第1話 試練の間
神殿の入り口でリリアンと別れた後、アイザック、レイラ、セリーナの三人はエロティア神殿の奥へと長い廊下を進んでいった。
「ねえ、アイザック。女王様がおっしゃっていたけど、エロティア様の試練ってどんな内容なんだろう?」
セリーナの問いに、少し考え込みながらアイザックは答えた。
「神々が課す試練は、その神性によって様々だと本で読んだことがあったな。例えば光の神ルーミネ様の試練であれば真理の探求と慈悲深い行為についての試練が課されるようだし、火の神イグニアス様の場合は情熱や意志の強さが試されるみたいだ。性と愛の女神エロティア様がであれば、持って生まれた性質やそのものの宿命、そして可能性についての試練が課されるのじゃないかな?」
「可能性か…うーん、どんな試練になるか見当もつかないや。セリーナはどんな試練だと思う?」
レイラが好奇心に瞳を輝かせながら尋ねた。
「そうね、愛の女神様だから、心が試されるような試練になるのではと思うのだけど…あら、行き止まりかしら?」
長い廊下の先、三人は壁に突き当たった。
壁の前まで進むと、光で記された文字が浮かび上がる。
「壁に何か書かれてるよ。えーと、何々、、、『魂の交差、愛を知る試し。心の鏡に、その形象を映せ。』か。どんな意味なんだろう?」
浮かび上がった謎めいた文字。レイラがそれを読むと、それに呼応するかのように周囲を霧が覆い始めた。
「えっ、何?周りが見えなく!?アイザック、セリーナ、近くにいるの?」
呼びかけたが、霧は瞬く間に周囲を覆い、二人の姿をかき消した。そして、応じる声も返ってこない。
「もしかして、もう『試練』が始まったのかな…」レイラは霧の中で独り言をつぶやいた。
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霧が晴れると、そこにはアイザックとセリーナの姿はなく、代わりに壁に扉が一つ現れていた。扉のわきの壁には『試練に臨む者は、次の間で身を清めよ』と書かれている。
恐る々々、中を覗き込むとそこは大きな浴場となっていた。
浴槽は泳げるほど広く、また心地よいぬくもりに湯気が立ち上っている。香りからすると、温泉のようだ。ご丁寧に、壁には成分と効能が記載されたプレートが貼られており、打ち身、切り傷、腰の痛み、目の霞みから、何と恋の病まで効くと書いてあった。
「恋の病まで効くとは、さすがエロティア様の神殿...ここで身体を洗えばよいのかな?」
入り口にあった籠を覗き込むと、中には手ぬぐいとガウンのような衣服が用意されており、『今着ている服は籠の中に入れ、身を清めた後はこれを着るように』とのメモが添えられていた。
脱いだ服をたたみ、籠にしまう。
服を脱ぐと、形の良く柔らかそうな乳房が零れ落ちた。
だが湯煙のため、たとえアイザックがそこにいてもその先端の桜色を目にすることができなかったであろう。
自分の他に誰もいなかったが、何となく手ぬぐいで身体を隠しながら洗い場へと移動する。そこに用意された石鹸は石鹸は香り豊かで、嗅ぐだけで身体の芯から癒されるようだった。
手ぬぐいで泡立て身体を洗うと、肌が艶やかに輝くのが見て取れた。
「さすが、エロティア様の温泉...この石鹸、持って帰れないかな?」
羨望のまなざしを手元に石鹸に落としつつ、身体の隅々まで丁寧に洗う。
つい忘れそうになるが、試練に臨むためにここまで来たのであり、今は前準備として身を清めているのだ。そのため入浴に余念がない。
一通り身体を洗った後、浴槽へと向かう。
手すりにつかまりながら足を滑らさないように、ゆっくりと身体を沈め肩までつかる。のぼせないように頭に濡らした手ぬぐいをのせ、息をつく。
「あぁ、極楽・・・っ」
思わず声が漏れる。
温かい湯船につかり、その薬効に身体がほぐれていくのが分かる。
浴槽の淵に頭を預け、脱力するに任せ身体を浮かべると、形の良い乳房の先端が、湯面から顔をのぞかせた。
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その後も、雷神の力を借りたビリビリした感覚が気持ちよい湯舟や、風神の力を借りた細かい泡が全身を刺激する湯舟を堪能したのち、レイラは浴場を後にした。
彼女とて試練に臨むためにここまで来た身。そのことを忘れていたことなど微塵もない。身体を乾かし、湯上りの冷水を二杯ほど飲むと、用意された用意されたガウンに袖を通し、埋め込まれたプレートに『第一の試練』と書かれた扉へと向かう。
