカラクリはワシにもよう分からん。昔はいろんな使い途があったらしいがの、いまはラッツークの町に時刻を告げとる、だから、時計塔代わりに使とる」
〈そうか、オレがさっき起こされたのは、こいつが上で大音を鳴らしたからか〉
「あ、そういえば今はいつ…えと…何刻なんだ? かなり長いこと眠ってしまったから。それにガブ…ニーフォも、どこ行ったのか…見かけないし」
「ガブニードスじゃろ、世話ンなった人の名前間違えたらいかんで。ガブやんはきっと今頃、いったんニザーミアの寺に戻っとるで。何か急なカタヅケ事がある、ちゅうてな」
カタヅケ…何となく内容は想像つくけど、チェニイは再び気が重くなりました。それにしてもアイツ、そんな名前だったっけ?
「ま…まあ、オレも長いこと意識なくしてたからな…機械の鐘音でようやく目が覚めたけど。空の様子からしたら、丸一日くらい眠りこけてたのかな」
「何言うとんの、自分。大イビキかいて眠っとったんは、ほんの5、6刻だて」
「はあ!? たったそんだけ?」
「自分がさっき聞いたいうンは、そりゃ朝の鐘だで」
〈いまが朝だって? どういうことなんだろう…東の空は、さっきからほとんど変わってないぞ。相変わらず…というか、先ほどより、漆黒の度合いは濃くなっているくらいだ。しかも崖上の西の空は、相変わらず鮮やかな夕暮れ、夕焼け空が広がっている〉
6時間たった後も、ほとんど空の様子は変化していない。
「だって空は…さっきと…一緒じゃないか」
「ほりゃそうじゃ。ラッツークやニザーミアの寺は、かなり高緯度にあるからの。夜もそんなに暗くならんし…って坊主…自分いままでミザーミアの寺におったんと違うんか? そういや自分、どこの村の出身なん?」
〈いや、そうじゃなくて…話が微妙にかみ合っていないんだ〉
ヨールテはさっき鳴ったのは「朝の鐘」だと言っていた。だけど緯度経度には関係なく「夕焼け空で朝を迎える」こと自体が珍妙な現象だろ?
少なくとも世界では。
〈いや待てよ、ここは「世界」とは、そのあたりのルールそのものが違うのか?〉
再び困惑して固まったチェニイを眺めながら
「なんじゃい自分、オノレの出身地さえ、よう言わんのか?」
と、ヨールテは畳みかけるように尋ねてきました。
「いや…オレはその…ええと…」
ここで、いま初めて、チェニイは…いや「使徒チェニィ・ファルス様」とか呼ばれた自分自身に起こった重大事に気づくのでした。気づくのがかなり遅いけど。
「俺はそもそも今まで、どこの何様だったっけ?」と。
ニザーミア学府院とかいう寺の大講堂に「召喚」されて、聞いたこともない名前で呼ばれて、魔王退治なんて妙な使命を押し付けられて…ブチ切れて…騒動を起こして逃げ出して、んで事ここに至る、と。
〈まあ、召喚されたなんて事件そのものが人生初の体験なんだから、ブチ切れて騒ぎを起こしたこと自体は、それはそれでやむを得ない…よな…とか思ってたけど。
けどそれ以前に元の自分自身の記憶まで、キレイさっぱり消えているじゃないか!〉
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常識的には…まあ何が常識なの怪しいけど…異界へ
「召喚」されたケースでは、あるいは「転生」した場合も同じですが、大方
前世の記憶は持ち越してくるのが通例です。
そうでないと、異世界で大活躍するための「チートor無双」フラッグも
立たず、豊富な経験値(人生やり直し含む)というアドバンテージも全く
なくなってしまいます、たとえ本人が最強アーティファクトを装備していても。
いわばチェニイ(ファルス?)様の場合、ネコにマタタビ…ちょっと違う…
「ブタに真珠」の秘宝を持ち逃げして、しかも
究極魔王退治という大任まで押し付けられ(それは本人が一発でキャンセルしたけど)
結局ナニをしていいのか皆目わからないまま、異界へ放り出されたワケです
けどまあ、幸い彼には頼りになる〈仲間〉がついてます…!?
この先も心配ご無用。GOGO! 最強英雄チェニイ様…って、
現状、そういう想定で物語進行をご理解ください
…マトモに考えたら到底信じられないでしょうが…
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします