027 それを知っちゃオシマイよ!下々
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長い夜もそろそろ東に暁が昇り始めた頃、大騒ぎのラッツーク竪坑では
日常が戻り始めて参りました。〈スコップ英雄〉チェニイ様もフル回転で絶好調
鳥人間スクルーたちも…コイツら、さらに大儲けを狙ってフル回転
てなワケでいちおう、日常が戻ってきたラッツークの鉱山町なのですが、実のとこそその背後で、もう「日常とは違う」妙な空気が漂い始めているのも確かなのです
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「いやいや、もンすごう佳き目ん頂いてもて、心底つ思さげねえなっす」
鳥人間スクルー・コンボイの長を務めているレクタスが何度も、ヨールテ親方に頭を下げて感謝の意を伝えています。丁重なのはいいのだけど、背中の羽根が何度もバサバサと親方の頭にぶつかるので、正直「もう、このあたりで挨拶は勘弁してくれないかな」というのが、親方の本音なのですが。
「こっちこそ、手間省いてもろて大助かりだわ。結構な値でいい肉も卸してもろたし、ミスリルも高値で引き取ってもろたから、申し分なしじゃわ」
いい商売になったのはスクルーたちだけでなく、ラッツークの住民たちにとっても同じことでした。
実際、ラッツークから卸すミスリル鉱石は通常、冶金工程を経ないと引き取ってもらえませんからその分手間もかかるし、場合によっては(大都ジュレーンからは)買い叩かれるケースも多いのです。それに…あんまり打ち明けたくはないけど、ニザーミア学府院経由だと相当額をピンハネされるし…だからスクルー族のコンボイから、ミスリル原石と商品を直接取引できるのは、本当に願ったり叶ったり、なのでした。
「塩梅よくねなっすが、ついでだかんな、つて一緒にはぁ、ガラン山脈の中っぱまで、乗っけてくいや…っでえ〈ルボッツ〉のばあ様たちン御一同が仰っせえすけ、ちっとばかし滞在を伸ばさせてけえたんス」
頭を描きながら、レクタスは長っ尻の事情を説明します。
「いやなあ…それに関しては、ワシらも説得したんだけど…ツボッツの衆は、結構な利き腕の職工たちばっかしだから、行ってまうとウチらの竪鉱も痛手なんだわ」
「ンだすな。けんどなンでまた、こンげた書き入れ時ン、出て行ってまいやすか?」
「うう~、そいが理由っちゃ、なんでんよう分からんのよ」
実際、一家の長のグラニー婆様の言葉を聞いても釈然としないし、しかも竪鉱で働いていたジェドやジェスロたちはもとより、ほかにも数人いた〈ルボッツ〉職人たちまで、グラニーの声掛けで一斉に、民族大移動のようにゾロゾロと、スクルー族たちの大凧に便乗し、去っていくというのですから、かなり頭の痛い話です。
ちなみに〈ルボッツ〉の例外はジェスロとエディカでした。せっかく大ガネ貯めて「花の都のジュレーン」に行けると喜んでいたのが全部パアにされ、文句タラタラです。
「そらあ! またひと箱、モッコ上げるかんなぁ! キッチリ受け取らんかい。一カケも落っことすんじゃねえぞ! 一粒百万メールトのお宝だかんな」
威勢の良い掛け声とともに、モッコと呼ばれる木製の箱が、縦鉱からロープで上げられて冶金の小屋にガラガラ…と移動していきます。
「チェニイの英雄サマは、今日も絶好調じゃの」
「ホンに、福の神サマサマですらあ…」
親方とレクタスは、満足そうに眼を細めています。
「これで肝心の採石職工が抜けてまうのがほんに痛いわのう…」
「ワシらがお手伝いでけりゃ、エエのっすけんど…」
「そン腕じゃ、ちいと無理じゃろ」
レクタスは両腕が鉤爪状になっていますから、採鉱作業には向きません。
二人は顔を見合わせて、何ともおかしそうに大声で笑い合いました。
その頃、ようやく夜も明け始めて東の空低く、暁でブドウ色に染まった時分に、ラッツークへ通じる坂を、ふうふうと肩を上下させて登ってくる一人の老婆がいました。
