1 大講堂でいきなりフラッシュボム
『光あれ』
…という言葉は、どこからも聞こえて来なかったのですが…少なくとも、そこは光に満ちていました。というより四方八方「光だらけ」。余りにも眩しくて、自分がどこに立ってるのか分からない。
そもそもここはドコ? つかワタシは誰?…そんな基本的なコトさえ本人は理解してませんでしたが、まあ物語の冒頭なんて、たいがいそんなモノです。
どうやら、永い眠りから目を覚ませられたのだろう、それもかなり手荒に、強制的に。まあその程度は、本人にも何となく分かったのだけど。
「使徒様! 使徒チェニイ・ファルス様、御降臨!」
仰々しい声が、周囲に突然響き渡りました。
余りに眩しすぎて、目を凝らしてもさっぱり判別できなかったけれど、どうやら自分の真正面にはシルエットに映る三人が相対しているようだ…。
目を細めると、ここはかなり広い祭壇の中央らしい。で、自分が突っ立ってるのは祭壇のような場所。まばゆい光に邪魔されて細かい背景は分からないけれど…取り巻く三人の中央に立たされた状態のまま、無理やり叩き起こされたみたい。
「無事、お目覚めのようで我々、ニザーミア学府院の〈地水火風〉精霊導師一同、僥倖の至りであります。では、さっそく召喚の印璽をこれに…」
召喚? って、またナニ言ってんの? ワケ分かんね。
…それに普通。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン、って場合、最初はまず事情説明から入るモンだろ? ごっそり手順を省くもんだから、自分はバカヅラ下げて黙ってるしかないだろ。
けれど戸惑う自分をハブにしたまま、勝手に中央の人物が壇上に歩み出て、主人公の目の前に何やら差し出しました。目を細めて確認すると、両手に抱えて差しだされたのは「正六面体」のカタマリです。
宝物…とか、そーいう代物なの、コレ?
一瞬そう思った、けどそれにしてはコレ、余りにそっけない。細工が施されたお宝と呼ぶには貧相だし、そもそも全く美しくない。
各6面は3×3のブロックで正確に仕切られていて、全体は片手に収まるサイズ。さらに全ブロックが灰色一色で塗りたくられているので、まるで宝飾品らしくない。んじゃ、何かの道具か? 何に使うため?
事態をまったく理解できないまま、ただ無表情のまま突っ立っている「チェニイ・ファルス」様…と呼ばれた自分に向かって、中央から歩み寄った〈精霊導師〉とか名乗った人物が…たぶん、こいつがその精霊導師の代表なんだろうな…じれったい様子で主人公の右手を取り、この正六面体の頂点にある印に触れさせようとします。
「さ、ささ…使徒様の御印をこれにお示し下さいませ」
初対面のアカの他人に、ナニ勝手なコトしやがンだこの野郎…と一瞬ムカついたものの、有無を言わさず取られた右掌に、この妙な六面体の頂に刻印された印璽はボゥ…、っと鈍い光を放ちながら反応を開始したようでした。
三人の〈精霊導師〉たちは、おう…という驚きの声を上げて、それに魅入っています。
今しがたまで灰色にくすんでいた各面3×3のブロックが、一斉にまばゆく煌めき、それぞれの色に点滅し始めたのち…やがて光は鈍い虹彩に変化して…彼の右手に吸い込まれるようにしてブロックごと消滅…いやこの場合は掌に「溶けて消えてしまった」と表現するのが適当でしょう。
「チェニイ・ファルス様の認証を確認」
満足そうに笑みを湛えて、再び先ほどの〈精霊導師〉は声をかけて主人公の右手甲上に自分の掌を重ねると、とそこに奇妙な象形文字が浮かび上がり、しばらく輝いたあと、フッ…と消えました。
「これにて使徒様認証の儀は滞りなく終了。〈キューブ〉の精霊は無事、使徒チェニィ・ファルス様に転移されました…」
ここまで、結局自分がどこに飛ばされ、目覚めさせられたのか。何を〈認証〉とかされたのか…まるで本人には皆目理解できなかったのですが…
実は(つか当然)ここから先で「とんでもない事態」が起こることになります。
いつのまにか、この講堂と祭壇(らしき場所)はまばゆい照明は徐々に陰りを帯びて、「チェニイ・ファルス」様と呼ばれた自分も、光に慣らされて落ち着きを取り戻しました。
「改めまして申し上げます。私儀は当ニザーミア精霊学府院の火精導師トープラン・オストと申します。この度の使徒様召喚の儀を取り仕切らせていただきました」
こ奴がここのボスというワケか…それにしてはコイツ少々貫録が足りな…まあいいか。
「左に控えまするは首席導師でトライフォースのオービス・ブラン。右が三席導師レオ・コーンボルブ風精導師。お見知りおきくださいませ」
矢継ぎ早にペラペラ紹介されたものの、どちらにせよ主人公の耳の右から入って左に抜けていったので、意味はありませんでした。
