16 ラッツークの深い竇(アナ)後々編
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先ほどジェスロ一家の兄妹ゲンカのアオリで小屋の窓から転がり落ちた(当然、そのまま下の坑道に落下して行方不明)、一家にとっては神様にも等しい像を回収する冒険を敢行、なのですが状況は絶望的です…。チェニイ君は果敢にも再び豪雨の滴り落ちる、ラッツーク縦坑の中にダイブ! ヒーローの常識(お約束とも言いますが)で、無事に漆黒の崖下に転がっていたお宝を回収ゲットすることに成功します
ところでエディカが口走ってた〈ルボッツ〉、いったい何のことでしょう?
…今回、お話しますね
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火事場の馬鹿力という表現が正しいのでしょうか、それこそ命より大切な(かどうかはともかく)〈ドウソ神像〉に一刻も早く辿り着きたい一心で、ジェスロ兄貴が止める間もなくエディカはロープをひっ掴んで装着。そのままチェニイが像を回収した地点まで数十メルト近い断崖絶壁をダッシュで駆け下りるのでした。
ちなみに後でチェニイが聞いた話では、彼女に鉱夫経験は全くない! とのこと。
「そうコレ! まさしく本当に、マジでコレなのぉ!」
か細いルームコルフの灯火の下で、エディカは小さな像を両手で固く抱きしめます。
「チェニイさん本当にアリガト! お礼の言葉も思いつかないくらい感謝してる、大感謝!!大題橙ダイ感謝!」
本人も何を口走っているか分かってないようです。像を抱きしめてなければ、そのままチェニイに抱きついて…共に奈落の底に滑落するところでした。
「腕が6本あるんだな、この神様は」
チェニイは微かな灯火の下でも〈ドウソ神様〉の奇妙なフォルムや不思議な印を結んでいる6本の腕の様相がクッキリ見て取れました。観る人が見れば、その姿はヒンドゥ教徒の崇めるシヴァかカーリィと酷似している…と思ったかもしれません。
「これはね、ザネルに生を与えられた種族たちを表してるの」
エディカは神妙な様子で、解説してくれました。
「右腕から三本はラフルヤ・エルフ…地精種とセイノール・ママン水精族。それにこのラッツークの町に住まうグード・ゴブリノ火精族。
あと左腕は風精族のスクルー・ハーピナ、それに同じく火精族のゴドム・ドワーフ…」
「なんで種族には全部、二つ名がついてるんだ?」
「さあ…詳しくはわかんない」
「それに…いま全部合わせても種族は5つにしかならないけど」
「それはね、大昔に失われた種族が一つあるけえよ。チェムナ・ブラウニ族。何の精霊を崇拝しとったのかも、どんな連中だったのかも、何も伝わっとらんがね」
そういえば、あの怪しげなガブニードスが思わせぶりに「ザネルには5の倍数だけ種族が存在して…」とか何とか言ってたけど、このことだったんだな。
チェニイ自身は(あんまりこの件には興味もなく、頭を悩ませている問題も多すぎて)聞き流していたのですが…。
「ってことは、この世界…ザネル…にいる種族は、全部でそれだけ?」
「ノース・クオータには…逆に南のサウス・クオータは、そいと対になる5種族がおる、て聞いとるけーね。話じゃあ〈死と炎に焼かれる〉呪われた大陸の、ムチャクチャ狂暴な蛮族が揃っとるそうや。詳しゅう知らんけど」
「それで、ジェスロやエディカたちは、どの種族に属してるんだ?」
ふと気づいて尋ねると、ここでエディカは、くすくす笑い始めました。
「どこにも属しとらんよ。だから〈ルボッツ〉なんじゃがね」
意味不明な言葉で返され、今度はチェニイが言葉に詰まる番でした。
「チェニイさん…最初から何やオカシなぁ、て思いよったけえ。やっぱそうやったん?」
「なに…ナニが?」
核心を突かれたようなエディカの口調に、ついチェニイも狼狽してしまいました。
「アニキから、チェニイさんは何や、ワケありでニザーミアの学校からトンヅラして、ヨールテ親方に拾われ、炭鉱働きに来たらしーで、と聞きよったんよ。しゃあから、ガッコ退学させられたエルフ…ラフルヤの子やとばっか思いよった。けど…なんか様子が変やし、いきなり地精も火精も一緒に使える子ぉが、なんぞガッコを飛び出すかぁ?…て。しかもラッツーク鉱山へ来たばっかで〈スコップ英雄様〉とか、そんな飛び級みたいな出世、するワケないやん?」
チェニイには何も答えられませんでした。そんな事情、こちらの方が聞きたいよ、と。
「なぁ、チェニイさん…ホントを言うたらアンタ、ザネルの人とちゃうやろ♪」
一瞬、チェニイは心臓が止まりそうになりました。
「やっぱ…ねえ。アンタ、アーシャンのお仲間やったんか?」