「お婆ちゃん、なんか辛そうね…こんな時間にどうしたの?」
辛そうな老婆を見かねた一人の選鉱婦が声を掛けます。
「あ、あのね、お、オバちゃまはね、なんかこの近所でば、バッザアルとか開かれてるって聞いてね、た、尋ねて来たのね。と、遠いトコロを。ど、どっちで始まって、い、いるのかしらね」
息も絶え絶えで老婆は話します。
「あ~、スクルーさんたちの大凧コンボイだったら、この坂を下りたあたりの岬広場に泊まってるわ。…けど、残念ねえ…もうそろそろバザールは店じまいするから、何も残ってないかもしれないわよ」
「そ、そうなの? まあ。お、オバちゃまは、ざ、残念だわ。しか、仕方ないから、町の方にでも、よ、寄ってみようかしらね…」
ちょうどそれと入れ替えに、グラニー婆様が引き連れた(引き摺られた、と言い換えるべきでしょうか?)〈ルボッツ〉の一行が、重い荷物を抱えて坂を駆け下りてきました。
「ほらジェースロー! さっさと荷物を運ばんかい、ぐずぐずしとると、日が暮れてまうぞ、この怠けったれが!」
「ナニ言っとんじゃ婆ちゃん。これから夜が明けるとこでねえか、気が早すぎっぞ」
「やかましい文句ばっか抜かしよって! それにエディカ、いつまでブウ垂れとんじゃ! そんなに戻りたくねえなら、ジュレーンでもなんでも行っちまうがええ。オマエ一人だけ残してやっから」
「そんなら、そうさせてもらうかなぁ、婆ちゃん」
「…やめとけエディカ! おっ母さんに逆らうと、ロクな目に遭わなねえぞ」
溜息をついてエディカに声をかけたのは、もう…グラニーおっ母様の好きにしてくれ、オレはすべてを諦めた…といった体のジェドです。
ちょうど坂の中腹あたりで、〈ルボッツ〉の一行は、この息を切らせて町に入ろうとした先ほどの老婆とすれ違いました。そして家族を叱咤していたグラニー婆様は、ふいに足を止めて、この人物の方をまじまじと眺めていました。
「誰じゃ、あん人は…」
どうしたん、婆ちゃん…ジェスロは声を掛けますが、グラニーはそれに応えません。
「妙じゃのう…こン近所では見かん人じゃ。ずいぶんとお上品そうなナリしとるが、鉱山のお人ではなさそうだの。年を経とるのか、けどずいぶんとお若いような…よう見ると、どえらあ綺麗なお顔してらっしゃる」
「え? きれいな女のシトが…どこにおるんな、婆ちゃん」
グラニーの呟きで、ジェスロは目をきょろきょろさせて見渡しますが、もちろんジェスロにはそんな人物は見つけられません。
「婆ちゃん、マジでそろそろ…年食ってボケが入たのと違うか?」
グラニーは、目を瞬かせながら、独り言を呟きます。
「いかんいかん、本当に目がどうかしたんか…。よう見っと、今度は人が二重に見え始めたわ。醜い婆様と美しい奥様が二重写しになって来よった…こりゃあ夕べ、何ぞ悪いモンでも食うたかの」
この奇妙な「オバちゃま(自称)」は、誰に見咎められるということもなく、そのままラッツークの竪鉱の淵、坑道入り口のキャットウォークのほうまでスタスタと歩いていきました。
そろそろ(空は相変わらず葡萄色のまま変わりませんが)鉱夫たちは夕食の時間で上まで上がってきました。がん、ガンがん! と採鉱小屋の奥からブリキを叩きまくる音がします。
「はいハ~~イ! ごはんはこっちだよ~」
これはミリアの声です。相変わらず、メニューは超硬パンとミージェ虫入りのシチューかな。たまには違うメニューを作ればいいのに…鉱夫たちは少々、不満顔です。
「なー姫ちゃん、せっかくスクルーからグボ肉をたーんと仕入れたんじゃから、虫の肉はそろそろカンベンして欲しわぁ」
「それは来週からね! まだ、たーんとミージェのスパイス漬けが残ってるから、そっち先にキッチリ処分しないとね。小金が貯まったからって、ゼイタクは敵よぉ~」
その弾んだ声を聴いて、このオバちゃまの足がピタリ、と止まりました。
聞き覚えのある小枝…いや声だ。
オバちゃまは記憶のファイルを繰りながら、2年前に〈失踪した〉一人の少女の姿と合致して、思わすその場で大声を上げそうになり…辛うじて呑み込みます。
