033 オレにも出番よこせ!
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時間感覚も一種の肌感覚ですから、同じ時間なのに長くなったり短くなったりします。バイトの上り時間はやたらと遅くなったり、※※※※※はあっという間に終わっちまったり…誰しも経験したでしょう。
本編でいえばニザーミアを出て、ラッツークの竪坑町へと駆け下りていくガストニーフ技官…いや、学府院での職務を外れてるから今の状況だとガブニードスでいいのか…不吉な予感に囚われている彼にとって、僅か3キロメルトの距離はやたら長く、駆け下る歩測は、まるでカメの歩みのように感じていることでしょう
…けれど、彼が急ごうとどうしようと、時すでにお寿司なのですが
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南へ下る学府院の大正門でいったん足を止めて、チラリとガブニードスは振り返りました。背後の坂には遠く、大講堂の彼方に垣間見える〈ガブニードス・タワー〉の頂上から、不吉な光が点々と中空に舞い上がり、大気と接触してチラ・チラと輝き出しています。
…ここまでヤーマの散布濃度が上昇すると、精霊師でなくても怪異は感じるだろうよ…
焦燥感に駆られたガブニードスは両脚の補助装身具を目一杯とばし、坂を駆け下ります。
さてその頃、ラッツークの竪坑では…。
このフリでお話を始めるのはこれで三回目ですが、なんか妙に話の進みが鈍いんです、ここへ来て。
例によってこの異界では昼夜の進みも鈍いので、昼がずっとと続いてる気分なのだけど「メシ時お昼休み」は先ほどから6時間も経過しているのです。やがて(チェニイがずっと居候し続けている)西の崖下に建つ「時計塔」からは、竪坑の終業時刻を告げる甲高い音が鳴り響いて参りました。
結局本日も終日、開店休業でしたけど…俗にいう「毎日が日曜日」ってヤツ…けれど竪坑入口「ビストロ姫ちゃん」でたむろしている面々にすれば実際問題、やきもきして気が気ではないのです。
「長い、長すぎるのぅ…」顎髭も長いヨールテ親方は、イラつきを押し殺しながら二本指でヒゲを扱きつつ呟きます。
「西沼に虫取りで降りたった、ちゅうて…いくら何でももう、戻って来なあかんじゃろ。何ぞあったんとちゃうか?」
「何ぞ…って、ナニが?」
横でテーブルに立膝をついてたオバちゃんが、不安に駆られて問い直しました。
「たとえば、誤って足を滑らせ沼ン転がり落ちた、とかの」
「姫ちゃんに限ってそらないわ。あの娘、ああ見えてエラい機敏なんで。いつも出歩いとる沼やから間違っても…」
「したら、マングローブ林で、ムシどもに襲われた、とか」
…実はこのシチュエーション、遠からずと云えど当たらず、なのですが…。
「アホらし、あんなちっこいコッパ羽虫が人を襲うかぁ?…ま、たま~に刺されることあってもなあ…」
「俺、ちょっと見てこようか?」
二人の不安が移ったのか、スコップ英雄サマが立ち上がりました。
「チェニイ君が? そらええけど…あんた、あの沼に足向けたことないやろ。初見に一人でアソコ行くんは、やめた方がええ。けっこう急なガケもあるけん、アンタまで転がり落ちたら、シャレにならんで」
「待て、ワシが行く! ここでじっと待っとっても時間の無駄じゃ」
立ち上がって戸口に向かったヨールテ親方ですが…すんでのトコロで「ビストロ姫ちゃん」(笑)に駆け込んできたガブニードスと激突するところでした!
「おととっとっと! 何じゃガブやん!? どしたん慌てて? 嫁さんでももろたか?」
お嫁さんでも貰ったか、というのは狼狽した仲間に声をかけるときの、ラッツーク流の慣用句です、どうでもいい豆ですけど。
「あ、いやあ…別段…。ところで、こっちゃでは何ぞ、変ったコトなかったか?」
きまり悪そうに、ガブやんは言葉を返します。
「変ったこと、ぎょうさんあったで! 何より姫ちゃんが行方不明になってもうた」
「…ほうか…で、〈レスター島〉の具合は、どないなっとった、給水塔跡地は?」
「あっこも今、妙な毒瘴気が吹き出しとるで…いや待て、その件は戻ってから話したるけど、今はそれどこやないんじゃ! ちくと西沼まで行ってくる、すぐ戻るけん」
「ほーかあ…したら行っといで」
慌てて飛び込んできたガブニードスでしたが、ここは親方を見送るしかありません。
それにしても…チェニイには妙に、ガブニードスの様子が引っ掛かりました。ミリアが行方不明になった、という騒ぎを聞いても、どこか彼の反応が冷淡なのです。
ミリア食堂…じゃなく「ビストロ姫ちゃん」の同僚オバちゃんから詳しい事情を確かめようとするワケでもなく、じっと何かを考えています。
「あ! それはそうと、チェニイ様! お体の加減は如何ですか?」
突然彼は、チェニイの肩に手を当て、向き直って尋ねます。
「あ、ああ別にナニもないぞ、健康そのものだ」ナニいきなり言い始めたんだコイツ…チェニイにはガブニードスの言動が不思議だらけで不気味です。
「…じゃあ、すぐ小屋へ戻りましょう!」
「はあ?」
「ですから、チェニイ様が宿泊なさっている、親方の〈時計塔小屋〉ですよ、今すぐ!」
言うだけ言ったら、ガブニードスは踵を返して、ビストロを出ていきました。
事情はさっぱり掴めないまま、ともかくここはコイツの後についていくしか…。
小走りに〈時計塔小屋〉にたどり着くと、ガブニードスは階段を昇って機械室へ向かい扉を開けてから、チェニイに向き直ります。
「ちょっとそこで待っていて下さい。準備がありますので」
「あ。ああ…」いいのかな、親方に断りもなく、小屋の機械をいじったりして。
と、ここでふと、チェニイは思い当たりました。まさかとは思うけどミリアは先に、彼女の小屋…例の料理仕込み小屋…に戻っているかもしれない、と。
まさかと思うけど…やはりまさかは「まさか」でしかなかったようです。
小屋の中はカラッポ。本日の仕込み用に残していた「ミージェ虫のスパイス漬け」の香りだけがほのかに漂っています。
すると、不意に部屋の片隅でがさっ! と物音がしました。
「ミリア? なんだ、こっちに戻ってたのか…」
振り向くと戸棚の上には「チェニイの宿敵」ペットのサンダユウがうずくまり、こちらをじっと凝視しています。
…けど、いつものような威嚇の唸り声は上げていない。妙だな…
「ミリアじゃなくて、ザンネンだったな」
と、ソイツはいきなり、チェニイに向かって、話しかけてきました。
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「ボクだよボクだよ! ココにいるヨ」
なんて、思わぬ存在に語り掛けられると、なんかホラー作品の一場面っぽいけど
ここから先には、恐怖の瞬間が待っている(かもしれない? どうでしょうか?)
…
ま、それはさておき、チェニイが最初に泊まった妙な時計塔小屋
ただ単純に「異界で時を告げる」だけにしては、ずいぶん大掛かりだと
チェニイも思ってたけど
他にも役割がありそうです。でないと単なるコケオドシになってしまいます…
次回に続きます
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