029 今度こそ完璧計画byUN
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UNトラストと称する組織がいかなる組織なのか、正体は現時点では
はっきりしませんが、少なくとも北辰大陸ノース・クオータを取り仕切る
ニザーミア学府院に対して「味方」であることだけは確かなようです。
何となく「黒幕」的な匂いもプンプンしますが…。
ただ、彼らが(最初は火精導師の発案、実は技官ガストニーフの入れ知恵
なのですが)ニザーミア学府院の描いたシナリオに従って…使徒の役割を
放棄し逃走、現在は竪坑ラッツークの町で〈スコップ英雄〉となっている
チェニイの後釜にとして〈使徒様代理人〉の任を引き受けることに同意
しました、これを僥倖と呼ぶべきなのか、それとも何らかの巧妙なワナが
仕掛けられてるのか? その意図は現時点では分かりません
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ちなみに「南の大陸を制覇した悪の帝王ゼイゴスが、今度は北のノース・クオータにまで魔手を伸ばしてきた」という(実はこの図式を描いたのは四席火精導師のトープランですが)ザッパ極まりない構図も、考えてみれば(考えなくても)アナだらけなのです。
ここで念のため、ザネル世界の俯瞰図をここで見直しておきましょう。
ザネル世界に存在する大陸は南北に分かれ、北を北辰ノース・クオータ、南を南陵サウス・クオータと呼ぶ…このへんは既にお話ししました。そして両者は細長い「紐帯半島」で結ばれ、その中間地点に「神々の御座」と呼ばれる半径10キロメルテ程のカルデラがそびえています。地理的なイメージは、我々の世界で例えると(多少スケールダウンしますが)南北アメリカ大陸に酷似してると考えていいでしょう。
ノース・クオータは(大陸や大河があって地形は複雑だけど)、中央平原の東端、イェーガー半島先端に立つニザーミア学府院を起点にして、様々な種族の居住する「赤十字回廊同盟」諸都市が、その名の通り十文字の網目のようなネットワークで結ばれています。
ちなみに現在まで舞台となった竪坑町ラッツークはイェーガー半島、ニザーミアの南約4キロメルト、そして現在の密談現場である「花の都」ジュレーン市はおおよそ西南30キロメルトの位置にあります。
イメージからすると、北はニザーミアを盟主とした都市国家共同体…我々の世界で例えると、規模の大きな古代ギリシャ世界に酷似しています。
これに対して「火と炎の世界」サウス・クオータ南陵大陸は「帝王」ゼイゴスの支配する絶対主義軍事国家、という姿で語られています。
ただ…ここで重要なのは、あくまでこのサウス・クオータ(ゼイゴス帝国、と仮に呼ぶとして)の姿は、あくまで「北の住人たちが思い描いているイメージ」に過ぎないということです。つまり、実際に北5種族の諸都市住民たちは、この南の帝国に足を向けたことはなく、また「悪の帝国に君臨するゼイゴス魔王」を見たものもいない! という事実なのです。要するに今回の「ゼイゴスのノース・クオータ侵攻」風評だって、紐帯半島を経由して流れてきたウワサに尾ひれがついた、アヤフヤな情報を「ニザーミアの精霊導師」たちが都合よく解釈し、利用したに過ぎません。
さらにここでザネル世界の歴史を引っ張り出すと(話がまた面倒になるから最低限にしますが)この百年余りにわたる南北断絶は、それ以前に経験した千年紀(ノーレム紀)があるとき大崩壊した名残りでもあります。この折の地殻変動(と大陸間戦争?)によって、南北世界の交流は一気に途絶しました。例外的に紐帯半島(およびここに浮かぶ「神々の御座」というカルデラ)だけが、一種の「巨大な出島」として、細々と交流拠点の役割を果たしているのです……。
「使徒代理の任を了解して頂いたのはありがたい限りなのですがね、具体的なプランをご提示いただけまいか…いや、けっして貴殿らのことを信頼していない、というわけではないのだが…」
UNトラストとの交渉が何とか軟着陸したところで、おもむろに(というより、恐る恐る)コーンボルブは切り出しました。疑っているわけではない…どころか、率直に「信頼していない」のはミエミエですけが、考えてみればこれは当たり前です。
なにせ、ファルス様からはキューブ印璽を持ち逃げされた挙句に「なんでオマエらの言うことを聞いて、悪の大魔王とやらを倒しに行かにゃならんのだ?」とニベもなく破約され、トンヅラをコかれたのですから。白紙委任で今回も信頼しろ、と迫る方が無理筋です。
じっとコーンボルブ三席風精導師の一挙手一投足に目を凝らしていたロン・ラザブ外交官は相変わらず無表情で、さして不愉快そうな様子もなく…けれど相当にキツい言葉で返しました。
「失礼ながらニザーミア導師の方々は、精霊術の教授と研鑽には精通してらっしゃるが、現実の政治軍事、権力行使に関する常識にはいささか、欠如しておられるようですね」
