17 天空の珍客
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ジェスロ一家の騒動(そもそも発端はエディカとジェスロの兄妹ゲンカ)で大切なドウソ神様の像が竪坑道に転落! 世話になった義理もあってチェニイ君も暗闇の中で(しかも竪坑はかなりの豪雨が流れ込み!)かなり危険な捜索劇となりましたが、ここは主人公の特権(?)特殊スキルというヤツで、わりと短時間で神像回収には成功します。
あわててチェニイの後を追って坑道に駆け下りてきたエディカはひたすら感謝!
感謝の嵐だったのですが…チェニイが妙な質問をしたばかりに〈このザネル世界の常識〉
に彼が全く無知だったこと。そして考えてみれば〈鉱夫初心者のくせに、いきなりスコップ英雄に成り上がったこと〉などから、実は彼がザネルの種族とは別の…アーシャンの仲間ではないか、と勘づくのでした。
さあ困りました、妙なトコロでボロが出てしまったチェニイ君
なんせ彼自身でさえ、自分が何者なのか、全く分かってないのに!!
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「ほああ…」
エディカはチェニイと同様、周囲を仄かに彩る灯りと煌めきに反応しているようです。
「なにコレ? ラッツークの〈竇〉って、こんなに明るかったんね。アタシも初めて知ったわ。何なんコレ、チェニイさん?」
もちろん、彼にも返事のしようがありませんでした。
「…どうやらこの竪坑、大昔に何かの事故…か大災害に見舞われて、陥没したらしいな。まあオレの想像だけど。ジェスロかグラニーのお婆ちゃんかジェドさんから、何か聞いたことはない?」
エディカは被りを振るだけでした。
「この竪坑、どこまで続いてるのかは知ってる?」
「最後まで降りたことないし、分からんの。けど竇そのものは大して深くもないと思う、四、五百メルト…くらいじゃないかな」
それだけでも十分深いアナだとチェニイは思いましたが…彼はそろ、そろと神像が転がっていた岩棚から身を乗り出し、下を眺めました。最初は漆黒の闇でしかなかった光景が微かに…本当に微かながら下へ続いて、流れ落ちる水はその地下深くに吸い込まれていくのが見て取れます。
「なある…ほど、なあ…」
実はこの時点で徐々に彼の眼は闇の底まで、坑道の底までおおよそ観察することが可能になっていましたが、ザネルの住人たちには、ほとんどこの視力は一種の「奇跡」みたいなものだったのです。それに、エディカもそれを意識していませんでした。なぜならこの時、彼女自身も(チェニイほどでないにせよ)似たようなスキルが自然に身についていたからです。
「おおい…オマエら、どないなっとんぢゃ! いつまで底におるん? 生きとんのか?」
はるか上の方から微かな声が響いてきました。かなり長時間、神像を捜索し続けていたので、さすがにジェスロも心配になったようです。だったら彼も、追いかけて縦坑を降りてくればいいのに…彼には漆黒の闇が、よほど恐ろしかったのでしょう。
じゃあ、なぜチェニイには怖くなかったのか。それにエディカも、チェニイ同様にこの壁面を仄かに彩る光の粒を感じることができるのか…。二人はどういうわけか、この恐ろしい口を拡げている竇の奥底で、不思議な安らぎさえ感じていたのです。
「おおい! 返事をせんかいエディカ。そいとも何な…オマエら揃って何ぞ、怪しげなイタズラでもしよるんか?」
再び上から、催促が響いてきました。
「なにくそアホぬかしよんな!! チェニイさんの縄がムチャ絡まっとうで、解くんに手間かかっとうだけじゃ。今すぐ昇りようで、ちょう待っとれ!」
下からエディカも怒鳴り返しました。
そして、チェニイに振り向き、悪戯めいた笑顔を作って、小声で囁きました。
「気にせんでええよ、チェニイさん。アニキはあの通り〈アホの子〉やし、なあんも気づいとらんけぇな。アタシもチェニイさんがドコの人やろうと、別に興味ないき…たとえラフルヤ・エルフ族やろと、そいこそ〈アーシャン〉の人やろとなぁ。人様に触れて回るような真似も決してせんき」
エディカはチェニイに先だちロープを手繰りながら、振り向きざまサインを送りました。「こいは二人きりの秘密にしとくけん、ね!」
秘密も何も、チェニイにすれば「自分自身の立ち位置」そのものが分からないので答えようもないのですが…そんなことより彼女が口走った〈アーシャン〉とはそもそも何者なのか、そちらのほうが気がかりだったのですが…これ以上尋ねても、藪蛇になりそうなので口を噤むことにしました。
人力でコックを回しロープを手繰って、二人が何とかキャットウォークの躙り口まで辿りついた頃には、先ほどまで続いていた夜の雨も、嘘のように上がっていました。ザネルに…この異界で大雨が降るのも驚きでしたが(考えてみれば世界に雨が降るのは不思議でも何でもないのだけれど)止むときにもピタリと止まるのですね。
「ほーかほーか、首尾よう神サンをめっけよったか…さすがは英雄サマじゃ。バツグンに手際がええのう」
「あったりメえぢゃ! チェニイさんをナメたらあかんぞ。それよか兄ちゃん、結局…今回のタンサクには、なーんも役に立たんかったのぉ」
痛いところをツッコまれ、口ごもるジェスロですが、あわてて話をずらしました。
「それよか見てみい! こんな夜中に珍しい客どもが上から来よったで」
思わず二人は改めて空を見上げました。
先ほどまでは、竪坑の壁面に煌めく虹彩に気を取られて見過ごしていましたが、天空を覆う漆黒の闇の中に、異様なシルエットがいくつも浮かび上がっています。
「?…あれは…凧…なのか?」
空と地上の距離感はっきり分からないけれど、ピンと張りつめた凧は縦長六角形をした不可思議な形状で、およそ一辺が20メルト以上の長さ。上辺の頂点には、人間が乗っかる駕籠のような構造物が見えます。駕籠には松明でしょうか、チラチラ灯りが凧のシルエットを浮き上がらせています。おそらく、凧一つあたり数人が搭乗していて、これがおおよそ20張ほど、北側のニザーミア学府院が位置する岬から海沿いにラッツークの町へ向けて接近しているのです。
「珍しいのぉ、ありゃあスクルーどものコンボイじゃ」
「ナニの…コンボイだって?」
「鳥人間どもが、羊の群れを引き連れて山脈を渡って来よったんよ。ほい、見てみい」
チェニイたちだけでなく、鉱壁に面した小屋という小屋から、男女がゾロゾロと物珍しそうに出てきました。夜通し呑み続けて、かなりヘベレケになった鉱夫やら姐さまたちも、何の騒ぎかと眠そうな目を擦りつつ、戸口へ顔を出してます。
「親方ぁ、そちら様でがすか。へばぁちくとお世話んないて、少しばか時期遅れンだども過ぎ越し祭りのお供に、羊どもを卸させてくんなっせ」
いつの間にやってきたのか件のヨールテ親方が顔を見せ、感心したように(つか、半ば呆れたように)彼らを出迎えました。
「えらく耳の早ええハーピィどもやな。どこでラッツーク大当たり…なんて噂を聞きつけて来たんじゃ?」
「そいはぁ、ワシらば風の民なすけえ、景気ばええ話わ、逃さねのっす」
先ほどチェニイがエディカから教えられた、ザネルのノース・クオータ大陸5種族のうち「風精」つまり風の精霊を祀る種族がスクルー・ハーピナ族だ、と思い出しました。
〈たしかに、ちょっと目には「鳥人間」というのも言いえて妙だな。けど、大凧を操って、彼らはこの大陸を移動する…というのは初耳だった〉
チェニイが驚いているうちに、族長と思しき精悍な〈鳥人間?〉の男性が、地面に接近した凧から飛び降り、ヨールテ親方に挨拶を交わしています。
岬から浜に向けて、風を器用に差配しながら巨凧が次々と地面に係留していきます。そしてリーダーの鳥人間男性に続いて、幾人もの(おそらく彼らが「羊飼い」なのでしょう)男女が降下し、地表を先導に続いてきた羊たちを整然と、その場に急作りで拵えた囲いに引き込んでいきます。
グボ、グボ…と姦しく啼く羊たちは丸々と肥え太って、大人しくスクルーたちの誘導に従って柵の中で腰を下ろし、大人しく草を食んでいきます。…浜と岬に挟まれたこの地に家畜の餌となりそうな草なんか生えて無かろう…というのは素人考えで、この周辺のロケーションを心得ている彼らは臨時の牧場を設え、あっと言う間にラッツークの(まだ夜は明けてないけれど)盛大なバザール市をセッティングする段取りだったのですね。
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どうやら発端は、ラッツークの鉱山町で「ミスリルお宝大当たり」が出たもので、これを聞きつけた遊牧民スクルー・ハーピナたちが西から山脈を越えて移動してきたようです。
…あとで親方が聞かされた話ですが、先日までザネル全土の都市で繰り広げられていた「過ぎ越し大祭」で、思いのほか仕込んでいたグボ羊たちが捌けなかったので、こりゃ売れ残りの在庫処分にうってつけぢゃ…という目論みだったとか
で、未曽有の好景気に沸くラッツークで、しばらく音沙汰のなかった(チェニイは掘っ立て小屋で酔っ払ってたし、ルボッツ娘との穴ぼこ捜索に駆り出されたり、何かと大変だったのだけど)ミリア姫様が、この大騒ぎで久々に騒動をやらかして下さいます
で、次回に続きます
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします




