20 真夜中の覚醒
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異界ザネルには北と南に二つ、大陸が存在していてノース・クオータとサウス・クオータと呼ばれています。北辰大陸と南陵大陸…などとも呼びます
南北には各々5つの主要民族(人種と呼ぶ方が適当かも)のテリトリーがあり、北辰大陸の場合はこの5種族を取り仕切る形で精霊の殿堂〈ニザーミア学府院〉が君臨しています。
なぜニザーミア学府院が「君臨」するかといえば、北の世界の淵源ともいえる〈地水火風の精霊〉を司る組織こそがニザーミアの権威そのものだから、なのですが…。
ある日、ニザーミアの指導者・精霊導師たちが、南の支配者〈帝王ゼイゴス〉を討伐させようと〈使徒様召喚〉を試みた…これが、そもそもケチの付き始め。
通例だと、召喚された使徒が与えられた使命を断る! なんてあり得ないはずなのに、
本編の主人公チェニイ・ファルス様はこれを断固拒否!
何が気に入らなかったのか、激しくブチ切れてニザーミアから逃走してしまいます。
…何だかんだスッタモンダした挙句、彼は逃げ込んだ近隣の鉱山町で、なぜか鉱夫としての才能を遺憾なく発揮します。で、あっと言う間に〈スコップ英雄〉に祀り上げられ、現在は美味しい酒をしこたま呑んだくれております。
余談ながら〈スコップ〉英雄と呼ばれてるけど、彼が真銀ミスリル採掘に使用してる得物は鑿です、スコップではありません
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ここまでの経緯でお分かりでしょうが〈スコップ英雄〉チェニイ様は相当な酒好きです。酒にイヤシイというか、生来の呑んだくれというか…。しかも、この若き英雄サマを嗜めるオトナも止める世間常識も(いまのところ)存在しません。
最初に召喚された時点でチェニイ(ファルス?)様って、まだ未成年なんですが、誰も止めなくていいのでしょうか? 異界では問題ないのか。
「おー! みんなで盛り上がってンぢゃーん、愉しんでるかい・いぇ~ッ!」
スクルー・ハーピナたちが臨時に設えた大テントに(珍妙なノリで)勢いよく飛び込んできたのは大方の予想通り、姫ちゃまミリアでした。
「スクルーの光りモノって、ムッチャクチャすっけーのよ、チェニイも見てきた?」
今しがた、露店で並べられていた宝玉の数々を手に取って、ミリアは心底ご満悦です。いささか気分アゲ杉のきらいもありますが…。
「ホラ見てこれコレこれっ! モノ本純正テクタイト製のネックレス! やっぱ虹彩が、イミテーションと全然違うっしょ。モノが」
ザネル世界での最高純度のお宝といえば(実用価値あるミスリルを別にすれば)テクタイト宝玉が断トツです…けどこれ、誰のカネで入手したんでしょうね。ラッツークの臨時支店・開店大バーゲンのプレミアムついでに、スクルーの鳥商人がミリアにプレゼントしてくれた…ワケはないだろうし。
「おーう待ちかねとったで、姫ちゃんの登場じゃ! こりゃまたステキもない宝石めっけてきたもんじゃの。よう似合とるき」
ヨールテ親方も喜んではやし立て、周囲の鳥人間たちもキレイどころミリア登場でさらに座が盛り上がります。
「これまあ別嬪さんが来てまったの。なんつうシャンのメンコい子だすけ…何だすか…『座がトトノイました!』とかゆーんかの、この近隣じゃ?」
「へたらこン娘っ子は、ラッツークの姫君サンですかいの?」
チェニイの目にも、虹色に輝くテクタイト宝玉が、胸元に着付けたバティック更紗風のケーブと相まって美しく映えます…。
〈けどこのそーいや衣装、さっき時計小屋までは着てなかったよな。ってことは、バザールで試着して速攻でゲットし、着替えたのか… 。
こういうのを何と表現したらいいのか。〈マゴにも衣装〉とかいうのか。けど…〉
「親方、こういう品物ってそれなりに…つか相当値が張るんじゃないのか? ミリアに、こんな散財させて大丈夫なのか」
「ケチくせえこと英雄が口にすんなや!…それに、ワシの懐から出るわけでもないき」
〈…やっぱし、オレの財布から払わせる魂胆なのか、このオヤヂ…〉
チェニイは心の中で毒づきました。
「なあンも気にせいでええ。こっから先は、縦坑から湯水のごとくゼニが湧いて出るき、グハハハハぁ」
親方は呵々大笑…まるで絵に描いたニワカ成金の誕生です。
「そんなことより、チェニイ見てよこのテクタイト・クリスタ! なんか魅入ってると、どんどん輝きが変わり始めてて…あれ、あれあれ?」
ミリアが差し出したネックレスにチェニイの右掌が触れると、妙に掌が熱くなるのと同時に、連なった宝玉の輝きが何やら、流れる虹のきらめきがテントの周囲に流れ出し始めました。何かコレって、坑道でミスリルを掘り当てた時に感じた時の、あの感触を増幅したような感覚。同時にミリアの方にも、その波動が伝染したようです。
