032 さらわれやすい姫
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おおむね、日常が非日常に取って替わられるときには、なんらかの予兆があるものです
たとえば大地震が発生する直前に、水槽で飼ってたナマズが大暴れしていた、とか…
適切な例ではなかったかな? シチュエーションが何となく思い浮かべられないし、
そもそも前提が妙に非現実的だし。
ともあれ、さりげない日常風景に違和感を感じたら、用心してかかるのに越したことは
ないのです。
付け加えるなら、それは無双する…いや違った…夢想するようなロマンチックな場面には
なりようがありません
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さてその頃、ラッツークの竪坑では…。
なんか前回と同じようなフリで始まりますが結局、ヒマにあかせたチェニイ様の「ラッツークの坑道奥底」ミニ冒険は適当に切り上げられ(そろそろ昼飯時だし)彼はいつもの「ビストロ姫ちゃん」…とは名ばかりの小汚い飯場食堂まで昇ってきました。けど…食堂には誰もいやしねえ!
「何だよ!? おおーい! 本日は食堂まで、開店休業かぁ!」
チェニイが大声で叫ぶと、奥の方からフ~~~! と凶悪な唸り声が…。
調理場のカウンター下では、大きな寸胴に覆いかぶさるようにして、仇敵? ミリアのペット・サンダユウが夢中になってペロペロ、お決まりのメニュー・ミージェ虫入りのシチュウを嘗めまくってます。
「あ! このヤロ、ミリアに黙って盗み食いしてやがる。そいつはオレ様のメシだぞ」
チェニイがしっしっ! と手を振ると、抗議するかようにサンダユウはチェニイに向かって反抗的な威嚇の唸り声を挙げます。
「そこでナニしょんな? って…あら~、スコップ英雄サマやない。いまアナから上がって来よったんか? 感心やねえ…今日みたく、誰ぞ仕事もせえへんのに…ほいで、何か収穫あったけの?」
食堂の同僚、おばちゃんが戸口から戻ってきました。
「収穫て…そんなモンあるかい! 上でだーれもモッコ受け取りゃせんのに…今日はヒマやから、チクと竪穴の底まで散歩しよっただけじゃ。ほいで…」
あれ? いつの間にかチェニイ様にも、鉱夫訛りが移ってませんか?
「姫ちゃんなら、今ちょっち出かけとうよ。ミージェ虫の漬け置きが足んなった、ちゅうて、いま下の沼まで降りて、獲りに行っとるけえな」
「はあ、先日あんだけ上等の肉が買い置きしとるのに、ミリアも奇特なことじゃのう」
「けど、いつものゴハンやったら、そこの寸胴にようけ残っとうけん、勝手に食べてええよ…って、アラアラ…今日はサンダユウ君が先客やったんか」
「こいつ、ミリアがいないとき見計らって、勝手に盗み食いしてやがった」
キイ~! と威嚇しながらサンダユウは抗議します。どうやら、寸胴はオレ様のものだ、と主張しつつ、チェニイにその場を譲る気はなさそうです。
「おおい姫ちゃん、メシは残っとうかぁ? 腹へったわ」
また食堂の戸口からダミ声が聞こえてきました。
「あっら~、今度は親方のお出ましかいね。今日は博打、よっけ勝てたん?」
茶化すようにオバちゃんが声をかけると、ヨールテ親方は冗談じゃない、と言わんばかりに手を振って応えます。
「何言うとんな、わしゃ連日のレスター島通いでタイヘンなんじゃ。バクチにうつつを抜かしとるヒマなんぞあるかい!」
「おや、そうやったん? 失礼したわねぇ、あたいはてっきり…」
「? ?」
チェニイには事情がさっぱり呑み込めません。レスタア島って、ナニ?
それって食えるの? オイシイの?
