3 ニザーミアからの逃走
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三人の僧侶たちに秘宝で召喚された使徒(と勝手に呼ばれた)
チェニイ・ファルス「様」はどういうワケか、召喚された使命…
魔王ゼイゴス大帝とかいう悪の親玉を倒す任務を軽く蹴飛ばし、
渡された秘宝らしき六面体キューブを暴走させ、その場から脱走、
お助けに参上した怪しさ爆発の人物と出合い頭に激突!
パニックに陥りつつも選択の余地なくチェニイはガブニードスと名乗る謎の怪人に
導かれるまま、僧院から決死の脱出行となります
と、いうところで「ザネル」第三回です
…
ちなみに本人は「ファルス」と人から呼ばれると激怒します
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講堂の外、広い中庭に倒れている数多くの僧侶たちを目にしたチェニイ様は、思わず固まりました…て、この異界に召喚されて以来、なんかたびたび固まってばっかしだ…。
じわり、と額に脂汗が浮かんできます。
もしかすると…さっきの「召喚儀式」とかでオレがヘタ打ったせいで、こいつらを全員コ※しちまったんだろうか…オレが悪いんぢゃないんだけどな、だってあの妙な宝具が勝手に暴走したんだからな、と責任回避モードに入るチェニイ様でした。
倒れていたのは年若い男女…どうやらチェニイと同年齢ほどの、少年少女といってもいい僧侶(精霊師見習い?なのかな)含めてその数、およそ百人程度…いちいち数える余裕がないから正確な数字は分からない。
そして中央にしつらえた大テーブルが数脚。贅を尽くしたと思しき料理とがどん! と豪勢に盛り付けられています。宴会でも始めるつもりだったのか。押し付けられ「使徒」チェニイ様は改めて、事態の重大さをじわじわ感じ始めていました。
〈…オレのせいじゃないけど、やっぱし、その…オレにある程度、責任ある?〉
「チェニイ様お早く! ぐずぐずしておられませんぞ!」
先に立って庭を駆け抜けようとしていたガブニードスが振り返り、いらいらした口調で語りかけます。
「だけど…こいつら…このままにしておいて…いいのか?」
「放っておけばいいのです! こやつら、チェニイ様の御稜威に目くらましをかけられ、気絶しておるだけですから」
「え。ああ? そう…なの? 本当?」
「そうですとも。大講堂の霊光が庭園まで漏れ出して、未熟者たちはこのザマなのです。ご自身のお力を、もう少し自覚いただきたいですな。それより、ここで時間を無駄にしていると、こヤツらそのうち目を覚まして、また面倒なことになりますぞ!」
〈大量殺人犯にはならずにすんだか、ヤレヤレ…〉と安心して気が抜けたのか、呆けたように立っているチェニイを強引に引っ張って、ガブニードスは寺院の前庭をまっすぐに突っ切り、壮麗なアーチ状の、たぶん正門らしきオブジェを潜り抜けました。
チェニイにはどちらを向いて走っているのかさえ理解できませんでしたが、二人は南に向かって急坂を駆け降りているようです。
なぜかというと左手…崖になっているのですが…そこから海へとづづく空がかなり濃い葡萄色に染まっているから。夕刻の景色…不気味なほど美しい日没の光景を左手に見て、ふと右に目を転じると、西の空低くには、鮮やかな夕焼け空が広がっていました。
いきなり異界に連れ込まれた自分だけど、この景色を見ると、なぜか少々ほっとする。
「ところで…ちょ、ちょっと待て! ガフ…ト…ナントカ!(ハアハア)」
「ガブニードスでございます」
いっこうに名前を憶えてもらえず、ガブナントカはいささか不満そうです。
「オマエに…連れ出されて…成り行きでナントカ寺から飛びだしたけど(…ハアハア)オレたちはいま、どこへ向かおうとしてるんだ? いや…もう聞きたいことは…(ハアハア)他にも山ほどあるけどさ、まずは、それだけでも答えろ」
ガブニードスは不意に足を止めました。
ずっと手を引っ張り続けられていたチェニイもようやく一息つき、肩で激しく呼吸をしています。いま気づいたのだけど、コイツの脚は相当に速い。下半身に装着した妙な機械のせいだろうか。何かこう…脚は動いてるんだけど、それとは別に…宙を掻いているような感じで勝手に滑りながら、坂道を駆け下っているんだ、コイツは。
チェニイは妙なことに気づいた自分に少しあきれています。自分がいま、ガブなんとかに口走ったとおり、他に考えなけりゃいけないことは山ほどあるのに、オレが気になって仕方がないのは、この妙な怪人が繰り出す「速足の術」の秘密かよ!?
「よろしいでしょう…ここまで来たらひと安心ですから…ちょっと一息つけましょう」
彼は自分たちがいま下ってきた坂道の方角を指さしました。
「いまわれわれは、ニザーミア学府院から逃げて参りました。イエーガー半島の東端、シェラ岬の突端に、ニザーミアは位置しておりまして…」
「地理の案内なんかどうでもいい! どうせ覚えられないからパスしろ」
「……で、このまま岬沿いに南へ下れば、ラッツークの町がございます。距離にしてほんの2キロメールトそこそこ。チェニイ様の足でも、あとほんの小半時で着きます」
自分の速足なら、その半分の時間でたどり着く。コイツはそう自慢したいんだろうな、チェニイが坂の下を凝視すると…確かに崖の端から眼下に、集落らしきものが見え隠れしています。
初めて目にする「異界」の町。
ずいぶん奇妙な集落だな、というのがチェニイの第一印象でした。何かしら巨大な柱が何本も林立している…その足元に寄り添うように…小さなカマボコ状の家屋が数多く、寄木細工のようにゴチャゴチャ建てられている。
ここから見たのではサイズ感がいまイチ掴めないけど、柱そのものは一つ数十メールト程度の高さがありそうだ。
「足もそろそろ癒えましたでしょうか、では出発致しましょう」
「ちょ…もう少し休ませろオイ!」
例によって有無を言わせず、ガブニードスはチェニイを引き立てて坂を下ります。
やがてラッツークと呼ばれた町が眼下に大きく広がる距離まで来たところで、先導するガブニードスがふいに坂道を外れ、左の草生した脇の狭い側道…というよりケモノ道…へと方向を変えました。
「…町へ入るって言ってなかったか?」
「用心のためです。それにチェニイ様もそのお姿では、町人に怪しまれます。ここは私の知己を頼りましょう。崖沿いに番人小屋がございます。そこで待機させておりますので」
もう何でもいいや疲れた、好きにしてくれ…。
道は瓦礫の転がる、足元の怪しいところへと変わりました。下り坂はかなり急で、大して歩いてはいないけれど、チェニイにはかなり辛く「膝にキてしまった」ようです。
やがて崖と海を見下ろす狭い平地に沿って、たしかに小屋らしきものが見え、その戸口あたりに一人の人物がこちらへ向かって手を振っているのも見えました。
東の空がかなり暗くなりかけているのでシルエットでしか判別できないけれど、かなり大柄な人物のようです。
「ガブやん! これまたエラい手間取りよったなぁ」
かすかな声が下から響いてきます。
「ワシ思とった以上の騒動になってもーてな! ちょ待っとれ、いまからそっち行くよってに」
ガブニードスも大声で返しました。
…オイ待て! なんだこの会話? まるでオレがここへ来る段取りつかシナリオが、最初から出来上がってたみたいじゃないか。そもそも、このワケのわからん胡散臭い野郎といい、あっちの暗闇で突っ立ってるデカブツといい、マヂで怪しさ爆発で…
そう考えつつもチェニイは、それ以上なにか言葉を発するのを諦めました。
〈…考えるのやめよ でも待てよ「今日は」って…コトは…明日もまた「この世界」は続くのか?〉
そう思うと、チェニイの心には再び、暗雲が垂れ込めてきました。
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開始早々、怪しげな人物ばかりチェニイの前に登場します
…つか、現時点ではそんな連中としか出会えませんが、
この世界は決して「怪物ランド」ではありません
もう少しすれば、ステキな出会いも待ってます…だといいですね
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします