026 それを知っちゃオシマイよ!下
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長い夜もそろそろ東に暁が昇り始めた頃、大騒ぎのラッツーク竪坑では
日常が戻り始めて参りました。〈スコップ英雄〉チェニイ様もフル回転で絶好調
鳥人間スクルーたちも…コイツら、さらに大儲けを狙ってフル回転
一方、先だって「パーティで大立ち回り」をしたおかげで、スクルーの商人たち(およびラッツークの鉱夫たち)から圧倒的な支持を集めたミリア姫も、目が覚めてようやく常態復帰しましたが、食堂当番のたび周囲から集める熱視線に、ひたすら戸惑う有様でした。かくして日常が戻ってきたラッツークなのですがその背後で、もう「日常とは違う」妙な空気が漂い始めているのも確かなのです
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さて一方、これより少し前のニザーミア、水精局での出来事…。
シェノーラ教導は、弟子にして侍女ラクーナに語りかけました。
「じゃあ、ワタシ自身がラッツークまで出向きましょう。現地へ行ってウワサの真相を確認するのがいちばん手っ取り早いわ」
思い立ったが吉日! とばかりシェノーラは突然、切り出しました。
「きょ…教導様、それは無理ですよ」
「なんで?」
「そもそも…いくら何だって教導様だって、理由も言わず勝手にニザーミアは抜け出せないでしょう。それにラッツークの町へたどり着いたところで…教導様はアソコの町では面が割れてます。だって何度もあそこに足を向けてらっしゃるじゃないですか。いきなりニザーミアのお偉いさんが尋ねて来られたら、それこそ怪しさバクハツですよ」
「ふっふ~ん♪ そんな場合のための予防手段もあるのよ。ダテに長い間、水精教導を張ってないわ」
シェノーラはラクーナに背を向けて、両手で顔を覆いました。
「あなた、ニザーミアで〈フェイス・ダンサ〉の教練を受けたことはある?」
いいえ、そんなこと…とラクーナが答えるより前に、シェノーラが言葉を継ぎました。
「ある筈ないわよね。そんな教練、ニザーミアの地水火風どの局にも存在してないもの。あたしだって…昔のこと、ガドリング廃都で姐様から直々に教授されたんだから」
ラクーナは、教導の口から突いて出た〈姐様〉という言葉にビクッ、と反応しました。〈姐様〉というのはシェノーラ教導の元師匠で、いまはここを出て廃都に下った、元ニザーミア次席水精導師のニキータ・ディボックスの俗称です、
そして現在、ニザーミアでの異名は「背教導師」もしくは「退転魔導師」。
「その…<姐様>直伝だとすると〈フェイス・ダンサ〉って、一種の〈邪術〉では…?」
「ときには〈邪術〉も必要になるのよ、ことに、イーブルに追われて〈籠り〉を強いられたりする緊急事態にはね、別人格に化けなきゃいけなくなるでしょ。あんな廃都に押し込められた環境では特に、ね。
…はーい、おおよそこれで出来上がり、これであたしも…」
シェノーラは、顔を覆っていた掌を外して、ふい、と…ラクーアに向き直しました。
「ホラ、これが籠りの…お、お化けちゃまよぉ~!」
振り向きざまにラクーナの眼前に出現したのは、見ず知らずの奇怪な老婆でした。
「な…な…なんで…こんなトコロに?…アナタ…誰なんですか?」
彼女は二の句が継げません。それは特殊メイク、などという代物ではありません。
骨格から声色まで、目の前のソレはシェノーラ教導とは別人に変貌しています、けれど何より恐ろしいのは…ここにいる人物はシェノーラ教導とは〈まったく違う別物なのだ〉と感覚的に、あるいは潜在意識の底から自分が理解させられていること、なのです。
「あれれ、全然ウケなかった? 昔はこの〈コモリのオバケちゃま〉ネタで、爆笑が取れたのになあ~」
不意に声色が元に戻ると、一緒にシェノーラの人格も〈元に戻り〉ました。
ラクーナは我に返った心地で、止まりかけていた息を吐き出しました。
「お…驚かさないでください…本当に…心臓が止まるかと思いました」
「ふふふ…この技は外っ面を替えるだけじゃなく、相手に映る人格まで操作できるところがミソよね。使い方によっては、下手な武器よりも精霊術よりも、ずっと〈使える〉のよ」
「ま、また、み、妙なイタズラは、もうやめてくださいね…」
「まあまあ落ち着いて。…だから、たとえば危機の緊急時とかには…」
また後ろを向くとシェノーラは、今度は掌を前後に移動させ、再び向き直りました。
「こ~~んなコトもできる!」
振り向いた〈そいつ〉は、まさしく本物の〈悪鬼〉、それも見た記憶のない最悪のバケモノでした。
そしてそいつは、ガブ、と大口を開けて間違いなく今この瞬間にも、自分を喰らってズタズタに食い殺す、確実に、間違いなく!!!
「あ、あわわわわ…」
ラクーナは、魂の根底からすさまじい暗示をかけられ、強迫観念と恐怖のあまり、今度は本当に意識を失って後ろ向きに、思い切り倒れ込みました。
ごっとん………!!!
「あっちゃ~~。少し調子コイてやりすぎちゃったわ」
泡を吹いて倒れ、ひくひくと痙攣したまま起き上がれないラクーナを眺めながら、再びシェノーラ本人に戻った〈そいつ〉は、ちょっと反省した様子でふふふ、と微笑みました。
この手の悪戯は「ごめんねテヘペロ」で許されるレベルではありません。
実際ラクーナはこのあと毎晩、妙な悪夢にうなされては夜中に飛び起きるという最悪な体験を、暫く味わう羽目になりました。
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ちょっとした茶目っ気を出すのも程度問題です。
この〈邪術〉は人にトラウマをくっつけてしてしまうどころか、
一つ間違えると、本当に命まで奪ってしまいます
…などと長い夜の終わりにニザーミアで、シェノーラと侍女が楽しくジャレ合ってる間に
そろそろ東から暁光が昇り始め、大騒ぎが続いていたラッツーク縦坑では
日常が戻り始めて参りました。
そして、活気に満ちた鉱山町を不意に訪れる、奇怪な一人の老婆…
まあ今回のネタバラシで、その正体は既にバレバレですけど
次回に続きます
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