…〈レスター島〉とはラッツークからだと、ちょうど東端イェーガー半島を挟んで、ニザーミア学府院の陰に当たる対岸、艀を使って2キロメルトに位置する小島です。実はヨールテ親方は、ラッツークの〈時計塔〉と一緒に、この島の〈番人〉も兼ねているのです。
といっても、ここには1キロ四方ほどの野っ原と灌木のほかは、妙な形をした石造りのオブジェらしき遺跡以外は何もありません。しかも島の西半分は断崖絶壁に囲まれて接近できませんから、上陸するには船着き場まで回るしかありません。
「けどなんでまた今頃、あんな島まで渡らんといかんね?」
おばちゃんはあきれ顔で尋ねました。
「クソ忌々しい! あそこの給水塔遺跡からな、近頃、妙な瘴気が出とうみたいなんじゃ。ほいで、ガブやんから『ちくと、様子を見て来たって』ちゅうて頼まれたんよ。ちょうど以前、鳥人間どもがラッツークでバザールをおっ始めた、あの時期あたりからな…」
「あ~、その話は聞いとる。ほいたら瘴気ってのは〈アレ〉のこと、かいのう?」
オバちゃんには、なにか聞いたことがありそうな話です。
「あんなぁ、こん前にルボッツの連中が、スクルーの鳥人間たちと一緒に荷物畳んで、北のガラン山脈まで渡って行きよったやろ。あんときにエディカちゃんが、婆サマから何ぞ言われたらしいんよ。ニザーミアの学校の…あれ、ナニ言うたかな…そうそうヤアマの灯、か…アレが岬の尖塔からポコポコ光り出し始めとう時はロクなことンならんき、さっさとココを引き上げた方がええ、ちゅうてな」
ヨールテ親方は、それを聞いて何やら怪訝そうな表情になりました。
「…そういや、かなり昔やが、その灯ちゅうのをワシも経験したことはあるき」
チェニイは事情が掴めないまでも、何やら不吉な予感に囚われはじめました。
「けど…その〈灯〉の正体はよう分からんし、吉兆とも凶兆とも言われとる。そういや、過ぎ越し祀の前後には、たまにアレが光ったいうが…そいで昔に、西北のイクスペル漁村では銀ダラの大漁で賑わった…いう話も聞いたことがある…。こりゃ、お祝いすりゃええのか悪いんか、何とも云えん…ただな…」
ここで不意にヨールテは、こめかみに手を当てて呟きました。
「さっき戻ってきたレスター島の廃墟…給水塔からも、ヤーマ灯と似とるげな光が飛び散り始めてな。正直いうてワシ、あの光に当てられると…何ぞ気分が悪うなるんよ。ガブやんには悪いが、ワシゃもう…アソコには行きとうないき」
これはシャレじゃなく、本当にアソコから瘴気でも噴き上がっているのかも…。
実はこれとほぼ同時刻、ニザーミア学府院の「奥の院」…首席たるオービス地精導師の居室では…。
ガストニーフ技官は、オービス首席にガブニードス・タワーの件で報告を上げながら、心中では気もそぞろというか…一刻も早くここを出て、ラッツークへ戻ろうという気持ちで一杯でした。
なぜだか分からないけれど不吉な予感…事態が手遅れにならないうちに早く…と。
「率直に申し上げて、現状をどう解釈して良いのか、私には何とも…」
見たことのないガストニーフの思いつめた表情に、さすがの泰然自若のオービスに首席まで内心の不安が移ってしまい、弱気なセリフが突いて出ます。
「NUAコンから派遣された君からそんな報告を聞いてしまうと、私にはどう手を下せばよいのか、分からなくなる」
「申し訳ありません。けれど実際問題ガブニードス・タワーの異変は…異変と申し上げてよいのかさえ、判然としないのです。けれどここ数日に亘って急激に、ヤーマ散布濃度は上昇してしまい、正しく許容範囲を逸脱しているのです。明白なのは今回の件は〈ダール・グレン装置〉自体の誤作動ではなく、外部からの干渉によるものである、としか…」
「強制ベント実行で、一時的に〈精霊子〉を止めるだけでは、ヤーマ流出の解決にならないのかね?」
「こちらでダール・グレンを出力調整しても〈あちら側〉が勝手に放出し続ける限りは、焼け石に水、かと推察されます」
天を仰いで地に潜る、こちらではもう打つ手なし、か。オービス首席は、深いため息をつきます。
「君の発案で動いた〈使徒代理人〉計画の方は、どうやらUNトラスト外交特使の全面協力を取り付けられそうだ、と隠密裏にジュレーンへ潜ってもらったコーンボルブ風精導師からの連絡は入った。工作は、無事に功を奏したというのに…ねえ」
「その計画とこの件とは…まったく次元が違う話ですから…残念ながら」
「逃走中のファルス…いやチェニイ使徒も、今のところ大人しくしているのに?」
「むしろ、そちらの監視が急務と存じます。これ以上、不測の事態を招かないためにも」
…
しばし会話が途切れました。