いきなり返答の代わりに思い切り頭から冷や水を浴びせられたようで、さすがに怒りを隠せませんでした。この場にトープランでも同席していたら、火精導師らしい瞬間湯沸かし器の振舞いで、いきなり席を蹴っていたかもしれません。
「ほ…ほう…それはまた手厳しいご指摘…いかな意味ですかな…」
辛うじて(自らを外交上手と自負している)コーンボルブは言葉を継ぎました。
「そうですね、これは単なる手順の問題ですので、お聞き届けいただければ幸いですが」
ロン・ラザブは悪びれることもなく、話を続けます。
「何より、いやしくも南陵の〈帝王〉支配者を名乗るゼイゴスが、単身でいきなりノース・クオータ…それも東岸イェーガ半島付近に直接乗り込んで来る…という段取りは到底考えられません。
北方征服の意志があれば…当然南陵から〈神々の御座〉経由で紐帯半島を北上するし、それ相応の軍団を…この場合はアローン飛行族兵主体で、最低一個旅団を引き連れ示威行動に出る筈ですから、赤十字回廊の南端のイルーラン市あたりは風評どころか住人がパニックを起こしていなければおかしい」
要するに、火精師トープランが撒いた〈風評〉の筋書きが荒唐無稽すぎて、同盟市の住民たちもほとんど本気にしていないだろう、いつもの「ガセ」扱い、よくて半信半疑…この数十年間で、この種の南陵侵攻ネタが吹聴されたのは、初めての事ではないのだ、と彼は遠巻きに指摘しているのです。
「な…なるほど…では…UNトラストの〈使徒代理〉殿は、今回の騒ぎを、どのように収拾される段取りですかな?」
屈辱を噛みしめながら、コーンボルブは尋ねました。
「要するに予防措置として、北辰の民に警鐘を鳴らすべく〈使徒〉は召喚された。けれど結局、諸事情を鑑みると南陵の帝王は、こちらに侵攻する意図は時期尚早と翻意した可能性が高い。よってニザーミア学府院は召喚した使徒の任を解き、同時に緊急事態を解く。
改めて〈使徒〉はその旨を同盟市に布告し、騒動を収める…まあ、大筋はそんなところでしょう」
淡々とした口調で、ロン・ラザブは応えました。
「そんな子供だましの切り口上で、同盟市の連中は納得しますかな?」
「させますとも、そもそも最初の布告だって〈ゼイゴス征伐〉の狼煙触れだって、赤十字回廊同盟市の市長連中は大して本気で相手していなかったんですから、なおさらね。
それに肝心の〈使徒様〉が、いつまで待っても姿を現さず行幸もされないのだから、この辺りで騒ぎが終息してもらえれば、願ったり叶ったりでしょうよ」
「………」
確かに、手じまいシナリオの落としどころとしては適切だろう。しかし…。
なぜかコーンボルブの心中には複雑な感情が渦巻いていました。
このUNトラストの外交官たちは、ニザーミア学府院が取った〈使徒召喚〉のカラクリを読み切り、ナメてかかっている。赤十字回廊同盟とニザーミア学府院の力関係はいまや逆転しつつあり、ここで一発、南陵の覇者ゼイゴスを口実、トリックスターに使って危機をあおり、適当な小競り合いでも演出したのち、マッチポンプで矛を収めさせる。
これでニザーミア学府院〈公認〉精霊師たちの権威も回復し、めでたし、めでたし…。
ひょっとするとUNトラストの連中は、そんなニザーミア学府院の意図を読んだからこそ(コーンボルブにすれば、それはそれで「悪意ある曲解」なのですが)、あんな出来損ないの〈使徒ファルス〉をわざわざ召喚させたのではないのか?
…そもそもなんで、オレがお前たちの茶番劇に付き合って、来もしないゼイゴス討伐の真似事なんぞ、演出してやらにゃならんのだ…
今になって思えば、そんな〈ファルス〉とかいう使徒の不貞腐れた意図も、あえて起こして見せた大騒動も逃走の演出も、裏の筋書きがはっきり見えてきたではないか。
そうか、そういうコトだったのか…
だったら、それならそれで…今回はこちらだって、イヤガラセの一つもカマしてやろうじゃないか! そこであえて、コーンボルブは異を唱えてみました。
「い、一応、その線で進めれば、今回の〈使徒様召喚〉の幕引きは無難にまとまりますなぁ…けれど〈使徒代理人〉の役はUNトラストの外交大使・ラザブ殿がお勤めになるのでしょう? それで各同盟市が…それに市民たちまで含めて、どう納得させる目論見なのですかね? そもそも、この大都ジュレーン…ここの市長リチャス殿にしても、あなたとは旧知の仲だ。つい先日の〈閏八月・過ぎ越し大祭〉で、あなただって我がニザーミアのシェノーラ水精教導とともに列席しておられたではないですか?」
ロン・ラザブ外交官は、それがどうした? と言わんばかりの涼しい顔です。
「それが、今になって『コンニチハ、今回ハ使徒トシテ再び参上イタシマシタ、デハわたくしカラノ布告ヲアリガタク賜リナサイ』と…ご託宣を述べて…それでジュレーンの連中を納得させることができるとでも…本気でお考えなのですか? それでは、本当にこの騒ぎが本当の本物、単なる猿芝居の茶番でした! と告白するも同然の羽目に陥るのでは?」