「なにコレ、どしたの…なんかすっごーい? アタシ今、何かした? 」
ミリアの周囲を取り巻いていたスクルー族鳥人間たちも、思わず歓声を上げました。何が何だか分からないチェニイと唖然としているヨールテ親方をよそに、ミリア姫は一躍、大テントのヒロインに祭り上げられています。
「まま姫サマ、まずは一杯献じょ! ぐぐっと一気にいこうでホイ!」
ミリアの下に、魅せられたスクルーの若者たちが集まり、争って数多くの献杯が差し出され彼女も満更ではないようです。
〈…って、待てよその盃、さっきオレも呑まされた「グボ酒」じゃないか。いいのかミリアって、たしか未成年だろ?〉
ぢゃテメエはどうなんだ、というセルフのツッコミは、チェニイ自身の脳裏には浮かびません。
「どうする親方? こいつらスクルー鳥人間たち、止めに入った方がいいんじゃ…」
「ん…ああ…まあ、ええんちゃう? なあ、今日はマツリの日のぉバッザアルやし、ちょっとくらい、のう…姫ちゃんにも、たまーに羽目を外させたっても、ウイッ…」
〈しまった、気づいたらヨールテ親父も相当に出来上がってやがる〉
「おー、ありがとサンマ! 今ちょうど喉、かわいてたのよね」
ミリアはスクルー鳥人間の若衆から盃を受け取ると、そのまま一気飲みで…ああ、イっちまった。
「っか~~! こいつ滲みるわぁ~! 全身からバッコシ火が萌えるう~~、イェ~!」
ミリアがポーズを決めて盃を放り投げると、受け取ろうとスクルーの若者たちは先を争ってアビ叫喚の大騒動です。
〈…アララ、こいつも酒乱かよ。もう知らねーぞ…こうなりゃミリアの方はしばらく、スクルーの連中に任せとこう〉
チェニイも、サジを投げました。
「そ、それよかの、ジェスロの小僧から、英雄サンに預かりものをしとったの、忘れとったわ。なんや大切なモノらしいで」
ヨールテ親方はブツブツ言いながら、懐から小さな巾着袋を取り出し、チェニイに手渡します。中からは小さな金属製の像が出てきました。小さいけれどかなり精巧に造られたイミテーション…何か神様の像のようです。腕が六本あるのは奇妙だけど、不思議と静謐な笑みを湛えた神様の姿。チェニイにはそれが何の象徴だか、すぐ見当がつきました。
「そういや、先の夕べに〈ミスリル鉱大噴火〉で宴会大騒ぎしとったあと、英雄サマは夜っぴで帰らず御前様やったの。あのあとジェスロのルボッツの小屋で何ぞ、あったんか? 妹がエラく世話んなったき、そのお礼やとか言うとったで。英雄サンも隅に置けんのう」
何をどう勘違いしてるのか、ヨールテはニヤニヤ笑みを浮かべています。
「ちょ、ちょっと待てよ親方! 妙な誤解はせんで欲しいな、あの小屋では別に何も…」
「ま、ええわ…何とのう、察しはついたる。それよりのぉ…」
なぜか、すぐ表情を素面にもどして、親方は改まった調子で言葉を続けました。
「最初にガブやんがオマエを寺からこっちゃに連れてきたときから、なんぞ複雑な事情があることは分かっとったき。だいたいニザーミアの見習い精霊師小僧が〈過ぎ越し祭礼〉の、こんな時節にトンヅラこいて逃げ出すなんぞ、普通では考えられん。
しゃあからワシ、オマエから詳しい事情は詮索せなんだんじゃ。正直ゆうて、お偉い精霊師どもの事情なんぞ、こっちゃ知りとうもないき、な」
チェニイは、言葉を返しませんでした。
単なるべろべろ呑んだくれオヤヂだと思ってたチェニイですが、存外にこの人物もそれ相応の曲者だったのですね。
「けど、チェニイ様にはワシが考える以上の才能…言うんか強烈な精霊様が憑いとって…その波が、ラッツークの腐れた枯れ坑道マイン・キャニオンまで湧かせるとは思わなんだ。オマエも気づいとったろうが一昨日あたりから、ミスリルの露頭が龍脈伝いに、妙に光り始めとる。とっくに掘り尽くして、なあんも残っとらん筈のお宝が、こんだけ湧いて出るとは想定外やったな」
チェニイも、それには気づいてました。ジェスロの妹、ルボッツのエディカに頼まれて転がり落ちた守り神〈ドーソ神像〉を探しに坑道へ降りた帰途に、妖しく輝き出した坑道の虹を目の当たりにしていたからです。
盃に残ったグボ酒をぐい、と一気に煽ると、親方はふう、と深い溜息をつきました。
「ま、精霊様の置き土産は有難く頂戴するがの、チェニイは諸々の事情が片付いたら、早めに行くべきところへ旅立つほうががええ。強烈な精霊様を宿した身でおれば、いずれの神サンも禍つ神サンも、一緒くたにドン、と呼び寄せてまうけえの。分不相応の福を集めると、それ以上のしっぺ返しも待っとる。と相場が決まっとうが」
けど自分は…本当にナニを背負って…いや背負わされて…こんな異界に飛んで来てしまったのか、実はそれさえ分からないんだよ親方…チェニイは心の中で呟きました。
と、柄にもなくしんみりしていた矢先、テント奥の方で、わあ! という大歓声が湧きあがりました。拍手と歓声が波のように起こっては消え…何やら大騒ぎが向こうの方で始まった…チェニイとヨールテ親方は顔を見合わせました。
そこに(鳥人間スクルーにしては)恰幅の良い女将らしき人物が駆け寄ってきます。
「ああ、ラッツーク竪坑の親方さん! ちょっと来てくれんねゃ」
「な、向こうで誰かが何ぞ、仕でかしたんかい?」
間違いなく、元凶はミリア姫に違いない! 二人は確信しました。
「仕出かしちゃおらんけえの。若え衆はエラく喜んで大騒ぎだすけ…こんマンマ放っといてええモンですかいろ、こーいう場の仕切りとか、あてもなあも分んねすけ…」
スクルーの女将は、困惑して言っていることは支離滅裂です。
先ほど、ミリアが身に纏っていたバテック文様のケーブに、入手したテクタイトのネックレスは虹のようにまとわりつき、美しい光彩を放っています。光の帯はさながら(チェニイに残された微かな記憶で表現するなら)3Dの立体イルミネーションが、プラズマ状に激しく色を変化させながら弾けては、周囲に光の爆弾の如く撒き散らしまくっている、といった有様です。
テントのはずれに駆け寄ってきたチェニイと親方は、大テーブルの上にドーン、と仁王立ちに構えたミリアが、踊りながら全身を震わせつつ、絶妙な振り付けと共に水と光を操るのを目にして…驚くというか呆れるというか、唖然とするしかありません。
「ナニやってるんだミリア!?」
「おーチェニイも来たのぉ? さーみんな、縦坑のスコップ英雄サマもご到着だよ~」
おお~~! 周囲が(たぶん意味も分からず)同調して叫びます
「何やっとんじゃ…あんたら、どんだけ姫サンに呑ませた?」
親方が叫ぶと…
「姫ちゃんに姫ちゃん姫ちゃんに~ラブラブシャワーを大注入~」
スクルーたちが、大声で呼応し歓声を上げます
(正確には連中はそんな掛け声なんか発してないけど…まあ…会場全体がそういった雰囲気に包まれた、程度のイメージでご想像下さい)
「さあ~て、こっから先が水精師・斎宮ミリア様の真骨頂ぉ~!
シッソボン祭礼は水祭りィ!」
完全に出来上がったミリア姫は、両手を妖しく交差させながら印を切り、両掌から光の珠を吐き出しては撒き散らします。
鳥人間スクルーの若者たちは、掛け声を挙げながら光の珠を掴もうと踊り狂います。
「ハイ、ハイ、ありゃさ、ほらよっと もひとつ流水の舞マイまい~」
次々と掌から湧き出される変幻自在のシャボン珠を繰り出しながら踊るミリア姫と、彼女の舞に同期して宙を舞うスクルーたち。
「ケカン・ケッケルン・ケッコボン。シッスザン♪ はいはいはいハイ!」
ミリアが唱えている呪文のような詞に同期して、虹色の光が飛び散ります。実はこれらの呪文は制御をひとつ間違えると、大テントごと吹き飛ばしかねないという、とんでもない呪なのですが…彼女は全く無意識にこれを操って、シャボン玉演戯のように遣い回しているのです。まるで鋭い剣山の上で絶妙にバランスを摂りつつ姫が踊っている…そんな塩梅。
もっとも、そんなことを認識している観客は(実はチェニイも含め)誰もいません。
「はぁ~~楽しかったぁ! んじゃミンナ、また遊ぼうねぇ~」
最後に両手で印を切ると彼女の周囲に拡がった光輪がぱあ~ん! と弾けて一瞬、轟音と共にテント中が漆黒の闇に戻されます。
…ミリア姫のハプニングライブ(ラッツーク会場ver特別編)終了の巻でした…。
ちなみにこの直後、酔いが回ってぶっ倒れたミリア姫に、この時の記憶は全く残っていませんでした。
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ハーピナ…鳥人間スクルー族参加による、ノリノリの「ミリア姫スペシャルライブ」は
大盛況のうちに(会場内の安全に関しては、かなり際どかったけど)無事に終了!
まあ、本人に記憶がないので「ライブの恥は掻き捨て」で構わないのでしょうけど、
後に判明しますが、ミリアが酔っ払って口走った呪文詞、実に…相当ヤバい代物だったのです(テントごと爆発するとか…人死にor鳥死にが出なくて幸いでした)
けれど何故(直接的には慣れない酒で酔っ払ったのが主因だけど)あんな暴走を
彼女は仕出かしたのか、なぜ(これまで説明しませんでしたが)ミリアは「姫」、なんて
称号つか二つ名で呼ばれてるのかは、そのうち語ることになります
次回に続きます
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「ザネル」は毎週月・水・金に更新いたします