深呼吸を一つ。
意を決して中に飛び込んだレイラはその部屋の内装に目を見開いた。
中は鏡張りの部屋となっており、中央に円形の大きなベッドが置かれていた。
ベッドの上では、レイラと同じガウンに身を包んだ茶色のショートカットのハーフエルフの美少女が、その美しいショルダーラインとウエストのくびれを強調する布のラインに包まれ、その森のように深く美しい瞳を潤ませながら、こちらを見つめてちょこんと座っていた。
肌は乳白色で滑らかで、ガウンからは腕や足首がちょっとだけ見え隠れしており、その女性的な曲線を際立たせていて、ガウンの胸元には柔らかそうで豊かな乳房が零れ落ちるように魅力的に浮かび上がっていた。
美しいショートカットから露出した首筋や耳元が、彼女の顔の輪郭をより際立たせた。
初めて会ったはずなのに、そうとは思えない不思議な感覚。
誰なのかと問おうと思った時、ふと鏡の中に目を遣ると、同じガウンを着たハーフエルフ男性が立っていた。
プラチナブロンドの髪が光に煌めき、深い青い瞳が何かを語るように輝いている。その瞳は遠い星々の輝きを思わせ、彼の顔立ちはエルフの血を感じさせる繊細さと人間の力強さが見事に融合していた。彼の美しさは、神秘の森をゆく戦士のようで、息づくたびに周囲の空気が微妙に変わるような印象を与えた。
鏡の中にしかいないその男性に驚くレイラに、豊かな乳房を抱くように腕を組んだその少女は
「・・・レイラなの?」
と鈴の音のような声を発した。
「あなたは、誰?」
なぜ自分のことを知っているのかと、思わず問い返す。
しかし自分が発したはずのその声は、男性のものだった。
背後で入ってきた扉が自動的に締まり、壁に溶け込むように消えてゆく。
入れ替わるように、壁面に光の文字でこう示された。
『二つの魂が一つとなり、愛の絆を結ぶ時、新たな道が開かれる』
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「もしかして、アイザックなの?」
鏡の中の男性が、そう声を発する。鏡の中を見つめると、そこに映し出されているのは、一人の若い男性だった。
その青い瞳、プラチナブロンドの髪は間違いなく私自身のものであるはずなのに、映し出されているのは全く異なる身体。一方で、部屋の中央に座る少女は、緑色の瞳をしており、それはアイザックのものだった。呆然と見つめると、彼女が、いや彼が見つめ返してくるのを感じた。
「アイザック、本当にあなたなの?」
困惑に満ちた私の声。
少女、いやアイザックは頷き、緑色の瞳で優しく微笑んだ。
その微笑みは、春の初花が咲き誇る瞬間のように、優しく、そして希望に満ち溢れていた。彼女の口元が緩むたび、周囲の空気までが温かく、生命力で満たされるかのような錯覚に陥った。
「うん、レイラ。信じられないけれど、これが今の僕だ。そして、その姿が今の君なんだね。」
その声に促され、まじまじと彼女の顔を覗き込む。
「・・・うん、確かにこの瞳の緑、アイザックの瞳の色だ、、、ということは、これが『可能性』の試練なのかな?」
アイザックの隣に腰を落としながら、そうつぶやく。
すると彼(?)からふんわりとした良い香りが漂ってきた。
「うん、多分そうだね。…それと試練の内容なのだけど」
そう言うとアイザックは光る文字を指さした。
『二つの魂が一つとなり、愛の絆を結ぶ時、新たな道が開かれる』
「・・・エロティア様の試練だから、、、そういう意味なのかな?」
「・・・うん、たぶんそういう意味なんだと思う。」
私の問いかけに、アイザックが少しもじもじしながらそう答えた。
頬を少し赤く染めた横顔が、いつもの堂々とした彼とは違ってとてもかわいい。
いたずら心に、少し火が付く。
「そういうことなら、試練に挑まなくちゃだね。」
アイザックの耳に唇を寄せ、そうささやく。
みるみる先端まで赤くなる耳。その淵を指先でなぞる。
「もう真っ赤だよ、アイザック。何を考えていたの?」
少しからかうと彼女は抗議するかのように、上目遣いに美しい緑の瞳で見上げてきた。
「ふふっ、ごめん。お詫びに、女の子の身体のこと、アイザックに教えてあげるね。」
顎下に指を添え、優しく引き寄せる。
ゆっくりと唇に口づけを落とすと、
花のような、甘い香りがした。