…ジュレーンの斎宮様ではないか!…
正直、ニザーミアの中枢から遠ざけられていた彼女にとって〈ミリア失踪〉の真相は、いわば公然の秘密として消されてはいたけれど、なるほど…種を明かしてしまえば何のことはない。こんなところで匿われていたんなら、ジュレーンにとっても好都合。いいえ、彼女自身は一種の人質だから、使い方によっては、大都ジュレーンに対して、ニザーミア学府院の格好の切り札にも使えるのね。
…灯台デモクラシィ、というヤツだわ。あれ、また少し違ったか…
下手なシャレを混ぜながら思索しつつ、自称オバちゃまは気持ちを落ち着かせようとしていたのですが、次に目に入った光景で、さすがの彼女も茫然自失に陥る羽目となりました。
「チェニイ、またミージェ虫を残してる! 出された食事はキチンと残さず食べなさい。これ、昨日も言われたでしょ」
ミリアが残された食器を抱えながら大声で叫んでいる、その相手の顔は…。
〈…チェズニ君…チェズニ君じゃないの!?…〉
シェノーラ教導(目くらましの外見では妙なオバちゃな)は、絶句しました。
〈なぜチェズニが、こんなところにいるのか。まったく事情が掴めない。いや、ひょっとして、これは何かの間違いなのか〉
この場で、余計な悪目立ちをしてはいけない。彼女はそそくさと、建物の陰に身を隠し、恐る恐る…しかし、じっくりと…彼を観察しなおしました。
〈見間違いではない、彼女の古い記憶にある少年「チェズニ」は変わっていないのだ〉
……
彼女は、ニザーミアで(密かに)召喚されたという〈使途様〉とかいう人物の首実検にやって来たのです。噂話や目撃証言で妙なな話を聞かされたから。
実はラッツークの竪鉱に〈スコップ英雄〉が出現して、何やらミスリルが大量に出始めた。
そしてそれが〈使徒様〉召喚と時を同じくしている。ひょっとすると二人は同一人物ではないか。
それは単なる憶測だ。それに…肝心の〈使徒様〉のご尊顔とやらを、ニザーミア学府院の精霊師見習いたちは、だれ一人拝んでいないのだ…シェノーラは、この現実を必死になって付き合わせようとします。
ただシェノーラ水精教導は、両者を突き合わせることができる存在なのです…なぜなら彼女は〈チェズニ〉という名の少年の幼な顔を記憶している…ある人物を除けば…ただ一人のニザーミア関係者なのだから。
そして徐々に、沸々と…シェノーラの奥底で、怒りのアオイホノオ…炎が込み上げてきました。
〈あんとらすと〉の連中が一枚絡んでいることは間違いない。
〈チェズニ〉は〈チェニイ〉と名前を偽り、現にこのラッツークで存在している。
姑息な〈アナグラム法〉で召喚せねばならなかった、という事実が証明していること、この〈チェニイ〉が、〈チェニイ・ファルス〉の名で召喚された使徒自身であること。
…なぜ〈ファルス〉というセカンドネームが途中で消滅したかは分からないけど…。
だが、問題はそれだけではない。
使徒には、このザネル世界で存在するための〈憑代ヨリシロ〉が必要なのだ。
つまり…ニザーミアの精霊導師たち…この下手な田舎芝居を画策した張本人たちは、使徒を召喚するにあたって…。
チェズニ君を…人身御供の憑代として、アイツらに差し出したのだ!
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知るんじゃなかった…と後悔してみたところで、バレるものはいずれバレます
問題なのは、バレた事実を「どう解釈するか」で、その後の展開も、まったく
代わってしまうという一面の真理
だから、へたなウソは、そうそうつくべきじゃないのです
ただ、ここで困ったコトが一つありまして
ついた嘘が、さらなる大嘘に膨らんでしまう場合がままある、ということ
…あと、実はもう一つ、それより最悪なケースもあります…
それは、ついた嘘が、そのまんま本物になり代わってしまう場合です
次回に続きます
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