「皮肉な話だね。UNトラストは我々の味方の筈…なのに何を企んでいるか底が見えない。それに対してキミたちの信頼は揺るがないが、肝心なところで〈手は出せない〉」
「申し訳ありません。我々NUAは…あの連中の味方とは一概に申し上げられないのです…あくまでも我々〈公社〉はUNトラストと違い、厳正中立こそが命ですから」
二人の〈密談〉は、ここで唐突に終わりました。
さて、ミリア姫が食材の「ミージェ虫駆り」に向かった西沼というのは、ラッツークから東の崖を下ったあたりに拡がる沼です。かなり広い領域が陥没して水が溜まっていますが、よく見るとそこはラッツークの広大な都市遺構の一部が、水面に露出しているのです。
その水面にマングローブ樹林が繁茂し、ミージェ虫の巣となっています。
「なんか今日は、妙にムシが、やかましいわねぇ!」
いつもなら、得意の携帯虫獲り網を振り回せば、簡単にゴッソリ捕獲できるミージェ虫なのに、今日に限ってミリアに向かって羽をバタつかせながら、嘴で煩く攻撃してくるので勝手が違うのです。
「もう…適当な頃合いで切り上げようかな…それほど食材にも、不足してないし」
ミリアは湖畔近くで水没している、広いテラス(跡地)に降り立って、一休みしました。 そこには、湖にせり出した大きなブランコが設えてあって、ちょうどこの都市遺構を一望のもとに見渡せる、眺めのいい鑑賞スポットにもなっているのです。
「湖渉る 小鳥 野面わたる 小鳥~ ルルル~ルル~」
どこで思い出したのか、ミリア姫はブランコに腰かけて(あくまで即興ですが!)
歌を口ずさんでみました。
不意にミリアは、チェニイと出会った時のことを思い出していたのです
(ただし内容は…以下妄想!)。
「キミは、この町に住んでるの?」
ミリアは背後から不意に声をかけられ、驚いて振り向きました。
「あなたは、だあれ?」
「ぼくフォルス…じゃねえや…チェニイ」(肝心な名前を間違えンなよ!)
「あたしはミリア」
そう答えながら、ミリアはファサ、と軽やかに身を翻し、床に降り立ちます。
「陽気な歌を唄うミリア♪」(p.s.「ってそれ、うそピョーン!」)
(ここからの歌詞は省略 JASRAC申請はしません!)
詠い終わると、傍らからととと、と凶悪そうなケダモノがミリアに駆け寄ります。
「そしてアタシの可愛いお友達トト・サンダユウ」
彼女はトトを肩にひょい、と載せて、さらに語りました。
「誰も、この異界であたしを住まわせてはくれないの」
「ボクと一緒だな。実はボクなんか記憶までなくしちまった」
……
「そうなの? チェニイ あなたもこの異界に来て、自分の事を忘れてしまったの?
じゃあ、アタシたち兄妹ね…双子よ…」
ミリアは、不意に遠い目になって独り言を呟きました。
「…双子だったのよ…」
この記憶はミリアが(何処から持ち出たネタか不明ですが)あくまで彼女の頭の中で作り出した仮想ビジョンのようです。
現実にあった二人の出会いは、かなりヒサンだったようですから。
「じゃあ、おまえをオレの〈妹〉にしてやろう」
不意に、背後から声が響き渡りました。
今度の声は、妄想ではなく「本物の」現実でした。
夢心地からさめたミリアは振り向きました。今度は心の底から、恐怖に駆られて!
「ってな会話を交わしたのは、もう二年も前の事だったか?」
そこに立っていたのは長身の…イケメンとあえて申し上げてもいい…男でした。
ただ、その背中には恐ろしい羽根が生えているのが残念。
「…ったく、どこで今までアブラ売ってたんだね、なぁ…わが妹よ」
ミリアは顔を引きつらせつつも、震える声を、辛うじて吐き出しました。
「………ゼイゴス………」
ゼイゴス、と呼ばれた男は、愉しそうに弾んだ声で返答しました。
「はいはいはい~、永らくお待たせ致しましたぁ」
右手を頬に当てて、こ奴は満面の笑みを作ります。
「最悪の、事態が、やって、参りましたっ!」
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ここ最近、いろいろな登場人物たちがいなくなったり、何やら隠密みたいな
妙な使命抱えて消えたりしましたが、次はミリア姫の番でしたか
で、決して歓迎できない客、って予告してたのは〈コイツ〉だったのか?
だからミリアの、夢想大好き「不思議ちゃん」という異名はダテじゃなかったのです
妄想にどっぷし浸ってたら、ほれみろ! 最後はこの始末です!
次回に続きます
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「ザネル」は毎週月・水・金に更新いたします