むしろ主人公の耳に入ったのは次に語られた「使徒様」としての、妙な「使命」そのものだったのです。
「…事態は一刻を争っております。南の暗黒大陸サウス・クォーターは既に魔王ゼイゴス大帝の支配下に落ちました。奴は現在この精霊の庇護のもとの平穏を守る、共和の大陸ノース・クォーターに魔手を伸ばしております、事ここに至って…」
トープラン精霊導師とかいうボスの力説は(ただ無言で突っ立ったままのシト様と呼ばれる自分の都合に関係なく)佳境に入ろうか、というところなのですが…。
「それが、このオレに…何の 関係が あるんだ?」
これまで一言も口を開かなかった主人公は(事情が分からないので、開きようもなかったのですが)ようやく初めて口を開きました。
「は…?」
いきなり使徒の崇高な使命をブチ上げる寸前チャチャが入り、精霊導師は絶句します。
「で、ですので、使徒様には準備が整い次第、一刻も早く南サウス・クオータへ巨悪のゼイゴス魔王討伐に向かって進撃頂きたく…」
「だから…どうしてオレが そんなコトしなきゃならない、つて聞いてんだ?」
…
その場に、奇妙な空気が漂い始めました。
勝手が違う。何かが変だ。
使徒は召喚された。召喚の印璽認証も滞りなく果たされた。なのにいざ、魔王討伐を「申し伝える」段になって、いきなり「知ったこっちゃねえ」的にダダをこね始めるなんて、これまであったためしがない。何を言い出すのだこの新参の「使徒様」は?
「そもそも、いきなりワケの分からん場所へ呼びつけられ、聞いたこともねえ悪の大魔王だかナントカを倒せとか、おまえらナニ寝ぼけたことを喋くってるんだ? それともコレ、何かの冗談トークか?」
「い…いやお待ちください、チェニイ・ファルス様…」
「そのファルス様…とかいうのはヤメロ! オレはその名前が大っキライなんだ。そもそもオレはそんな名前じゃねえ。人を小馬鹿にしとんのか! …オレはな、オレは…」
あれ! そういえばオレ、どんな名前なんだったっけ…
「しかし、たった今しがた…使徒召喚の認証は果たされました!」
「ンなこと知ったこっちゃねえ! ワケ分からないまま勝手に印璽とか体に捺されて認証だか契約だかって…そりゃ詐欺商法と変わんねえだろうが。オマエらそーいうの…ええと…クーリング・オフ条項とか何とかに引っかかるだろ、知らんのか?」
本人も気づかなかったのですが、彼の右手甲には、再び起動の印璽が浮かび上がっていました。要するにこれは〈キューブ〉が精霊を解除する許可を「ファルス様」に求めていたのですけど、本人にはそんなこと理解できてません。。
勝手に彼のテンションのボルテージが限界近くまで上がっているのを「ズブの」精霊初心者である人公に制御できるはずもありませんでしたし。
さっきから、手の甲に浮かび上がってきた光輝く印璽は、そのまま掌の上に停止したまま、輝きが増してきました。これは実際、暴発する危険な兆候です。
「しかし、それでは!は…話が違います使徒…ファルス様!」
慌てふためいて精霊導師トープランの上げた悲鳴が、最後のトリガーでした。
「だから…そのナマエで呼ぶな…と言っただろうがぁ!!」
大講堂を突然、大音響とともに強烈な光が襲いました。
この光景を外から見たたものは…不幸にしてか幸いにしてか…誰もいませんでしたが、実に奇妙な眺めだったことでしょう。
大講堂を光の輪が包んだと思うと、その一帯から「色が消滅して」一瞬だけモノトーンの空間と化したのです。次いで空間ごと泡のようにはじけ飛び、何もない暗黒が周囲を包んだで、数秒の後に…何もなかったかのように世界は元に戻りました。
フラッシュボム?
とでも言うべき現象に包まれた内部で、何が起こったかは現時点ではわかりませんが、これで精霊導師と称する者たちも、主人公と共に弾け飛んで御臨終、となったわけではないでしょう。でないと、第1回でこのお話は終了してしまいますから。
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主人公(ファルス、と名付けてしまうとまた大混乱を招いてしまうので)
以後は「チェニイ様」と呼ぶことにしますが、ともあれ物語自体は大混乱に
陥ったものの、とりあえずこのまま続きます。
まあ冷静に考えたら、最初にマニュアルを読み込んで予習でもしてない限り
目覚めた早々、誰かに「ボスの誰それを倒してこい」だの何だのと偉そうに
命令されたら、こういう反応になるのも理解できます。
ただ本編の場合、チェニイ様は受け取ったアーティファクトを
(自分から望んだワケではないけど)
このあと、結果的に持ち逃げトンヅラする羽目になるのですが…
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「ザネル」は当分、毎日更新いたします