「ふうむ、なるほど、なるほど…そうなる可能性も仰るのにも、一理ありますねぇ」
相変わらず、しれっとした表情を変えることなく、彼はおもむろに返答します。
「な……!! 何を言ってるんだ! あなたはこの私を…そしてニザーミア学府院の権威を貶めて…おちょくっているのか!?」
思わず、コーンボルブは声を荒げました。ついに(火のトープラン)に比べたら、幾らかでも温厚を装っていた彼まで、ついにブチ切れてしまったようです。
先ほどから素知らぬ顔で、延々と交渉事をロン・ラザブに任せていた傍らのフォッシイ・レヌスは、そろそろこのへんで、助け舟を出してあげないと格好がつかないわねぇ…と苦笑しています。
〈それにしてもロンの悪い癖だわ。こういう露骨な上から目線でコトを進めようとすると、本当に纏まるものも壊れてしまう…って…これ、さっきも同じこと言ったっけ?〉
「ロン同志…ニザーミアの精霊導師様は〈使徒代理人〉を執り行うための手順それ自体を、ご理解頂けてないのよ。キチンと筋道を立てて、実例をお示しして差し上げなさい」
「ああそうか、それもそうだね。これは肝心なことを失念していた。失敬失敬」
そして今度はコーンボルブ風精導師に向かって、深々と一礼します。
「けど、この場でご披露してしまって、構わないの?」
「やむを得ないでしょう? あまり望ましくはないけど…ほかに方法もないし」
改めて、ロン・ラザブ外交官は、ニザーミアの風精導師に向き直りました。
「では少々、ここでお時間を頂戴いたします。ご無礼の程は、何卒ご容赦ください…」
彼は、なにを始めるのか、と訝しがる風精導師に背を向け、両手で素早く顔面をさささ、と触っています、その時間、およそ10秒程度。
「おおよそ〈使徒代理人〉の似姿は…こんなモノで如何かな?」
そう呟いて、ロン・ラザブは不意に、水精導師へ向き直りました。
「ン…ぐあぁっ!!…」
ロンが向き直った次の瞬間、コーンボルブ風精導師は声にならぬ、悲鳴とも恐怖の叫びとも取れぬ奇声を張り上げました。いや、それでも彼が上席の精霊師だったからこそ、この程度の大人しい? 反応で済んだのです。
そこにいたのはまごうことない…最初に講堂で遭遇した時の記憶にある、そのままの
〈ファルス〉の姿そのものでした。
「お騒がせして大変申し訳ございませんわね、風精導師様」
遺憾の念を込めてフォッシイが声をかけました。まあ、こういうのを世間では慇懃無礼、とも呼ぶのですが。
〈けど最終的には《実例》を見せて実力行使をしないことには納得もしてもらえないし、悪巧みだって進まないんだから…仕方ないじゃない…〉
フォッシイは皮肉な笑みを浮かべて、この風精導師の様を眺めていました。
は、はが、はががが……
コーンボルブは返答もできぬまま、アワを吹いて呼吸困難に陥ってしまったようです。
彼の脳裏にくっきり鮮明に残っている、あのニザーミア大講堂での忌まわしい記憶が、奔流の如く、そっくりそのままリフレインして蘇ってきたのです。
そういった記憶を持たない第三者であれば、その場の光景は全くおかしななものではありませんでした。別段ロン・ラザブ自身が別人に変身したわけでもなく、むしろ「何が恐ろしくて、この精霊師はいきなり悶絶し意識不明になったのか?」と不審がるだけでしょう。
過呼吸に陥り、意識が混濁し暗転する直前に、コーンボルブの脳裏に浮かんだのは
「邪術師!」という忌まわしい名称でした。
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UNトラストの外交官が、なぜ妙な技を使えるのか…に関してはまた別の機会に
お話しするとして、この〈フェイスダンサー〉について、一つ付け加えます。
この技は確かに精霊術とは若干、ネタの淵源が異なりますが
(なので一種の掟破りの要素もあります)、
要は「ザネル人=ザネリアン」の血を引いたものであれば、
脳幹に直接働きかけることにより、一種の「幻視」効果を
もたらすと共に、海馬の記憶領域からも(ことに忌まわしい長期記憶などを)
同時に引っぱり出して来て、強烈に演出再生させてしまう効果もあります
以前、どこかの水精教導が、これを使ってイタズラして、お弟子さんに
トラウマをくっつけてしまう事件を起こしましたがこの通り、やたらと使って
いい技ではありません。起きる副作用は、かけた術者本人にも想定できないのです
これを「邪術」という言葉で精霊師は分類しますが「よこしまな術」と呼ぶ
のは、精霊師から見た偏見です。
ちなみに、このザネル世界において
「精霊師」と「魔術師ないし魔導士」とは
あまり相性がよろしくありません。
なので、たとえば「ニザーミア学府院」のことを、一種「魔法学校」呼ばわりしたり
扱ったりすると少なくとも精霊師たちはムチャクチャ怒ります、念のため
次回に続きます
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