まさしく壁面を流れる滝のような雨水と同じくらい、チェニイの額からも脂汗が流れ出しました。この娘は、どこまで察しがついているのだろう? まさか自分が、ニザーミアの精霊導師たちによって〈使徒〉とかいう役を押し付けられ、妙な宝玉を掌に挿し込まれた挙句、怒り狂い爆発して逃走…そんな(自分でもワケが分からぬ)立ち位置に置かれて、しかも記憶さえ全く失っている。
〈アーシャン〉という言葉をエディカは口にしたけれど…その意味さえ分からないけれど…この娘にそれを尋ねるワケにはいかない。ますます怪しまれるだけだから、と、チェニイは困惑するばかりです。
けれどエディカは、そんなチェニイの狼狽を察したのか、不意に話を替えました。
「あのなぁ〈ルボッツ〉ちゅうんはね、いわばザネルの各種族の血ぃが入り混じった連中をまとめて指す言葉なんよ。しゃあから『ドコソコ族』みたいな意味はないんよ。あたしらは、故郷を離れて放浪しとって、最後は東海岸のムチャクチャ古い廃墟の町ラッツークへたどり着いたんやけど…だからなのかな、いろんなの血ぃのルーツちゅうんかな、必ず絶やさんように神サンの像を持ち歩いとるんよ。
ひょっとしらた兄貴もアタシも、古い血ぃのどっかに、地精と石にまつわる縁とか、映しとるんかもしゃん。しゃあから、鉱夫とか石掘りとか、妙に相性がええんよ…ま、単に気のせいだけかもしれんけど」
そうか、エディカが死に物狂いで探した〈ドウソ神像〉、放浪の最中でも決して手放さなかったというその像にまつわる詞…不意にチェニイの脳裏にはそれが「道祖神」が元々の意味ではないか…と一瞬閃き…同じく不意に消えてしまいました。
〈あれ、いまオレ、何か頭に浮かんでたっけ?〉
「それより、ちょっと待ってな、チェニイさん」
両手で神像を抱えていたエディカは不意に手元に目をやり、そして呟くように語りかけました。
「なんか、ドウソ神様が…明るくなっとお…」
チェニイが彼女の抱える像がたしかに、仄かに輝いて見えます。それは彼が最初にキャットウォークから下を凝視したときに感じた、微かな揺らめきのような感覚でした。
〈いや、あれよりずっと煌めきは大きくなってる〉
さらに周囲に目を凝らすと、やがて周囲の、漆黒の壁際にポツリ、ぽつりと点滅する光が揺らめき、周囲に浮かび上がり始めて来ます。
それは最初に、ジェスロに連れられて壁面を下ったとき、最初に右掌に感じた暖かい「ゆらめき」が、ミスリルと呼ばれる金属から発せられる光に感応したものと同じでした。
そう、徐々に暗闇に慣れてくると、この坑道全体から発せられる「何か」に魅かれ、訳も分からぬまま掘り進んで「大当たり」した最初の感触そのもの。
「ほああ…」
エディカも彼と同様、その灯りと煌めきに反応していたのでしょう。
「なにコレ? ラッツークの〈竇〉って、こんなに輝いてたんね。アタシも初めて知ったわ。何なんコレ、チェニイさん?」
もちろん、彼にも返事のしようがありませんでした。
「分からないけど…どうやらこの竪坑、大昔に何かの事故…か大災害に見舞われて、陥没したらしいな。まあこれもオレの想像だけど。ジェスロかグラニーのお婆ちゃんかジェドさんから、何か聞いたことはない?」
エディカは被りを振るだけでした。
「この竪坑、下へはどこまで続いてるのか、知ってる?」
「最後まで降りたことないし分からんわ。けど、そんなに深くもないと思う、四、五百メルトくらいやないかな」
チェニイはそろ、そろと神像が転がっていた岩棚から身を乗り出し、下を見下ろしました。最初は漆黒の闇でしかなかった光景が微かに…本当に微かながら下へ続いて、流れ落ちる水はその地下深くに吸い込まれていくのが見て取れました。
「なある…ほど、なあ…」
彼は闇の底まで、徐々に坑道の底までおおよそ観察することが可能になっていましたが。実はザネルの住人たちにすると、ほとんどこの視力は「奇跡」みたいなものだったのです。もちろん、エディカにもそれは理解できませんでした。
「おおい…オマエら、どないなっとんぢゃ! いつまで底におるん? 生きとんのか?」
はるか上の方から微かな声が響いてきました。長時間に亘って神像を捜索し続けていたので、さすがにジェスロも心配になったようです。
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昏い竇の冒険は、ひとまず〈神様の像回収成功〉で一件落着
ところで地上では…これまた別の珍客が…。確かにエディカが
チェニイに教えてくれたように、ザネルには多くの種族が棲息
しているのですが…カネの匂いをラッツークの町に嗅ぎつけて、
早速お客様が空からご到来されたようです
で、次回に続きます
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします




